『偶然の恋、必然の愛 2』

【6】
動揺





 大人二人に子供が一人。

 しかも大人の内一人は上から下までフードとマントですっぽり覆われているため、性別は不明、身長から辛うじて大人だろうと判断できる程度だ。

 その詳細不明人物と手を繋ぐ子供は何かに怯えている様子で、傍らを鳥が音立てて飛ぶだけでビクッと肩を震わせている。

 二人より半歩ばかり前を歩く男は常の彼らしからぬ寡黙さで歩き続けている。

 はっきり言って怪しいことこの上ない一団である。


 三人が歩いているのは宿場街を経てシーヴァへと向かう街道だ。

 反対側はボルオアへと続いているので荷や情報を運ぶための要の道となるが、偶然と言うか幸運にも他人とすれ違うことなく三人は進んで――大人組からすれば戻ってとなるのが正しい――いた。



「ねえ、セビ」

 怯えている子供とは裏腹にその手を繋いでいるリィはのんびりと呼びかけた。

「初めて会った夜だけどね…あの時、僕たちがあそこにいるってどうしてわかったのか教えてくれないかな?」

「あ、俺もソレ聞きたい」

 会話のない道行に少々息詰まりを感じていたのだろう、問いかけたリィにカイルも乗った。

 本来ならこういう役目はカイルの得意とするところなのだが、出会い方が良くなかったのだろう。

 セビは中々カイルと打ち解けて話そうとはしてくれず、話は常にリィを挟んだモノとなっていた。

 セビはチラッとカイルを見た後、リィを見上げた。

 二人が同じことを知りたがっていたからか嫌がる素振りは見せず、ただしばし考えている様子だった。


「……別に、わかったわけじゃないよ」

 わかったわけではない。ならばどういう理由だ?

 大人二人は同じところで首を捻った。

「走ってたらあそこで躓いただけ。何かモヤモヤしてた気もするけど、よくわかんない」

 …要するに『闇雲に走っていて偶然魔法結界に飛び込んだ』が真相らしい。

 大人組は――片方はピアスを外している時限定だが――それなりに魔法に自信があったせいで思い切り脱力した。

 だがセビの言葉を反芻してみると、全く気付いていなかったわけではないらしい。

 その事実に気付いたカイルがリイを窺うと、彼も気付いたのだろう。
 小さく頷くのが見えた。


「モヤモヤ、か。その感覚、大事にしろよ」

 ちらっと子供を振り返っただけでカイルはまた真っ直ぐ前を向いた。




 セビが飛び込んできた次の朝、カイルは彼が目覚める前にピアスを戻していた。

 そのため朝になって目の色も気配も変わってしまったカイルに子供は更に不審の色を募らせていた。

 だがその雰囲気を察したリィが「カイルの目を見て驚く人がいるから、力と一緒に魔法で封印してあるんですよ」と事情を簡単に説明した。

 その全てを信じたか否かは不明にせよ、とりあえずはリィの言葉を納得したらしい。

 この件について二人は前夜打ち合わせをしてあった。
 リィもカイルもセビに結構強い力を感じていたからだ。

 もしもこの子が何の力も持たない子供だったなら、適当に誤魔化すか、それこそ魔法を使って記憶の操作をしていたかもしれない。

 憶えていない方が幸せなこともあるのだ…お互いに。

 だがこの子の記憶を残し、全てではないにせよ事情を告げても良いと言ったのはカイルだった。

 何故この子に秘密を知られてもいいと思ったのかは、実のところ本人にもよくわからない。

 ただこの子に下手な誤魔化しをしてはいけないと思ったし、この子ならば事実を告げても大丈夫だと何となく思ったのだ。

 だからその思いをリィにも告げ、事情説明をしてくれるよう頼み、彼も希望通りにしてくれたというわけだ。

 その為、共に過ごすようになって数日が過ぎたが、未だセビはカイルに懐いてはいない。

 しかし出会った時に見せたような剥き出しの敵愾心のようなものも見せていない。

 ただ存在を気にしているようで時折こちらの気配を窺っているのは気付いていたが、どう接すればいいのかわからない、そんな表情だった。


 リィがいてくれたおかげで助かった…


 カイルは心底そう思っていた。

 もしもこれが師匠と共に旅していたならば…まぁあの人のことだから最終的には丸め込んで上手くやっていたと思うが、この子に関しては客観的に見てリィのやり方――作為ではなく、無為で――の方が向いていると判断する。

 宿に着いたらそのへんのこと、礼を言わなくてはな。

 秘かに決心し、歩みを進めた。




 そうして行きよりプラス半日で宿場街へ戻ってきた。

 子供連れということでもう少し時間がかかるとカイルは踏んでいたが、彼なりに懸命に歩いたようだ。

 おかげでイリヤと待ち合わせをしている宿――前回とは別で、中級クラスの貴族が多いところにした――には自分たちの方が先に辿り着いた。

 今回は情報収集の予定がないので特別役作りをする必要はないが、怪しまれることは絶対に避けたい。と言うわけで、宿泊する宿には『カイル・ブレンニ一家』――要するに夫カイル・妻リィ・子セビと――宿帳につけた。


 100%ウソだが、事実を書くよりは余程地に足着いているよな…


 カイルお父さんのこっそりと漏らした苦笑は誰にも気付かれることはなかった。


 宿の主には今日明日中にも自分を尋ねてくる人物がいるので、その男がやって来たら深夜でもいいから部屋に通して欲しいと告げておいた。

 このクラスの宿ならば、客に多少怪しいところがあったとしても金さえちゃんと払えば目を瞑ってくれる。

 その辺りは心得ているので、カイルも三人家族が数日泊まれる宿賃より大目の金を渡してある。

 取った部屋は寝室ともう一室ある二間続きの部屋だった。

 部屋に入ってすぐ子供は疲れが出たらしくしきりに目をこすっていたのでリィが寝室に連れて行ってしまった。

 だからカイルは一人隣室でくつろいでいた。

 まずイリヤと合流したらセビを預けて…今度は馬でいいだろう。


 ただ村へどうやって入るかが問題だな。


 クッションの効いた長椅子に沈み込み休んでいるように見えるが、頭は休まず次の行動を考え続けていた。

 生贄がいなくなってしまったことで村人は殺気立ってしまっているだろう。


 だが敵の数やレベルも不明――セビはそこまで知らなかった――だから、対峙する前にできるだけ彼らから情報を引き出しておきたいからなぁ。


 膝に肘を乗せ、組んだ手の上に顎を乗せる。
 視線は定まることなく室内を彷徨っているが、実際は何も見ていない。

 それまで多少なりとも親しく世話していた子供を生贄に差し出そうとしたくらいだ。
 魔法を使える者がいたとして…いや、違う。


 虚空を見つめたままカイルの動きが止まった。

 その子供がアレだけの力の持ち主なんだ。

 親のいないあの子を魔法省か神殿に預ければ、費用は国持ちで相応の教育をしてくれる。

 王宮付きとまでは行かずともそれなりの使い手になれれば、村にとっても有益なものとなるだろう。

 それなのに村に留まり続けたということは、その素質に誰も気付いていない。つまり

「村に魔法使いは存在しない」

 これが結論と見て…


 コンコンコン


 その音が扉を叩く音だと理解するのに一瞬間があったが、すぐに我に返ったカイルは扉に近づいた。

「はい」

「ブレンニ様、お客様がお見えです」

 声の主は宿の主人で「尋ね人があれば何時でもいいから知らせに来て欲しい」という自分の依頼を果たしてくれたのだ。

 扉を開けてみるとそこには宿の主人と待ち人がいた。


「ありがとう。…やあ、良く来てくれた! 久々に会えて嬉しいよ。さぁ、入ってくれ」

 主人には短く礼を言い、チップを渡して下がらせる。

 そして待ち人には『久しく無沙汰になっていた友人に会えた喜び風』の挨拶を立ち去る主人にも聞こえるようにやや大げさに言って招きいれた。


「早くても深夜になるかと思っていた」

「急げとありましたから」

「ああ。助かる」

 扉が閉まった途端、親しく挨拶を交わしていた二人の顔から友人同士の表情が消えた。

「ですが、全員が揃うのは申し訳ありませんが明日になるかと…」

「今はお前だけか?」

 長椅子に座り、相手に身振りだけで向かい側に座るよう勧め、彼も黙礼するだけで返事に代えそこに浅く腰掛けた。


「いえ、私を含めて五人です」

 カイルの指示は『なるべく急いで宿場街に十人連れて来い』だった。

 だが今現在揃っているのはその半分なので命令としては不十分だ。

 しかし予想より早く手駒が増えたことと、朧げだった計画の輪郭がしっかりしたものにできそうな予感にカイルは満足した。


「上出来だ。先発で五人来てくれているなら、二手に分けられる」


 普通王弟に何か命令されたならば、受けた人間は完璧にこなしてからその前に額づくだろう。

 明日十人揃って辿り着くのでも、十分『速い』と言える。

 だが彼は十人と言われたからといって命令通りになるまで待たず、自らの意思で行動した。

 その行動力を買い、カイルも常日頃から彼を頼みにしていた。


「明朝、三人だけ連れて行く。お前ともう一人はここに残り、後続を待つように。それからやってもらいたいことがある」

 そこでようやく村で起きている事件のあらましを語った。

 手紙は確実にイリヤの元に届くとは言い切れなかったので、詳しいことは書けなかったのだ。

 しかしあらましと言っても自身の目で見た事柄は殆どなく、断片的な情報を繋ぎ合わせただけなので、推測の域を出ないものが大半だったのだが。

 そんな若干心許ないものだがとりあえず一通り語り終えたところで隣室からリィが出てきた。


「お久しぶりです」

 言って一礼をしたのは勿論カイルにではなくイリヤに、だ。

 そしてイリヤも黙礼を返すのみ。

 前回の旅の後半を共にし、既に顔見知りである彼らは現在それ以上必要ないと判断したらしい。

 カイルはリィが自分の隣に座るのを待って再び話し出した。

「そんなわけで、その子供を連れてここへ戻った。だから、村での片がつくまで子供を頼む」

「はい」
「あの、カイル」

 イリヤの承諾とリィの声が重なった。

 イリヤとの会話はひと段落ついたので、カイルの視線はリィへと向けられる。


「ん?」

「それは、つまり…あの子をここに置いたまま僕たちだけで村へ行く、ということですよね?」

「何人か連れて行くが?」

「いえ、そちらではなく」

 疑問符は『僕たちだけ』についていたわけではないらしい。
 ならば。

「ああ、連れて行くつもりはない」

「ですが」

 リィの言いたいことはわかっている。

 一度は逃げ出してしまったにせよ、村人を助けたい思いが一番強いのはセビなのだ。

「だが、行動を制限するつもりもない」

「え?」

「問題はそこだ。起きたら俺たちがこの後どうするつもりなのかをちゃんと説明して、全てが終わるまでここで待つよう言う。だが、その言葉が守られるか否か…」

 カイルは大きく息を吐きながら足元を見た。

「予想は三・七ってとこか」

 つまり七割の予想でセビはカイルたちの後を追う、と。
 そして『行動を制限するつもりもない』と言うことは。


「アイツが自分で事の成り行きを見届けたいと言うならば、止める必要はない。追ってきてくれて構わないが、できるだけゆっくり来て欲しい」

 下を向いたままだが、この言葉はイリヤに向けられていた。

 現在のところ一番危険に晒されているのは当のセビだからだ。

 その本人を守るためには遠ざけて守るのが最も好ましいわけで。


「正確には?」

「二の月が満ちる夜以降」


 その日に決着をつける。

 そして、その日まで後3日ある。
 その期間、村を心配するセビが大人しくここで待っていられるかどうか…微妙なところだ。

 カイルの言葉とリィの表情からそのラインが少々厳しいことをイリヤは悟ったのか、小さく息を吐いた。


「善処致します」

「頼む」

 とりあえず今説明できるのはこれだけ、だな。子供が目覚めるまでは引き合わせることもできないから、一時解散がいいだろう。その前に。

「何か質問は?」

 顔を上げたカイルが、主にイリヤに向けた言葉だったが。

「あの、一つよろしいでしょうか?」

 挙手したのはリィだった。

 何が聞きたいのかさっぱりだが、カイルは視線だけで続きを伺う。


「被害は、ありませんでしたか? その…お手紙の」

 何を尋ねたいのかと思いきや、リィの疑問はイリヤに向けられていた。

 言葉を選んだせいか若干足りないくらいだったが、それだけでリィが何を聞きたいのか察したのだろう。

 イリヤの口元に苦笑が浮かんだ。

「ありません……人的には」

「そこで間を置くなっ」

 部下には違いないがイリヤはカイルが王弟だからといって100%遜ることもない。

 そこはカイルも気に入っている点だから心置きなくツッコミができる。


「では、物的に?」

 そしてリィもその点では――意識的、無意識的の差はあれど――同じなので、言葉に遠慮がない。


「ちょうど窓を開けておりましたので、壁に突き刺さりました」

 『何が』かは、言うまでもなく。


「……」
「……」


「あ〜、壁はちゃんと修理させるから!」

 二人が無言になってしまったことで、耐え切れずカイルは叫んだ。

「いえ、そちらは大した被害ではないのですが。ただ、本当に被害が出る前に方法を変えていただきたいかと」

「…わかった。次までに考える」

 イリヤの言い分も尤もなので頷くしかないカイルだった。



 リィの質問(?)はその一つだけだったので、一時解散となりイリヤは事の次第を告げるべく仲間の待つ自分の宿へ戻っていった。

 リィも子供の様子を見てくると隣室へ行ってしまったので、カイルは再び一人でソファに沈み込んでいる。

 助けたい一心、か。

 信じた者たちに「仕方がない」と裏切られ傷つけられても尚、慕い続ける。

 その心には是非とも答えてやりたい。

 まぁ、セビの一件がなくとも魔物から村を助けるつもりだったので、やるべきことに変わりはないのだが。

 ただ…全てが終わった後、どうするのがあの子にとって最も幸せなのだろう。

 大人の身勝手で醜い一面を見てしまった子供が健やかに育てるだろうか。

 それがカイルの思い過ごしだとして…逆に、彼がこれまでと変わらず村人たちを慕っていたとしても、果たして彼らも同じ気持ちで接してくれると言い切れるのだろうか。

 カイルの手は無意識に左耳のピアスを弄っていた。

 選択肢を用意した方がよさそうだ、な。

 100%子供が望む未来を用意してやれる自信は、残念ながらない。

 だが同じように傷ついた経験を持つ自分だからこそできることがある。
 幸いなことに大抵のことを叶えてやれるだけの権力も…ある。


「何か希望があればいいんだが」

 呟きは切なる願いでもあった。





 結局セビは朝まで目を覚まさなかったので、朝食を取ってからイリヤと引き合わされた。

 カイルから説明を受けたセビは小さく頷きながら話を聞いていたので、内容は理解しただろう。

 だが「ここで大人しく彼と待っていろ」と言われた瞬間、声には出さなかったが不服であることは表情からわかった。

 しかしその場にいた大人たちは誰もそれを指摘しなかった。

 カイルはセビに「狙われているのはお前だから、安全のためにここにいろ」と告げた。

 そしてセビもその言葉を理解できない程幼くはない。

 つまり、この話を聞いた上で自ら動くというならば、それは自己責任で行動しなければならない、というわけだ。


 子供の考えがそこまで及んだかどうかはわからない。

 親が揃っていて完全に守られている存在ならば、こんなことを知るのはもう少し後でよかったかもしれない。

 しかしこれはいずれ学ばねばいけないことだ。

 少々厳しいかとも思ったが、カイルはそれ以上言葉を噛み砕いて説明することもなかった。



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