『偶然の恋、必然の愛 2』
【5】
闖入者
宿場町を出て徒歩で3日目、ようやく女将の言っていた『分岐点』に辿り着いた。 行き先は判明したわけだから馬を使うことも考えたが、検討した結果徒歩を選択したため時間がかかったのだ。 「カイル」 呼んだ本人の方は見ず、リィは川の上流を険しい表情で見ている。 「ああ、ちょっと待ってくれ…」 リィの言わんとすることを気配で察知したカイルは徐に左耳のピアスを外した。 えっ! 気配が変わったことにドキっとしてリィは振り返った。 「まだ微かだが、あっちから臭うな」 仕事中だと言うのに忘れて魅入ってしまいそうになる色彩に慌てて視線を逸らす。 「どうした?」 不可解な行動に首を傾げたカイルに問われたが、リィはただ軽く首を横に振る。 「いえ、何でもありません。それよりも、行き先は情報通りで間違いなさそうですね」 残念そうに呟いたリィの言葉はカイルの情報を疑ったが故発したものではない。 これは町を発つ際、馬を使うかどうかを検討した時にカイルが言ったのだ。 『村に住み着いているのでなければいいが』と。 それ故、希望的観測も交えて村以外に住処を持っていることを考慮してその気配を探しながら――馬を使ったのでは通り過ぎるのが早すぎて気配を探れないため徒歩で――ここまで来たのだが。 「そうだな。おかげで探す手間が省ける」 確かにこの状況だと行き先は1箇所でいいだろう。 だが時折現れる程度なら村人も全滅はしていないだろうが、常駐となると少々厳しいものがある。 リィのセリフにため息が混ざり、カイルの口調が内容と違い硬くなっていても致し方ない。 「進み…ますか?」 まだ日が高い故の質問だが。 「いや、今日はここで止めておこう」 躊躇いは間違っていなかったようだ。 ここへ来て幾分気疲れ気味のリィも異を唱えることはなかった。 野宿には慣れてきたので、特別言葉を交わすことなくどちらも淡々と役目を果たしてゆく。 川からは少し離れた高台にカイルは火や食事の準備、リィはその周囲に魔法結界――周囲から存在を見えなくする魔法だ――を張ってゆく。 こうしておけば結界を張った者より魔法に長けた者が見ない限りそう簡単に見つかる恐れはない。 火を熾したり食事の準備はリィにとって不得手――どころか、カイルに言わせると「不可能」となるのだが――とするモノで、反対に魔法関係は得意だったが故の人選だ。 「できました」 「こっちもだ」 互いに役目を終え、その中心にある火の傍に向かい合わせで座り込んだ。 空は雨こそ落ちてきていないものの雲が覆い尽くしている。 陽は沈んでそれほど時間が経っていないはずだが、辺りは闇に包まれている。 「……」 「……」 普段は饒舌なカイルも言葉が少ない。 おまけに今夜は虫やこの周囲に棲む獣たちも魔物の気配に怯えたのか形を潜めてしまっている。 自分たちが声を発しなければ聞こえてくるのは水音と時折火の爆ぜる音だけだ。 「ちょっと、疲れましたね」 「ああ」 薄いながらも魔物の気配がする中で辺りを気にしながらの作業は通常の倍以上の気力を要した。 だからこそ、その気配から隔離された今、二人は常より疲労を感じていた。 そしてリィはそれとは別の理由で落ち着かなさも感じている。 その根源は… 「あの、カイル…」 「ん?」 「えっと、その…ピアス、戻されないのですか?」 結界内に入ったのでリィはフードを取り、髪を縛っていた紐を解いた。 自分で結うことは――カイルがさせてくれないこともあり――相変わらずできない。 だが反対は簡単だ。 自由になった髪は先の方から根元へ向かってするすると解けてゆく。 朝から夕方まで編んであったせいで多少クセが残っているが、朝までにはなくなっているだろう。 少なからず自分がくつろぎモードに入っていくのに、カイルがそうしないことが気になったのだ。 …建前は。 「気になる、か?」 「ええ。あ、いえ、そうじゃなくて」 慌てて肯定と否定を両方同時に返す。 「どっちだよ」 常より淡い笑みでカイルが突っ込む。 「だから、カイルに力の気配を感じるのが気になるわけじゃなくて」 魔力を有するものは他者の力にも敏感だ。 普段は隠しているがカイルの持っている力はかなり強い。 それ故カイルはリィがそこを気にしていると考えたようだが、実際のところ…そんなことは全く気にしていない。 「色、か」 気配以外で変わったものといえばこれしかない。 カイルの笑みに痛みの色が少し混ざった。 しかしリィはそれを指摘するでも慰めるでもなく。 「はい。さすがに長年求めた色がすぐ傍にあるという状況に慣れなくて…ついつい何度もそこにあることを確かめてしまいます」 大好きな…暁の空。 そう、カイルがピアスを戻さないことが気になったわけじゃあない。 その結果、その色が気になっていた。それが本音だ。 カイルにとってこの色は自身を傷つけてばかりいた。 そのことはリィも一般に知れ渡っている昔話と実際に本人から聞いたことで知っている。 でもリィにとっては楽しい記憶と共に求め続けた色でしかなく、傷ついている本人には申し訳ないが、見るたびに嬉しさが込み上げてきてしまう、というワケだ。 「えっと…」 「できれば一晩中でも見ていたいです」 「……とう」 「はい?」 何か言われたようだが良く聞こえなかった。 しかしカイルは言い直すつもりがないようで、いつものように唇の片方を上げて笑みを浮かべて頬を指先で掻いている。 「なんでもない。とにかくコレは戻してしまうと気配が探れなくなるからな。仕方ない。明日出発する時には戻すから、道中はお前に気配を探ってもらわなければならない。だから今夜は俺が見張りをするからお前は休んでくれ」 「ですが…」 結界から出てしまえばいつ何時人目にさらされるかわからない。 だから戻すのは仕方がない。 だがそれでは明朝休息できないまま出発しなければならないカイルの方が負担は大きい。 今戻さない理由はわかったが、だからと言って納得も――旅慣れない自分を気遣っての提案だろうが――できない。 だからカイルに頼りすぎている負担分を少しでも受け取りたいと思ったのだ、が。 「眠れないと言うなら、眠れるようにしてやるが?」 そんなことを言いたかったわけではない。 何かを言いたくて、でも適切な言葉が思い浮かばなくて困った時、大抵カイルはその思いを酌んでくれる。 なのに時々、全く違う方向に解釈されてしまう。 でもそれはそれで会話が楽しかったりするので、ついつい乗ってしまうのだ。こんな風に。 「どうやって?」 「実行していいのか?」 「ですから、どうするのですか?」 楽しいけれど、カイルが何を言わんとしているのかさっぱりわからない。 だからそう聞き返したのだが、カイルは「あー」とか「うー」とか唸るばかりで。 「カイル?」 「本当に、いいんだな?」 「ですから…」 どうするのですか、と三度聞き返す前に左右を見たカイルが素早くこちら側に回ってきて。 「カイ、る?」 両肩を掴まれ段々近づいてきて、至近距離で覗き込まれると…大好きな色に心を奪われて…何がどうなるのかわからないまま目を瞑ってしまいそうに、なって…… ガサガサっ、ごんっ! な、何!? 突然間近で起こった音に我に返ったリィとカイルの閉じかけた目がまん丸になった。 「……」 「……」 「……」 パチっ! 「あ」 火の爆ぜる音で真っ先に我に返ったのは非常事態に対する経験値の差でカイルだった。 「子供が出歩く時間じゃないぞ?」 確かにその通りだ。 なのだが…果たして「この」体勢で言ったところでどれ程の説得力があるだろうか。 案の定、火の手前で転んだ「闖入者」は目をまん丸にして二人を交互に眺めた挙句、 「その手を離せっ! お前が村を襲った魔物だな!?」 びしっとカイルを指差した。 「……」 「……」 二人とも再び顔を合わせ、言葉を失った。 「それは…」 気まずい緊張感のなか、先に声を発したのはやはりカイルだったが。 「違います!」 指された当の本人ではなく、今まさに襲われそうに(?)なっていた方から声高に否定されたものだから、子供の方がたじろいだ。 リィはゆっくりとカイルの下から抜け出すと、そっと子供に近づき、その前で膝をつく。 「その御伽噺は迷信ですよ」 月の顔(かんばせ)の微笑みは年端もゆかぬ子供にも有効だった。 「名前は?」 「……」 飛び込んできたのは十になるかどうかの黒髪の男の子だった。 手足や顔に汚れや擦り傷が幾つかあるのは、先程のように何度か転んだためだろうか。 居住まいを正した二人は、村の事情を知っているらしい子供から情報を引き出そうと、まずはカイルが口火を切ったのだが。 貝のように口を閉ざしてしまった子供にカイルはお手上げと言わんばかりに視線だけでリィにバトンタッチした。 「僕はリィ。で、こちらはカイル。キミは?」 火を挟んで向かい側に座る子供にリィは笑顔のまま尋ねる。 「……セビ」 「セビ、だね。よろしく」 「…うん」 「あ、何か飲む? それともお腹が空いているかな?」 こんな夜更けに憔悴しきった一人の子供。 それだけでも十分ワケアリなのが窺える。 その上、あの台詞だ。 しかし今は理由を問い詰めるより、休ませてやる方が先だとリィは思った。 「…お腹、空いた」 「そっか。じゃあ用意するね…カイル」 名を呼ばれただけで何も会話は交わさなかったが、リィは心持ゆっくり頭を下げ、カイルは何も言わずそれに一つ頷く。 それだけで二人はそれぞれの持ち場に戻った。 「セビはこの川の上流にある村で何が起きているか、知っているんだね?」 子供が炙ったチーズを乗せたパンを食べ終えたのを見計らってリィはお茶を手渡しながら尋ねた。 「…うん」 「教えてくれないかな」 食べる勢いは中々のものだったが、その話題が出た途端子供の顔から生気が抜け落ちてゆく。 そしてしばらくは漫然と受け取ったコップを揺らして波立つ水面を眺めていたが、リィとカイルは話の続きを焦ることなく待った。 「……どうして?」 「え?」 「どうしてそんなこと、知りたいの?」 顔を伏せたまま子供に小さく問われた。 二人はそっと目配せを交わし…カイルはただ頷いただけでリィに回答の全てを託した。 「僕たちはシーヴァから来たんだけど、カイル…彼がね、この辺りで魔物による被害を受けていると聞いて、それを助けたいと思ったから」 「あっちの人、が?」 「うん、そう。で、それを聞いた僕も微力ながらお手伝いしようと思って一緒に来たんだ」 目の前にいるキレイで優しそうな人の方ではなく、出会って早々に紫目だから敵と決め付けた人が助けようとしてくれた? 事実に言葉をなくした子供は気まずくなって唇を噛み締めている。 「だから、教えてくれないかな」 何を考えているのかは子供の表情から大体の察しはついていたが、リィは敢えて指摘しなかった。 「…村に来た奴らは、最初は食べ物を出せって言ったんだ。でもその次に……」 「次に?」 「紫の目の人間を出せって。出さないと村人をみんな、殺すって」 「……」 子供の答えにさすがのリィも言葉を失った。 何と答えてよいやらわからなくてカイルを窺うも、やはり驚きと戸惑いとその他諸々の感情が渦巻いているような表情で。 「でも村にはそんな人、いなくて…僕が一番ソレに近くて、親もいないから行かなきゃいけなくなったんだ」 「そんな!」 「お父さんもお母さんも死んじゃって。でも今まで隣のオモトおばさんやお向かいのおじさんや村長さんも親切にしてくれたから…僕が行って村の人みんな助かるなら、それでもいいやって思ったんだけど…でも、怖くて…」 「もういいっ」 「逃げてきちゃった!」 子供の言葉を止めようとしたのはリィではなくカイルだった。 だが静止も聞こえなかったのか、叫ぶと同時にその紺色の――強いて言うなら紫紺と言えなくもない――両目から涙がポロポロ零れ落ちた。 「逃げちゃ、いけな…った、のにっ……みんな、…マユウのこと、助けられる…僕だけ、なのにっ」 きっと大人たちにそう言いくるめられたのだろう。皆を――マユウというのは友達の名だろうか――助けられるのはお前だけだ、と。 自分が行って大好きな人を助けられるなら、それでもいい。 大事な役目だから果たさなければならない。と思ったが、恐怖心はどうすることもできず逃げ出してしまった、そんなところだろうか。 血を吐くような告白。 残酷にも周囲の大人の都合で村人全員の命を背負わされてしまった幼い子供の罪悪感はいかばかりだろうか。 懸命に涙を堪えようと手の甲で拭うが、尽きることなくその頬を濡らし続ける子供の前にゆっくりと膝をつき、リィはそっとその身体を抱きしめ、背中をポンポンと叩いた。 「キミは悪くない…悪くありませんよ」 優しく背中を叩き続けたことでようやく落ち着いてきたのだろう。 時折しゃくり上げているものの、涙は収まったらしい。 「…聞きたいことがある」 それまで口を挟まなかったカイルが腕を組んで燃え盛る炎を睨みながら言った。 「お前が村を出たのはいつだ?」 「……」 「大事なことなんだ。答えてくれ」 真っ直ぐ射抜く翠と紫の視線に子供は一瞬身体を硬くしたが、背中を支えるリィの優しい手が怯える必要はないのだと告げている。 「…昨日の、夜明け前」 「では魔物が紫目の人間を出せと言った期限の日は?」 「月が…2の月が一番大きくなって、昇る時」 「2の月か…」 天には1つの陽と2つの月、そして沢山の星がある。 陽は朝昇ると大地を照らし全てを明るくする。 しかし1の月は夜に昇り、ただ人が怯えぬよう真っ暗闇になることを避けるかのごとく淡く冴えた銀光を放つのだ。 そして2の月とは1の月より小さく、そして赤い。 他の星よりは大きいものの、地を照らす程の力はない。 だから通常人々にとって2の月は他の星と同様に夜間の方角や時間を示す他にあまり大きなイミをなさない。 多分に漏れずその口だったカイルが空を見上げるも、今夜は生憎の曇り空で濃い灰色が広がるばかりだ。 「リィ、わかるか?」 「2の月は…7日後です」 今日の日付と暦を記憶から呼び起こし、素早く計算し答えを出した。 辞めたとはいえ、つい先日まで神殿にいて月や星の動きを日常的に読んでいたのだ。正確さに掛けては他の追随を許さないだろう。 「7日、か」 そこいらへんはカイルも全幅の信頼を寄せているので、自らの考えを纏めるために呟いただけらしい。 やや俯き加減で視線を泳がせていたが、小さく頷くと顔を上げた。 「一度宿場街へ戻ろう」 「宿場街へ、ですか?」 すぐにでも村へ乗り込むと思っていたのでリィはあえて尋ねる。 「ああ。この子を連れては行けないからな」 確かにその通り、なのだが… 「大丈夫。ギリギリだが間に合う。ここには正しい情報と知識、そして力があるからな。後はちょっとだけ人手があると尚よし、というわけだ」 カイルが笑って頷くと何故こうも安心できるのだろう。 リィにはまだ明確な答えが出せなかったが、セビも同じ感触を得たらしい。 明らかにほっとしたように大きく息を吐くとリィの腕の中で急に重さが増した。 「セビっ!?」 慌てて腕の中の子供の顔を覗き込むが、そこにあったのは年相応の安らかな寝顔で。 「眠ってしまったようです」 緊張の糸が切れ、極度の疲労がそうさせたのだろう。 状況を告げたリィの苦笑は、苦笑でありながら温かだった。 子供を火の傍に敷いた毛布に横たえ、その上からもう一枚布を掛けてやる。 この二日間飲まず食わずの休みなしで逃げ続けていたのだろう。 身体を移動させたにも関わらず、身動ぎすらせず昏々と眠り続けるのを確認してからリィは反対側にいたカイルの元へ回る。 少し前から荷物を前に背中を丸めて何かをしているのはわかっていたが、傍によって初めてカイルが何かをしたためていたのだと知った。 邪魔をしてはいけないと一歩離れた場所で立ち止まる。 だがそれ程待つこともなくカイルの手が止まった。 「イリヤとあと何人か呼び寄せる。サナトリアからシーヴァまで天馬で、そこから馬を使えばこちらも街に戻る頃に合流できるだろう」 イリヤとは前回のいざこざで助けてもらったカイルの腹心で。 どうやらそれはそのための手紙らしい。だが。 「そのお手紙はどうやって届けるのです?」 子供連れの自分たちが街へ戻るのに丸4日はかかるだろう。 そしてサナトリアから天馬と馬で急いでも4〜5日といったところか。 両者の時間がほぼ同等である場合、この二つを結ぶための手紙はどのように運ばれるというのか。 見当のつかないリィは首を傾げている。 「こうやって、さ!」 したためた手紙を山やら谷やら複雑に折り曲げていたと思ったら、立ち上がったカイルが書き損じを捨てるかのごとく勢いをつけて空へ投げ放った。 「!!」 カイルの手を離れた手紙は光る鳥に姿を変え、彼方へ消え去った。 パン、パンっ! 手を打つ――というより手についたゴミを払う動作に近い――音で我に返る。 音源を見るとカイルは何事もなかったかのように再びその場に座り、出しっ放しの筆や紙を片付けている。 「あの、カイル」 「姿変えと風系魔法、暴風並み併せ技の呪文抜き編だ」 下を向いたままリィの疑問にカイルが答えた。 言葉は単語を並べただけに近いが、魔法に明るいリィは彼が言わんとするところを――カイルがやったのは紙を鳥の姿に変えたことと、それを強い風に乗せて飛ばし、その二つを呪文抜きに行ったと――正確に理解した。 「成る程…!」 魔法を扱える者にとっての通常では「一度に使える力は一つ」だけ。 数少ない術に長けた者でも「連続」だ。 呪文を正しく唱えることで扱う力の方向性を定められる。 魔法を使うということは他の何かと同時進行できないような精神集中が必要な作業なのだ。 「直列」は可でも「並列」は不可。それが常識だった。 だがそれを二つないし複数「同時」に扱えばそれまでにない力を発揮できる。 何故そんな簡単なことに気付かなかったのだろう。 リィは光る鳥が飛び去った空を見上げながら鮮やかな手並みにいたく感心した。 「あ〜、一つ言っておくが」 「はい?」 躊躇いがちな台詞に渋々視線をそちらへ戻す。 「お前なら呪文抜き魔法の並立使用の一つや二つ練習すればすぐにできるようになるだろうが、アレの真似はオススメできないぞ」 「何故ですか?」 あれができれば急ぎの手紙を届けるのに手間と時間が大幅に省けるというのに… 「姿変えは届いた先で解除してくれる当てがあればいいわけだから、自然に解けないようにしておけばいい」 「…はい」 カイルの言う通りだ。 もしも人に見られて困る大事な手紙だった場合、時間制限などで勝手に解けてしまうような魔法は使えない。 「そして飛ばすだけならば対象物の周りに一定速度の風を吹かせることで可能だ。だが長距離離れてしまったものを止める術がない」 「は?」 告げられた事実に驚いて目と口をポカンと開けてしまったが、よく考えてみれば…確かにその通りだ。 いくら強い魔力を有するリィでも、その力が及ぶ範囲に限度というものがある。 風を吹かせ目的地まで飛ばせ続けるのは最初の1回でかけることが――普通はそう簡単でもないが、リィならば――可能だが、目的地で止めるとなると… 「ここから見えている範囲でなら目的地手前で徐々に速度を落とすのも可能だが、見えない場所に届ける場合、いつ減速をかければいいのかさっぱりわからないからな」 最初にかける風魔法の速度は一定だが、その周りで向かい風や追い風が吹いた場合、目的地にたどり着くまでに多少の時間差があるのは仕方がない。 そして見えないくらい――というより馬で走らねばならないくらい――遠くに届ける場合、減速をかける時がいつになるかなど細かいことがわかるはずもなく。 最初から速度をゆっくりで送ったのではこの魔法を使う意義がないから論外で。 「一つ、よろしいですか?」 「何だ?」 「カイルは…以前にもコレを使用されたことがあるのですよ、ね」 でなければあれ程慣れた様子で術を扱えないだろうし、第一こんな風に説明などできなかったはず。 「ああ」 「結果、は?」 想像通りならば… 「窓をぶち破った」 何事もなかったかのように頷くカイルに 『結果がわかっていて使用されたのですか?』 とはさすがのリィも訊けず、この矢文より恐ろしく傍迷惑な速達が何事も被害なくイリヤに届くようにとこっそり祈るより他なかった。 |
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