『偶然の恋、必然の愛 2』

【4】
経験値





 夜更けの酒場は夕暮れ時の喧騒とは違い、客足も少なく落ち着いた雰囲気だった。

 それがいつものことなのか今日偶々なのかは常連客でないカイルには判別できなかったが、とりあえず酒場に戻ったカイルは堂々とした足取りでカウンター席に着いた。

 そして女将を見つけると片手を上げ視線と表情だけで彼女を呼ぶ。


「あんたはさっきの…」

「ああ。酒を、麦の蒸留酒を頼む」

 少し前に来たカイルのことを憶えていた女将は隣に『お嬢さん』がいないこと、そして先程は頼まなかった酒を――それも強いモノを――注文したことで、彼が一人で息抜きにやってきたのだと推察する。


「お嬢さんはもう休んだのかい?」

「ああ。オレにとって大したことない旅でも、お嬢さんはヘトヘトらしい」

 カイルは肩をすくめ苦笑する。

「そりゃ、あんた、当たり前じゃないかい。相手は女性でお嬢さんなんだろ?」

「違いない」

 そうして視線の合った二人は訳知り顔で笑った。

 ――金持ちってのはホントしょうがないねぇ――
 ――いや、まったく――

 言葉にするとこんな感じだろう。
 だがこれで彼女の口は間違いなく軽くなる。

 庶民、特に商人タイプは目上の者に対して損得勘定でモノを判断しがちだが、同レベルもしくは下の者には優しいタイプもいるのだ。

 勿論、強者には下手に、弱者には上手に出るものも多い。

 しかしカイルは彼女を前者だと判断し、自分はあくまで雇われの身だと示したのだ。


 おそらく他の者が頼むより若干大目に琥珀色の液体が注がれたグラスを持って女将は戻ってきた。

 カイルは微笑んで受け取り、軽く掲げることで感謝の気持ちに変える。

 1杯目を飲み終えるまではどちらも無言だった。

 そしてカイルがカラになったグラスを女将に渡しついでに彼女にも1杯勧める。

 彼女が両手にグラスを持って再び戻ってきたが、今度は笑わなかった。


「女将の口の堅さを信じて言うが…」

「ああ、任せておきなって!」

「ボルオアにお嬢さんの想い人がいるんだが、怪我したらしくてな」

「おや、可愛そうに…」


 口調は然もお嬢さんが気の毒だと言わんばかりだが、話の続きを聞きたくてうずうずしているのが手に取るようにわかる。

 こういう商売を生業にしている人間、特に女性は噂話が大好きな傾向が多いからだ。

 だがカイルは気づかないフリをしてグラスを傾け、勿体つけるかのようにゆっくりと唇を湿らせる。


 彼女にはカイルが言い渋っている、もしくは何所まで話していいのか悩んでいるように見えただろう。

 しかし実際はと言うと、破綻なく、しかし女将が食いつくようにと必死にストーリーを考えていただけなのだが。


「で、お嬢さんはすぐにでも見舞いに行きたかったんだが、ソイツには嫁さんがいたんだよ」

「アンタ、そりゃ…」

 予想外のキャラ登場で女将のボルテージ一気に上昇、ってとこかな。

「いやいや、その男は妻とは別れると言ったし、お嬢さんも承知の上さ。だが父親がそれを許さなくてねぇ」

「ああ、親なら反対するだろうさ」

 そうは言うものの、所詮他人事。
 他人の不幸は蜜の味。
 この話を楽しんでいると断言してもいいだろう。


 よし。ゴシップネタはこのくらいでいいな。


 女将の態度、表情からして自分の話を信じきっているのは間違いない。

 そう判断したカイルはようやく得たい情報に向けて会話を持っていく方向で考え始めた。


「だけどな、その嫁さんと言うのがオレも何度か見たことあるんだけど、これまたエラくおっかないひとで…男の言い分は信じられると思ったんだよ」

「男は男に甘いからねぇ…」

「そこを突っ込まれちゃ弱いんだけどさ…オレはその男を思って泣き暮らすお嬢さんが気の毒で」

「だから一肌脱ごうってのかい?」

「ま、そういうワケよ」

 あくまでその男のためでなく、自分のためでもない。

「だからさ、ボルオアまでの道で危なそうなトコとかあったら教えて欲しいんだ」

 儚げで可愛そうなお嬢さんのために働こうというカイルの心意気をこの女将なら絶対買う。

「そうだねぇ…噂程度の話でもいいかい?」

「勿論! 恩に着るよ、女将」

 その目論見は見事当たった。



 近隣で起こった事件を、解決済みな出来事ならば話のネタにもできるだろうが、現在進行形で危険を伴いかねないものの場合、商売人がそんな噂を無闇に広めたら自分のところにもお客が近寄らなくなるという飛び火が起こるのだ。

 だから「自分にその危険が直接及ばない」かつ「吹聴すればマイナスになる」場合、普通は情報提供を求められても噂程度のことならば、言わない。

 しかしカイルは自身の――正確には雇い主のマイナスポイントを――手の内を明かすことで女将の口を開かせることに成功したのだ。


「出るらしいんだよ」

「…出る?」

 こういうセリフの場合、出るものは良くないものと相場が決まっている。

 そしてカイルには今まで得ている情報から彼女が隠している答えを知っているが、そんなことはおくびにも出さず不安げを装って話の続きを促す。


「ああ。だからって幽霊とかそんないるかどうかわからないようなモンじゃないよ」

「じゃあ、まさか…」

「そう、魔物だよ。ま・も・の」

「そんな…じゃあ先には進めないっていうのか?」


 普通の人間ならば、それが傭兵稼業の者であっても『魔物』と聞いてはその渦中に飛び込みたくないものだ。

 おまけに一緒にいるのが100%守らなければならないか弱い女性とあっては、一人で対処しなければならない場合の数倍状況が悪い。


「いやいや、そうじゃないって。ボルオアへ真っ直ぐ行くなら、出くわすこともないよ。安心をし」

「え、じゃあ何所に出るっていうんだよ?」

 街道と関係ない場所ならば安心だ、と、何故そんなことを言い出すんだ、をほんのちょっと言外と表情に滲ませてカイルは小首を傾げる。

 このさじ加減も間違えると情報が得られなくなるのでかなり重要なのだ。


「アタシが聞いたのは、ボルオアへ向かう街道を進んだ先に大きな川があるんだけど、その橋を渡らず上流に向かった先にある小さな村って話だよ」

「へぇ…ちなみにその川までどのくらいかかるんだい?」

「そうだねぇ…馬でなら丸1日あれば辿り着けると思うけどねぇ」

「馬で1日、か」

 馬で1日行った先の川を上流に向かう、と。

 女将にはカイルの呟きがここから川までの行程を――実際は『出る』というその小さな村への道のりをだが――考えているように見えただろう。


「アタシは行ったことがないから歩いてどれくらいかかるか、詳しいことはわからないよ。けどあの可憐なお嬢さんが一緒じゃあ馬でも3日やそこいらはかかるんじゃないかい?」

 カイルの想像通りのことを彼女は考えてくれたらしい。
 聞きもしないことを答えてくれたが。

 そんなことはない。
 さすがに天馬こそ乗りこなせなかったが、普通の馬なら立ち往生しない程度に操れるし、実は剣の腕も中々のもんなんです。

 おまけに魔法を使わせたらシーヴァで一・二を争ったりするんですっ。
 …手先はやや不器用ですが。

 とは言えないカイルは

「かもしれないなぁ」

 とグラスの陰に苦笑を隠して呟くに止めた。



 その後カイルはもう少し突っ込んでその村が現在どうなっているのかとか、どんな魔物が出たのかも探りを入れてみたが、さすがに現地との距離があるせいかそこまでは女将も知らなかったようだ。

 しかしそれでも今後の行き先が判明しただけでも大収穫である。

 ここらが引き時、だな。

 そう判断したカイルはわざとらしくない程度にあくびをして疲れた表情を見せた。
 そうしてお愛想の旨を告げると、さすがの女将も引き止めはしなかった。

 カイルは彼女の分を含めた飲み代と情報料としてイロをつけた代金を払って店を後にした。





 宿に戻ったのは夜も更けた時間だったが、リィは眠らず待っていた。
 それはそれでいい、というか嬉しいのだが、そんなことより…

「何かあったのか?」

 慌てて寝台に端座するリィに寄った。

 暗いのだ。
 いや、明かりはちゃんと灯っているから、暗いのは室内の空気で…それはつまり部屋に一人残っていた人物が醸し出している雰囲気に他ならず。

 しかし、今現在この部屋に自分とリィ以外の気配がないことは確認済みだから、理由は本人に聴くより術がない。


「え? いえ、別に…」

 小首を傾げてリィも何故カイルがそんなことを言い出したのかわからないという表情をしたが、そんな程度でカイルが誤魔化されるハズはない。

 しかしカイルはその件を一時保留とし、それ以上突っ込もうとはせず、部屋に備え付けてあった水差しから水を2つのグラスに注ぎ入れ、1つをリィに差し出した。

「それじゃあ、こっちから先に報告。行き先が判明した」

「本当ですか!?」

「ああ。ここから馬で1日、そこから川上に行った先の小さな村、らしい。俺たちは徒歩だからもう少しかかるにせよ、数日以内にはたどり着けるだろう」

「そう、ですか…やはりカイルは…すごい」

「何が、だ?」

「だって、こんな短時間で…一人で、必要な情報を集められるんですよ? すごいことじゃないですか」

 すごいと手放しで褒めている割に表情が暗い。

 どうやら帰ってきた時の部屋の暗さと同種のようだ。

 100%理由を理解したとは言えないまでも、ココに根っこがあるらしいのはわかった。

 カイルは内心こっそりため息をつき、

「コラ。しわが寄ってるぞ」

 眉間をつついて指摘した。

「しわ、ですか?」

 慌ててつつかれた眉間を手で押さえたところを見ると、どうやら気付いていなかったらしい。

「ああ、そうだ。ソレはクセになるから止めろ。美人が台無しだ」

「はぁ…」

 と、言われても本人が気付いていなかったものを改善するのは難しいわけで。

 そんなリィの『どうすればいいのかわかりません』という内心を表情とこれまでの経験から読み取ったカイルは苦笑して向かいのベッドに腰掛けた。


「あの、カイル」
「なぁ、リィ」

 同時に声を発したことで二人はまた同時に沈黙する。
 が、次に声を出したのはカイルだった。

「何を、考えていた?」

 コレがリィの表情を曇らせている原因だ。
 それはわかったが、この件に関して憶測やなあなで済ませておくと、後々良くない事態になる。絶対に。

 だから責めるでなく、問い詰めるでもなく。

 ただ自分が知らないことを知りたいのだと声色に含ませた疑問はちゃんと届いたようだ。

 視線を漂わせた後、リィは詰めていた息を吐き、観念したように口を開いた。


「僕はアナタの隣にいてもいいのでしょうか?」

 と。

「…はぁ?」

 何でそうなる!?

 リィの突拍子もない思考回路には慣れたつもりだったが、今回のは――ほんの数刻とは言え――単独行動の後だけに、咄嗟にその思考を辿ることができなかった。

 ぽかんと間抜けにも口を開けたままのカイルがリィを見つめ続けること暫し。

 で、ようやく我に返ったカイルは取り合えずリィが思ったこと考えたことを吐き出させることが急務と定めた。


「何がどうなってそう思ったんだ?」

「あの、それは…」

「いいから、さっさと吐け」

 王族の気品のかけらもない言いようである。

「うっ…えっと、だから…」

 だがその言い方がかえってよかったのか、リィはぽつぽつと言葉を紡ぎだした。

 しどろもどろに白状したリィの話を簡潔に言うと『旅慣れた自分と一緒に行動する自信がなくなった』ということ、か。

 俺も覚えがない感情ではないが、なぁ…

 これは相手に合わせて経験値を下げるわけにはいかないのだ。

 いや、ただの物見遊山の旅ならば、いくらでも下げただろう。
 だが、一応目的はあるし、直接自分に害がないとは言え、急ぐに越したことはない。

 だから自分のやり方――いや自分が習ったやり方か――で進めてきたのだが、ちょっと急ぎすぎたのだろうか。

 前回の旅ではそんなことを考える余裕がなかったのだろうが、今回は直接自身に関わらない旅が災いして考えなくていいことまで考えが及んでしまったのだ。
 だがこれは言い換えればカイルの説明不足が招いた結果とも言えるわけで。


「リィ…すまない」

「カイル?」

 自分の力不足を嘆いているリィが反対に謝られたことで驚くのも無理はない。

 だがカイルには謝るだけの理由があることで。


「お前は今俺が何を謝ったのか…わからないよな」

「えっと、あ、はい…すみません」

「いや、いい。それこそお前に謝ってもらうことではないのだから」
「でも…」

「お前は今俺が何を考えているかわからない、だろ?」 

「…はい」

「それで当たり前なんだよ」

「当たり前?」

「そう。相手の考えていることがわからなくて普通なんだ。そんなもの、目に見えないのだから。ただし、慣れ親しんだ相手ならば、違う。だろ?」

「…はい」

「で、俺はお前が俺のことを知った上で、少なからず好意を寄せてくれていることに甘えすぎていたんだよ」

「えっと…」

「要するに、俺の説明不足」

「しかし…それって言い換えればカイルの期待に僕が応え切れていないとも言いませんか?」


 何でこんなことばかり頭が回るんだ!?


 それは全く期待しなかったといえば…ウソになる。

 だが、カイルは自身の行動がリィにとって負担になってしまったことも経験上理解している。

 だからこそ、それは経験者である自分のミスになるのだ。

 何故ちゃんと説明してくれなかったんだと怒られるならともかく、普通ここまで自信をなくすだろうか?

 リィの思考を辿っていくうちにカイルはある仮説に辿り着いた。


「もしかして…お前、今まで挫折したことないだろ」

「挫折、ですか?」

 何故今そんな話をするのかわからないと表情にありありと出ているが、カイルは構わず話を続ける。

「ああ。例えば…神殿に入ってから教えられたことで、どうしてもできなかったことがある、とか」

「できなかったこと、ですか?」

「特に魔法関係」

「……」


 何故そんなことを訊かれたのかはわからないが、訊かれた以上答えねばならない。

 そんな理由だろう。
 一生懸命思い出そうと考えているようだが、無言であることからカイルの想像が当たっていることを暗に告げている。


「お前にとって魔法は得意科目だった。だから回りの期待にもちゃんと応えることができた。違うか?」

 初めて出会った幼いあの時、本人は全く自覚していないが、リィ自身がカイルにその事実を告げている。

 十にも満たない子供にしてはレベルの高すぎる魔法を使えたからだ。


「ええ、まぁ…」

「でも今回はお前の知らない分野だったが故に、説明不足も重なって自分が満足のいく結果を出せなかった。それだけだ」

「そう…でしょうか?」


 くそ、まだ納得しないか。


 苦々しく思いながらもカイルはそれを表情には出さず、次のネタを考える。


「なぁリィ。長く良好な夫婦関係を続ける秘訣、知ってるか?」

「は? 夫婦関係、ですか?」

「ああ、そうだ」

 またしても全く関係のないと思われる話題だが、カイルが今このタイミングで言い出したのだから何か理由があるに違いない。

 きっとそんなことを思っただろうリィはしばし考えてから回答を出した。


「…相手を思いやること、でしょうか?」

「うん、まぁ、それも間違いじゃない。だけど、思いやるためには対話が必要なんじゃないか?」

「対話…」

「ああ。対話をすれば相手が何を考えているのかがわかる。で、相手を知らなければ、思いやることもできない。と、俺は思うわけだ」

「カイル」

「ん?」

「…やはりご結婚、されていたんですか?」

「はあ?」

「だって、夫婦関係って…」

「それは物の例え! でもって、模範解答者は義姉上だっ!」

「クレア、様?」

「そうだ。昔、義姉上がそんな話をしてくれた、それだけだ。俺はこれまで妻を持ったことも、この先そのつもりもないっ」

「ですが…」

 立場上そういうわけにもいかないだろう、と言いたいのだろう。
 だが

「そこら辺は大丈夫。ちゃんと兄上も了解済みだ。心配するな…じゃなくて!」


 会話がどんどんズレていくのを強引に修正して。


「俺が言いたいのは、俺は旅の経験もあれば、諜報活動じみた経験も少なからずある。だから俺にはそれができる。それは十年近く師匠と共にいた結果だ。だがお前はまだどちらも初心者だ。だからやり方がわからなくて当たり前なのに、経験者の俺が説明を怠った。それだけだっ」


 ぜぇはぁ、ぜぇはぁ。


 どうしてコレだけの理由を説明するのに息が切れるのだろうか。

 カイルは大きく息を吐いて手にしていたグラスの中身をあおった。


「とにかく、今回必要なことはこれから説明する。だから…」

 もう一口水を飲もうと思ったが、グラスの中身はカラだった。

 軽く舌打ちしてカイルは少々乱暴にグラスをサイドテーブルに置く。


「今更、俺を置いて一人で帰るなんて…言わないでくれ」

 しかし告げる声は仕草とは裏腹に心許ない。

「どうして僕が! そんなこと言いませんっ」

 リィから視線を逸らし、床に向かって呟いたカイルに今度はリィが噛み付いた。

「本当か?」

「本当です」

 チラリと視線を向けると、大きく頷くリィにカイルは笑みを浮かべた。

「よし、じゃあ必要事項を説明する」

「はい」

 押して駄目なら引いてみろ。何と素晴らしい格言か。

 内心カイルが思ったことは内緒である。




「リィの役どころは食堂で言った通り『サナトリアの地方貴族の娘』だ。だから対外的には誰とも喋らないでくれ。ちょっと顔を見られただけではわからないだろう」

「いえ、それはいくらなんでも…」

「大丈夫だ。安心しろ。だが、できるだけ顔は隠してくれ。『銀の巫』を知っている人間がいないとも限らないからな。それから、声を聞かれては男だと怪しまれかねないから、喋らないように」

「はぁ、ですが…こんな男の格好をした貴族の娘がいますか?」

 これは別にリィが女の格好をしたいと言ったわけではない。
 本当に言いたかったのは、顔を隠しただけで女に見えるわけがないと抗議したかっただけなのだが。

「それは大丈夫。非常事態での旅の途中だから男の成りをしていると言えばいい」

 だからこその『あの』理由なのだ。

「本当を言えば、俺もあの理由は気に入らないんだ」

「…と、いいますと?」

 咄嗟についたウソだけに、後からもっとよさそうなネタを思いついたのだ。
 本音を言えば今からでもそれに変えてくれと筋違いながら女将に頼みたいくらいである。

 カイルはニヤっと笑って座ったまま顔をリィに寄せる。

「俺とお前の駆け落ち編を使いたかったんだ」

「はあ!?」

「だが、それだと俺までコソコソ隠れて顔を隠さなければならなくなるだろ。そうすると情報が仕入れ難くなるから、コレはまたの機会に…どうした、リィ?」

 思いついたものの、熟考したら今回は実行不可能だと判明したので使わなくて正解だった。
 しかしそのネタも捨てがたいのでいつか使おうと心に決めている。

 ただ、話を聞いてかなり呆れた表情のリィがソレに付き合ってくれるかどうかは不明なのだが。


「……何でもありません」

「だからお前を隠した上で情報を仕入れなければならない立場、と言うわけで俺はお前の用心棒だ」

 何所まで本気で、何所から冗談なんだか。話がいつの間にか本筋に戻っていたので、リィは慌てて必要事項を記憶する。

「僕はトリス出身貴族の娘で、カイルがその用心棒、ですね」

「そうだ。ま、明日にはココを発つからそう構える必要もないだろうが、そこだけ押さえておいてくれ」

「はい。あの、カイル」

「ん?」

「その…こういうやり方も剣豪アークから教わったのですか?」


 剣豪は名前ではないのだが、名前とセットで人の口に上ることが多いので、リィも同じように述べた。

 本人を知るカイルにはソレが幾分居心地の悪さを感じさせたが、そこは敢えて指摘せず質問に答える。


「まぁ、そうだな」

「やっぱり、すごい方なんだ…」

 カイルに告げる、というより独り言に近い呟きは憧れが滲み出ている。

 しかしカイルにしてみれば師匠と言えども、好きな人に目の前で他の男を褒められているに他ならなく、気に入らないことこの上ない。


「なぁ…」

「ねぇ、カイル」

「ん、ああ?」

 今度はカイルが譲った。

「カイルはずっとそんな方と共に過ごしていたんですね」

「…ああ」

「すごい」

「あの、なぁ、リィ…」

「そんなすごい方に認められたカイルと僕は旅ができるんだ…」

「え?」

「だって、カイルが独り立ちをされたってことは、認められたってことでしょう?」

「それは、まぁ…」

「やっぱり、カイルはすごいです。剣豪アークはその腕だけで名を馳せたお方でしょう? でしたら、そんなお方がカイルの肩書きだけで独り立ちさせたとは思えませんから」

「……」

 ニコニコニコニコ。

 無邪気にあちらを褒めていると見せかけて、実は変化球でした、とは。
 何と見事、高等技術か。

 自国の外交に長けた宰相ですら絶句しそうな話術にカイルは白旗を揚げるしかなかった。


「すごいと褒めてくれるのは嬉しいが…なぁリィ」

「はい?」

「それもこれも傍にお前がいるから俺は普段より少なく見積もって二割増しの力がだせるんだと言ったら…信じるか?」

 負けてばかりはいられない。やられたらやり返す。

「…僕がいるから、二割増し、ですか?」

「ああ、そうだ」

「ですが、僕はカイルの役には立っていませんよ…まだ」

 少し間をおいて『まだ』と自発的に言えただけでも上等だろう。
 
 カイルは少し笑みを浮かべた。

「この先、お前の力は勿論期待している。それを得られたら俺は無敵だ」

 だがカイルが言いたかったのはそこではない。

「だがな、俺はお前がいるだけでいつもより力が出せるんだ」

「あの、僕は…そんな魔法知りませんが」


 ぷっ…ばんばんばんっ


 こういう場面でのみ、言いたいことが十割伝わらないというのもあるイミ珍しい。

 怒りも呆れも感じることなくカイルは盛大に吹き出してベッドを叩いてしまった。


「違う、違う…いや、似たようなものか?」

 問いかけというより独り言に近い呟きはリィに聞こえなかったようだ。
 相変わらず向かい側で小首を傾げている。

 カイルは立ち上がって二人の間にあった『一歩』分の距離をゼロにしてリィの肩に両手を置き…軽く押す。

 押された身体は逆らうことなくゆっくりと倒れた。

「カイ、る?」

 そしてカイルもその後を追うように上半身を倒し、リィの両脇に肘をつく。

「好きな奴が傍にいる。それ以上の理由がいるか?」

 澄んだ空の青だった瞳が、水を湛えた青に変わる。

 問いかけに答えはなく、ただ温かな腕を首の後ろに感じた。

「どうか、ずっと…お傍、に…」

「ああ…って、おい?」

「……」

「おーい」

「……」


 聞こえてくるのは安らかな吐息だけで。


 何でこの状況下で眠れるんだ、おいっ。


 だが起こすのも申し訳ないような安らかな寝顔にカイルは苦笑する他なく――

「惚れた弱み、ってか?」

 しかし本人が思っている程、呟きも表情も苦々しくなく、そっとリィの両手を解いて寝台にまっすぐ寝かせた。

「ま、俺の理性が切れる前に気付いてくれよ」

 誰に聞かせるでもなく言って、カイルは部屋の明かりを消した。


5へ

偶然の恋、必然の愛 TOP
裏桃TOP表桃TOP

©Copyright Mei Tomonaga 2007. All rights reserved.