『偶然の恋、必然の愛 2』

【10】
深浅





 一件落着の後、セビをシーヴァへ旅立つ準備をさせるためにリィをつけて自宅へ帰らせた。

 そしてカイル自身は部下たちとまだ息のある犯人たち、それから『不可解な』遺体の検分を行った。

 生きて捕らえた者たちはこの件に関しては皆操られていただけだった。

 魔力も全く感じられないし、暫くして目を覚ました時には「何も知らない」と言い張っていた。

 ただしイリヤが「サナトリアで手配されている賊の一味に似ています」と言った途端顔色が変わったので、叩けばホコリが出てきそうだ。

 ま、どちらにせよ魔法暗示が残っていないか等一度は詳しく調べる必要もあるので、夜が明けるのを待ってイリヤたちがサナトリアに連行することになっている。


 そして物言わぬ遺体の方だが。

 村長宅前の二つは、一体はカイルが短刀で、もう一体はリィが火の魔法でやったものだった。

 それはもう絶命しているせいか、かなり薄くなっているが魔力の気配を感じたので、力を持つ者だったのだろう。

 リィも現れた者の中の三名は力の持ち主だと合図していたから間違いなさそうだ。

 とりあえず調べるために部下たちが持って帰ることで落ち着いた。

 ここまでは、然程苦労することもなく簡単に終わった。

 しかし、あと一つは…

 カイルとほぼ同時と言ってもいいくらいに現場に辿り着いたテオドールは自分と同じく何が起きたのかさっぱりわからないという様子で首を傾げていた。

 とりあえずその場に返って時系列を追って検証を始める。


「私はあの木のところから見張っていました」

「あそこ、か。と言うことは、俺が来たこっちより見晴らしがいい?」

 手を敬礼する形で額につけて指された場所を眺めた。

 ちなみに今はもう両目で見ている。
 検分を始める前に一人部屋に戻りピアスを嵌めたからだ。


「はい。今、この道を辿って初めて気付きましたが、向こうの方が若干高い位置にあるようです。しかし、あそこから私が見たのは、この者がそちらから走ってきて…」

 と、カイルもその後を追った道を指で辿り。

「この位置で血を噴いて倒れた。それだけです」

「周囲に人は?」

 見ていたのにわからない、と悔しそうに下唇を噛んで首を横に振っている。手を下した誰かがいたとわかればコトは簡単なのだが。

「あれだけスッパリ切れていたから何かで切られた傷、というのははっきりしているんだが、飛び道具らしきものは落ちてなかったし…魔法だとすると……」

 色々な可能性をカイルはぶつぶつと呟く。

 ここで起きた謎が解明できれば、きれいさっぱり何の後腐れもなくこの地を後にできる。

 しかし今カイルが見てもこの者に何が起きて絶命したのか、どうにも説明がつけられない。

 魔法でやったのなら、いくつか方法を思いつかないでもないが、この村に魔法使いは『存在しなかった』のだ。

 だからその方法を考えるなら、まずその存在を明らかにしなければならないわけで…

 現場を見ていた信頼している部下にもわからないのだから仕方がない。


「コイツに関しては保留、だな。俺たけでは結論が出せん。とりあえず一緒に持って帰ってくれ」

「…はい」

 結局、ここに落ち着いた。




 宿代わりの村長宅に戻ったが、リィはまだ帰っていなかった。

 暫くは里帰りもままならなくなるセビの準備に手間取っているのだろう。
 代わりにイリヤが廊下でカイルを待ち受けていた。

「帰国の手配は整いました」

「ああ」

 こういう事務処理に関してはカイルより余程適任な部下が言うことだから、カイルはさして考えることもなく頷く。

「それと先ほど村長たちから聞いたことなのですが」

「ん?」

「話が噛み合いません」

「??」

 どんな情報を仕入れたのか全く想像のつかないカイルは視線だけで話の続きを促す。

「カイルたちが現場検証に出た後、村長や他の村人に話を聞いたのですが、どうやらあの子を生贄にするように言い出した『誰か』の気配を感じるんです」

「…それは敵が言い出したことじゃないのか?」

「そこがちょっとおかしいのです」

「……話せ」

「はい」


 頷いて話し出したことを簡単に纏めるとこういうことだった。

『魔物は紫目の者を差し出せ。とは確かに言ったが、それをセビにしようと言い出したのが誰なのか、始点が見えない』

 と言うのだ。

「…だがそれは言い出した奴がバツが悪くて言えないだけじゃないのか?」

「私も最初はそうだと考えました。しかしカマをかけて訊ねても誰もボロは出してくれません。それにこういう場合、本人にそのつもりがなくても、密告があるのが常ですから」

 苦笑を交えて述べるイリヤにカイルも大いに頷く。

 大国の王弟とその部下だ。
 剣や魔法だけが戦いの道具でないことは良く知っている。


「確かに」

「話を聞き終えた後、なるべく目立つように一人で村を歩いてみたのですがその気配もありませんでした。ここの人たちはそれ程固い絆で結ばれている、という判断もできなくはありませんが」

「そうだなぁ…皆が皆、固い絆で結ばれているとまでは言えないと思うが」

 現にセビの隣人である婦人や村長の孫はセビの味方だ。

 しかしこの村での立場は高いとも言えないので、発言力は低いわけで。


「わからんことだらけだ、と言うのが答えか」

 ため息を吐きながら、髪をガシガシと掻き回した。

「それから」

 一通り終わったと思っていたので、事件の話はもううんざりだと言わんばかりの表情でカイルは話の続きを促した。

「これは先程までの話とは少々離れるのですが」

「なんだ」

 あからさまに肩の力を抜いたカイルをイリヤは苦笑しながら話を続けた。

「申し訳ありませんでした」

「…何がだ?」

 謝罪されるようなことはなかったと思うのだが。

「あの子を抑えきれず、頃合の悪い時に村に戻ってしまったことです」

「……ああ、あれか」

 記憶を溯って行くと、確かに不味い場面での登場だったっけ。

 戻るなら今夜以降にしろと告げて別れたのだが、結果よければ全てよしな考え方をしているのですっかり忘れていた。


「あの時は焦ったが…だがあれはあれでよかったんじゃないかと思う」

「と、言いますと?」

「敵が取り囲んでいるあの場に飛び込んだセビを見て、あそこにいた何人かはアイツがただ逃げたわけじゃないと思ったんじゃないか?」

 自らが助かりたい一心のみで逃げ出したのと、村を助けたい一心で助けを呼びに抜け出したのでは、天と地ほどの差があるのだ。

 本当はセビは誰かの助けを求めて村を出たわけではないのだが、今ここで大事なのは『どうみえたか』だ。


「ま、ここを出た時の気持ちはわからんが、帰った後の気持ちは皆聞いている。文句のつけようのない宣言を、な」

「確かに」

「だから、その件は不問にする」

「はい」

 それでも深々と頭を下げるイリヤの肩をカイルは軽く叩いた。ら。

「な、何だ!?」

 肩を叩いた手首を掴まれてカイルは目を見開く。

「もう一つ」

 ここまでの反省の態度は何処へやら。
 イリヤの視線に不穏当な光を感じたカイルは咄嗟に逃げ出そうとしたが、捕まっているため叶わず。

「聞きましたよ」

「な、何を?」

 逃げ腰の姿勢は崩さず、ぎこちない笑みを浮かべて続きを訊ねる。

「リィさんと取っ組み合いの喧嘩をなさっていたそうですね」

「はぁっ!?」

 そんなもの、した憶えは全くない。

 カイルはブンブンと音がしそうなくらい懸命に首を横に振る。

「ええ、カイルがそんなことをなさったとは、私も思ってはおりません」

「じゃ、何で…」

 こんなところで話題に上るのだ?

 大きく頷くイリヤにカイルは首を傾げる。

「これはあの子が申したことです」

 あの子とはセビのことで。

 何を根拠にセビがイリヤにそのようなことを告げたのかと言うと――

「仲がいいことは良ろしいことですが、外ではご自制を」

「っ!!」

 私的事情に釘を刺され、カイルはろくに返事もせず腕を振り切ると部屋に入り音を立ててドアを閉めた。




 リィが戻ったのは日が落ちて暫く経ってからだった。

「お疲れ」

 長椅子に寝そべり足は肘掛に乗せて組むというだらしない格好でカイルはリィを迎えた。

 カイルの顔を見て、少し首を傾けたがすぐに笑みを浮かべた。

「カイルこそ」

 やや疲労はあるようだが、それでも昨日よりは晴れ晴れとした表情をしている。

 ゆっくりとした足取りで向かい側に回り静かに座った。

「準備は済んだか?」

「ええ。持って行く物の選別はできましたし、留守中家の管理は隣人のご婦人に頼んで参りました」

「ああ、彼女か。母親の鑑、みたいな女性だっただろ?」

 顔を思い浮かべて自然と笑みがこぼれる。

「ええ、素晴らしい方でした」

 カイルが珍しく思慕の念を滲ませた評価にリィも深く頷く。

「彼女なら家のこともきちんと面倒見てくれるだろう。で、アイツは?」

「夕食をご馳走してくれると言うので、彼女の家に。今夜はマユウが泊まりに来るそうですよ」

 我がことのように楽しそうだ。

「…しかし、マユウは村長の孫だろ。大人がいいと言うか?」

 セビに謝罪したとは言え、わだかまりが全てなくなったかというと…そうとも言い切れない。

 特に大人の方が抵抗が強いと思うのだが。

「大丈夫です。お母様と村長の了解はちゃんと取りましたから」

 ニコニコニコ。

 他意のない笑顔でリィは至って簡単そうにそう言うが。

 きっと、いや、絶対に、大人はいい顔しなかったと思うぞ。

 リィが頼んだからこそ頷いたのであろう事柄に、カイルは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

「なぁ、リィ」

「はい?」

「…お前のいた位置から、聞こえたか?」

 カイルはリィから視線を逸らした。

「何が、ですか?」

「敵の誰かが呟いた言葉」

「敵の…?」

 あの場面で出てくるにしては些か場違いだと言わざるを得ない言葉だった故に、カイルの心に大きなささくれとなり引っかかっているのだが。


「あ、いや、聞こえてなければ」

 聞いていないなら、態々話題に上げることもない。

 カイルは首を横に振ろうとしたが。

「まさか、お前が」

「え?」

「ですね?」

「…ああ」

 感情のこもらない声音で再現して見せたリィにカイルは小さく頷いた。

 どうやら聞こえていたらしい。

「あれは僕も気になりました」

 何故なら…

「紫目の者は魔物である。だから魔物もこの目を見て仲間だと思い油断する」

「…」

「だよな」

 視線をリィに戻した。

「…はい」

「俺が今まで出会った魔物も皆そんな反応だった。だが、あの中の一匹だけは…反応がおかしかった」

「はい。正反対と言っても過言ではないと僕も思います」

「あ〜、もうっ。わからんことだらけだ!」

「だらけって…あ、誰が最後の一人に手をかけたか、ですか?」

「ああ。結局それもわからなかった。それからもう一つ」

「まだあるのですか!?」

「ああ…どうやらセビを生贄にと言い出したのは敵ではなかったらしい」

「…それは村の誰かでは?」

「俺もお前と同じ想像をしていた。だがイリヤが言うには、言い出したのは確かに村人側だったハズなのに、その誰かがどうにも掴めない、ということだ」

 イリヤが聞いた話、そしてその後の彼の行動をそのままリィに伝える。

「…変、ですね」

「だろ」

 変だというのはわかったが、ではだからどうなのか。あれもこれもおかしいとこだらけで、煮詰まったカイルは考えることを放棄していた。

「もう一人、魔法使いがいれば話は簡単になるのですが…」

「え?」

 何が簡単になるというのだ?

 思いもやらない単語を出されてカイルは慌てて起き上がる。

「え、って…ですから、魔法使いがもう一人いれば、問題の内二つは解決できるでしょう? あの子を生贄にしようとした誰かと魔物を殺害した誰かは」

「…確かに」

 どちらも魔法で片がつく。だが。

「その『誰か』は何処から来て何処へ行った?」

「あ」

「振り出しに戻る、だな」

 それはリィにも想像がつかなかったらしく、二人で苦笑するしかなかった。


「あ、そうそう。セビからカイルに伝言を預かっていたんです」

「伝言?」

「はい。『言いつけを守らなくてごめんなさい』と」

 言いつけとは宿で待っていろと言ったあれのことだろう。

 カイルは危険から遠ざけるため、セビを宿に残した。

 しかし本人は魔物がいる真っ只中に飛び込んできた。
 魔物に差し出されることに怯えて逃げ出したのに、だ。


「その分アイツは自分で頑張ったんだ。俺たちが叱る程のことでもあるまい」

「そうですね」

 二人視線を合わせて笑みを浮かべた。

「ところでカイル」

「ん?」

 笑みを納めたリィにカイルは話の続きだと思って軽く返事を返すが。

「あの…」

「何だ?」

「その…」

 中々本題を切り出そうとはしない。

 今この時点で言い出し難い話題があっただろうかと考えるが、予想がつかない。

「ほれほれ、さっさと吐いて楽になれ」

「どこのお役人のセリフですか」

 カイルの芝居がかった軽い口調に呆れた調子でリィは返した。

 だがそれで重い口を開くきっかけにはなったようだ。

「…どうしてカイルはあの子に……村を捨てさせようとしたのですか?」

 その言葉にカイルは目を見開いた。

「何故、そう思う?」

「カイルがセビにあれ程優しい口調で話しかけるのを初めて見ました。あれは、あの子に『行く』と言わせるためだった」

「……」

「…違いますか?」

「……」

「あの」

「お前には、隠し事、できないな」

 沈黙に耐え切れなくなったリィの声にカイルの自嘲的な呟きが重なる。

「……がいい」

「え?」

「捨てられるくらいなら、捨てる方がいい、だろ」

「カイ、る…」

 感情を伴わない平坦な口調にリィは言葉を失う。

「その方が傷は浅くて済むと思った。けど…」

 膝に肘をつき両手を組む。そしてそこに口を軽くつける。

「アイツは俺が思ったよりずっと清くて、もっと強かった」

 手が邪魔をしているせいで、いつもよりくぐもった声。

「見くびるなと叱られそうだな」

 そのままずるずると滑って、手に額を乗せたところで止まった。

 カイルはその状態でくっくっと喉を鳴らして笑っている。

 リィはそっと立ち上がり、音を立てずにカイルの側に回り隣に座った。

 そして…

「傷ついたことを知ってくれた人がいる、それだけで傷つけた何かを赦せることもある」

 カイルの肩に手を回し、引き寄せる。

「僕はそれを知っていますから」

 リィの肩に額がぶつかって、カイルは乗せられた手に自分の手を重ねた。

 視線を少し上げると見える自らがつけた…証。

 そして、唇に触れた…吐息。

 あたたかい、と思った。



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