『偶然の恋、必然の愛』
【9】
新たなる出会い
「わが国の使者も数名シーヴァに参ったきり連絡が途絶えている。そうか、そのようなことになっておったのか…」 話を聞き終えたサナトリア国王レオは難しい顔で頷いた。 二人は一国の王と謁見するには少々小さいと言わざるを得ない部屋で、向かい合って席についていた。リィのように他国から来た使者はまず謁見の間に通されるのが通例なのだろうが、事情が事情だけに他者の、従者すらいない空間が選ばれた。 自らの扱いに最初は驚いていたリィも話を進めていくうちにレオの配慮に感謝した。例え王の腹心の部下といえども知られていい話ではないのだ。 ただリィは事実をありのままに述べているが、信じてもらえるかどうかは別問題だった。しかしレオの表情からリィは信じてもらえないのではないかという心配が杞憂に終わったことに安堵した。 (やはりカイルはすごい。言った通りだ) 数刻前に別れた男のことをリィは思い浮かべる。彼のおかげで何もかもがいい方向へ動きそうなそんな気がする。 リィは顔を上げてレオの決断を待った。 「そういうことならばラルフ王子は何としても助けたい。だが…今兵を動かすわけには、行かぬ」 (え?) しかし、苦渋に満ちた顔で王の下した決断は望むものではなかった。 リィは驚きのため声も出ない。 「リーン殿、我とてクレアの、我が妃の縁者であるラルフ王子は心配だ。だが王として今兵を出すことはできぬ」 「何故で、ございます」 (ようやく、ようやくここまで来れたというのに…!) リィの声は絶望のあまりかすれている。 「それこそが敵の真の目的と思わぬか?」 レオの言わんとするところが解らず、リィは僅かに首を傾げる。 「魔物たちは聖なる地シーヴァを戦場とし、血で汚すことを目的としているのではなかろうか」 レオの言葉にリィは目を見開く。 思いも寄らぬ回答だった。だがそれは考えるに値するだけの説得力がある。 そう、何故シーヴァが狙われたのかリィは深く考えたことはなかった。ただダール様やキリエ様に魔物に付け入られるだけの心の隙があったのではなかろうか、くらいにしか思っていなかったのだ。 もしレオ王の言うとおりならば、サナトリアが挙兵すればシーヴァもそれ相応に迎え撃つだろう。 いくら兵士たちが魔物に取り憑かれていなくとも――正気だとしても――ダールに命令されては剣を取るしかないのだ。 (もうどうすることもできないの、か?) リィは絶望し項垂れた。 その時、 「俺が行きましょう、兄上」 背後から聞こえた第三者の声にリィはゆっくりと頭を上げた。 幻聴だと思った。今自分は絶望に打ちひしがれている。だから都合のいいように似たような声を聴いて勘違いしたに違いない。 リィは自分に言い聞かせ、恐る恐る振り返った。 (彼は…一体誰?) リィは混乱の極地にいた。 ここへ辿り付くまでに何度も窮地を救ってくれた彼と非常によく似た面差し、そして本人かとも思える程の声。 しかし彼とは髪の色が違う。黄金に輝く髪をした目の前の人物は国王を「兄上」と呼んだ。 (ならば…) そうだ、サナトリア国王にはほとんど表舞台には現れない年齢の離れた弟がいたはず。確か、名前は… 「カイ・ルーディス・サナトリアだ。以後お見知りおきを、銀の巫殿」 思い出す前に名乗られてそんな名前だったと思う。リィは無意識で差し出された手を取り自らも名乗った。 「リーン・ディアナスと申します…カイ、様」 見れば見るほどそっくりだ。 リィは礼儀も何も忘れて王弟の顔を不躾にもまじまじと眺めた。 「どうかされたかな、巫殿?」 「い、いえ申し訳ありません。何でも…ありません」 (そんなわけないのに) 問い掛けられてどうにか視線を外すことができた。 「で、そなたが行くとはどういうことだ? 今シーヴァから戻ったばかりではないか」 失態もいいところだ。 内心で自分を叱りつけていたリィはレオ王の言葉に再び我が耳を疑う。 (…戻ったばかり?) 「だから現状を知っている俺が行くのが一番なのですよ。策はあります」 (現状を知っている?) 「しかしだなあ…」 「それに…魔物相手ならばやはり俺が行くのが一番でしょう?」 「それは…わかった。この件カイに任せよう。しかし無茶はするな」 「ありがとうございます。決して兄上の顔に泥を塗るようなことは致しません。ご安心ください」 「…そうか。というわけでリーン殿、後は弟に一任するが心配されるな。我より余程戦いに長けている。悪いようにはせん」 「…はい」 すっかりリィのことは忘れて話を進めていたかと思いきや、いきなり話を振られてどうにか返事だけはできた。だが内容は…はっきり言ってよくわかっていない。 しかしそのことには気づかれなかったようだ。二人ともリィの様子を気にすることもなく再び二人の会話に戻る。 「ところでカイ、いつ発つのだ?」 「今すぐにでも、と言いたいところですが用意せねばならぬものもありますので、明朝」 「そうか。それなら間があるようであればクレアの元へ寄っていってくれ。心配している」 「わかりました」 二人は話しを終えレオは退室し、部屋にはカイとリィのみが残された。 「僕は…あなたにとてもよく似た人を、知っています」 その時リィの頭には目の前にいる人物が王族だとか、自分が何のためにここにいるのかということはまるでなかった。 王弟はリィの物言いに気にする様子もなく、斜に構え腕組をしてリィを見下ろしている。 「ほぅ…どんな奴だ?」 「見た目はあなたにそっくりです。髪の色は少し違いますが」 「それで?」 「手先が器用です。いつも僕の髪を編んでくれました」 「その銀の髪ならば、さぞかし編み甲斐があるだろう。役得、だな」 「彼もそう言ってくれました。それから…」 「それから?」 「少しイジワルです。僕のことをよくからかいます」 「それは悪い奴だな」 「でも…いい人です。どうしていいかわからなかった僕をここまで導いてくれた」 「そうか」 「僕はその人にもう一度会いたいと思いました。だから何処に住んでいるのかと尋ねたのに教えてはくれなかった」 「……」 「そのくせ別れ際に「また会ったら」なんて言うんですよ? ズルイと思いませんか?」 「そう、だな」 「だから僕は決めました」 「何を?」 「名前…また会っても名前呼んであげない」 「それは…ああ、もう…済まなかった」 「…何が、でございましょう?」 いきなり慇懃な物言いに戻り小首を傾げるリィを見てカイは小さく舌打ちし、頭をがしがしと掻いた。 「だから…別に騙そうとか思っていたわけではなくてだな…いや、よそう。事情はどうであれ騙したことには変わりないのだからな。本当に済まない…リィ」 自分のことを「リィ」と呼ぶのは… リィは恐る恐る頭を下げた彼の髪に触れた。 「黄金色、なんですか?」 「ああ、一応こっちが元の色だ。ところで…名前を、呼んでくれないか?」 (不安、だった?) 髪に触れていた手を取ってその甲に口付ける彼の目を見てやっと「あの言葉の意味」を理解した。 「カイル!」 リィがその胸に飛び込んだのが先か、カイルが抱き込んだのが先か…いや、そんなことはどうでもいいのかもしれない。ただ相手の温もりが傍にある。それが全てだ。 「カイル…カイル…」 「済まない、不安にさせたようだな」 「いえ、そうじゃなくて…あなたを「カイル」と呼べることが、嬉しいんです」 ここで名を呼んで初めて解ったこと。ただ名を呼ぶだけのことがこれほど難しいと知ったこと、ただその名を呼ぶだけでこれほど嬉しい気持ちになるということ。 顔面一杯に「嬉しい」と言っているのが判る表情で見上げられて、カイルの胸は本当のことを告げられないことに痛んだ。 「そこまで言われると…何やら照れくさいな」 「あ、でも本当にカイルとお呼びしていいのでしょうか?」 落ち着きを取り戻したところでリィは思い出す――目の前の人物の身分―― (おいおい、今まで普通に喋っていただろうが) 相変わらずのボケぶり――いや、城下町で別れてからまだ数刻しかたっていないのだから変わるわけはないのだが――にカイルは抱きしめたままリィの肩に頭を乗せる。 「俺がそうして欲しいと言っているのだ。それでは不満か?」 「不満だなんてとんでもない。ああでも公式の場では「カイ様」とお呼びしますからね」 「そうしてもらえると助かる。本当は…嫌なんだがな」 「わがままですね。しょうがないでしょう、王子様なんですから」 そう、カイルは――リィは茶化して王子様と言ったが――王弟殿下なのだ。本来ならこの様な口の利き方をしていい人物ではない。 しかし彼は「カイルと呼んで欲しい」と言う。つまり王弟カイとしてではなくカイルと言う身分のない個人として接して欲しい、そういうことだ。 「好きで王子に生まれたわけじゃない。誰かにやれるものなら熨斗つけてやるぞ、こんなめんどくさいもん」 「はいはい、判りましたから…いつまでも懐いていないでそろそろ離してもらえませんか?」 (できることならずっとこうしていたかったのだがな) 内心苦々しく思いながらも仕方なく腕の中の檻から解放してやる。 「それで先ほど「策はある」と仰ってましたが、一体どうするのです?」 「それなんだが…お前の助けがいるんだ。やってくれるか?」 上目遣いに頼むカイルにリィは首を何度も縦に振る。 「勿論です。当たり前じゃないですか。僕にできることでしたら、何でもやりますよ」 「そう言ってくれると助かる。とりあえず用意しなければいけないものがあるのだが…」 言葉を切ってカイルはリィを上から下まで眺める。 「まあ何とかなるだろう。行こう」 「え、何処へ?」 「義姉上の所へだ」 (???) 策とは一体どういう内容のものなのか、何を手伝えばいいのか、何を用意せねばならないと言うのか、何故カイルの義姉の所へ行く必要があるのか、いや、何故自分まで一緒に行かねばならないのか。 カイルは一切の説明をしなかったので何がどうなったのかさっぱり解らない。しかしここは彼に従うより他に手はない。それに任せても大丈夫だという思いというか安心感というか信頼感というか…もある。 リィは素直にカイルの後についていった。 初めて間近で会ったサナトリア王妃はとても優しげでありながらもどこか一本芯の通ったような強さを感じさせる、そんな女性だった。 「おかえりなさい、カイ。無事でよかった」 「ただいま帰りました、義姉上。…済みません、まだ良い結果をお知らせできなくて」 カイルは彼女の手を取りその甲に口づける。 彼女はそのままカイルの手を両手に包み込んだ。 「いいえ、あなたのことだから最善を尽くしてくれているのでしょう。でも無茶をしてはダメよ?」 「はい、それは勿論。義姉上を悲しませるようなことは決していたしません。ラルフ王子も必ず…ご安心ください」 「…そう。それで後ろにいらっしゃる方はどなた?」 カイルの後ろに控えていたリィを見て彼女は首を傾げる。 「ああ、これは失礼を。リーン・ディアナス殿です」 「まあ、あなたがあの銀の巫殿ですのね。クレアと申します」 「リーン・ディアナスです。以後お見知りおきを」 優雅に差し出される手を取ってその甲に軽く唇をつける。 「私たち、ほんの一時とは言え同じ神殿にいたはずですのに今日まで間近でお会いすることがなかったなんて…勿体ないことをしたわ」 「義姉上、それは!」 カイルが何やら慌てた様子なのにも意に介さず、左手に持った扇子の影でクレアはため息をついた。 一体彼女が何を言ったのか後半部分の意味が解らなかったリィは無言で首を傾げカイルを見上げる。 カイルは何とも複雑な表情をしていた。 「まあいいわ。過ぎてしまったことはしょうがないわね。ねえカイ、夕食はご一緒して頂けるのかしら。勿論、巫殿もご一緒によ」 クレアはカイルの表情に気づいていないわけではないだろうが、全く無視してさっさと話題を変えてしまった。 「喜んで」 カイルは内心冷汗をかきながら、何食わぬ顔で笑みを浮かべた。 「それではあなたの好物を用意させましょうね…と、その前に何か御用があってこちらへいらっしゃったのでしょう? ごめんなさい、私ばかりお喋りして」 「いいえ、義姉上のお元気そうなお顔を拝見しに伺ったのも大事な用の一つですから」 一つということは二つ目もあるということだ。 察しのいい彼女は初めからカイルの言葉はお世辞、もしくは挨拶の常套句として聞き流している。 「それで二つ目は?」 「それは…」 バンッ! 言いかけたところで大きな音が会話を中断した。 「カイ兄様、お帰りなさいっ」 音と同時に高速移動してきたピンク色の物体がカイルの腰の辺りにぶつかる。カイルはその事態を半ば予想していたので然程驚いた様子もない。 「相変わらずお転婆だなマリィ…あれ、セーラ?」 ひょいとそのピンク色の物体を両手で掴み上げると、予想とは違うものだった。 「カイ兄様、それはどういうイミです? マリィはもうそんな子供ではありません」 先ほどから開けっぱなしになっているドアの向こうから十代半ばくらいの少女が右手に幼い男の子を伴って現れた。そしてカイルの手の中にいる少女はまだ十歳にも満たないくらいか。 (そういえばお子様は三人、でしたっけ) 彼らを見てリィは頭の隅にサナトリアの人物関係図を開く。 「まあまあ、皆騒がしいですこと。お客様にご挨拶するのが先でしょう」 クレアに窘められて三人はようやく自分たちの知らない人物がその場にいることに気づいたらしい。慌てて口々に名乗る。 「こちらこそ初めまして、マリィ様、セーラ様、ロイ様。リーン・ディアナスと申します」 にこっと笑って優雅に一礼した銀髪美人を三人は一目見て気に入ったらしい。いつもならカイルに引っ付いて離れない三人がリィにあれやこれやと話をせがんでいる。 (やれやれ、老若男女問わず人気者だな) その微笑ましい光景をずっと見ていたい気もしたがそうも行かず、カイルは義姉に向き直る。 「それで義姉上、実はお願いがあるのですが…」 もう一歩クレアに近づいてカイルは彼女の耳元で何やら小声で話した。 聴き終えたクレアは暫し子供たちの相手をしているリィを眺め…そして微笑んで頷く。 「わかったわ。最高のものを用意しましょう。そうね…本当は清楚なのがいいのだけど、この場合少し派手目の方がいいかしら?」 非常に楽しそうに呟く義姉を眺めてカイルは人選を誤ったかと少々後悔した。 「何を話していたんだ?」 「え?」 「チビたちと」 クレアの元を辞した二人は回廊を歩いていた。 カイルはクレアとの会話の間、リィが子供たちと何を話していたのか何となく聞いてみたくなったのだ。 「ああ…ナイショです」 「仲間はずれか? それは悲しいな」 本当はそんな風に思ってもいないくせに悲しそうな表情をするカイルをリィはクスクスと笑う。 「ダメですよ、そんなことしても可愛くありませんから」 「…それもそうだな」 普通はそういう返答にはならないだろう。 ただ何となくしてみただけで、別に可愛くしようなどと微塵も思ったことはなかったのだが、という言葉はどうにか飲み込んだ。 何と言うかリィの言動はやはりどこか天然と言うか、何と言うか… そうこう話しているうちに一室の前にたどり着いた。 カイルは扉を大きく開け、中へ入るようにと優雅な手振りでリィを促す。その動作にリィは一瞬立ち止まり、しかしすぐに礼として軽くお辞儀をして中へ入った。 「夕食まで、と言ってもそれ程の時間があるわけではないが、ここでゆっくりしててくれ。俺はちょっと用事を済ませてくる」 「はい。あ、しかし…」 「ん、何だ?」 一度は素直に頷いたものの、何かを言われかけてカイルは出て行こうとした足を止める。 「あの…僕にも何か、お手伝いできることありませんか?」 カイルの言う「用事」とは恐らく明日の準備だろう。だったら自分ひとりが暢気に休んでなどいられない。 リィの顔にそう書いてあるのを読み取ったカイルは開けたままだった扉を閉め、リィに近づく。 「本当に大した用ではないから、すぐに済む。お前は長旅で疲れているだろう」 「それでしたらカイルだって同じじゃないですか」 「だから、俺は慣れていると言っているだろう」 言ってからカイルはこの言い方ではリィが納得しないと思い至る。 「今お前がするべきことは夕食に向けて休んでおくことだ。まだ顔色があまりよくないぞ?」 右手でリィの頬を撫でるとくすぐったかったのか、リィは首を竦めた。 「きっと食後にはまたチビたちが食らいついて離れなくなるだろうからな。あいつらには食べ物や暖かい寝床に困る心配はないが、城外に出る自由はないから外の話が楽しみでしょうがないんだ。今のうちに回復しておいて、また相手をしてやってくれると俺は助かる」 俺が相手しなくて済むからな、と言い置いて今度こそカイルは部屋を出て行った。 リィはぬくもりの消えた左頬に自分の手を重ねた。 「…今更だけどカイルって王弟殿下、なんですよね」 先ほど部屋に入るときのしぐさや名乗られたときの手の出し方を思い返す。見惚れるほどの優雅さ。 そう言えばここへ着くまでにも何度か「おや?」という感じはあったのだ。一見傭兵風のカイルが何の仕事をしているかとかは聞かなかったので判らなかったのだが、上流階級に属する人間では? と思わせる言動は幾つもあった。 何よりシーヴァの王宮内の人間に――頼まれたからとはいえ――用があって城まで訪れたのだ。それを知った時点でもう少し深く考えるべきだったのかもしれないが…過ぎてしまったことはしょうがない。 しかしまさかこんな一番頂上だったとは… リィは自己嫌悪にも似たため息を漏らした。 (でも彼がカイルとして扱って欲しいと言っているのだから、いいですよね) はっきり言って今までの他国の王弟殿下に対するとは到底思えない自らの言動の数々だが…これはこの際、忘れることにしよう。 リィはソファに深く腰掛け、マリィたちと話したことを考える。 『リーン様はいつまでここにいらっしゃるの?』 明日には発つと告げたときの小さな少女の顔。 『またいっちゃうの?』 まだ舌足らずな口調で本当に聞きたかったのは自分のことではなく、叔父のこと。 『カイ兄様はちっともお城にいらしてくださらないの。お話ししたいこと、たくさんあるのに』 わがままを言ってはいけないと解っていても漏れてくる言葉。 (カイルってば本当に愛されているのに…) 以前彼は「兄のことは尊敬しているが兄が自分をどう思っているかは判らない」というようなことを言っていた。しかし兄であるレオが弟を大切に思っていなければ、その子供たちもこれほどまでに懐きはしないだろう。 (本当に他のことにはよく気づくのに、自分のことになるとからっきしですね) そう考えてふと自分はカイルのことをどれだけ知っているのかと思う。 (からかい癖があって、旅のことなんかはよく知っていて…) カイルのイメージを指折り数えて挙げていく。 (手先が器用で、剣技に長けていて…) しかし挙げれば挙げるほど、まとまるどころか輪郭がぼけていく。 (甘えん坊で、でも家族にはどこか遠慮してて…) 本当の彼は一体どれなのだろう? (優しくて、頼りになって…) 全て、ウソ? (自信たっぷりかと思えば、本当のことはずっと隠してて、そのくせ…) 全て、ホント? (妙なところで心配性…あ) 思い出した別れ際の出来事… リィは思い返して顔を赤くした。 あれにはどんなイミがあったのだろう? またからかわれたのだろうか? だとしたら… 「ちょっと、悲しいかも…って、どうして?」 思わず口に出した呟きに、自ら疑問を持つ。 これではまるで… ぐるぐると回りだした感情に翻弄され、リィはソファにぐったりと横になった。 (ここは、どこ?) 目を開けて最初に見えたのは見知らぬ白い天井。そしてゆっくり視線を巡らせると落ち着いているが最高級の品だと判る調度品。それから… (あ、れ?) 「カイ、ル?」 「ああ、目覚めたのか?」 手にしていた本から視線をこちらへ移したのは、紛れもなくカイルだった。 「あ、そうか。髪、黄金色が本当なのでしたね」 一瞬、別人に見えたのは見慣れた茶髪ではなく、本来の色である黄金色だったから。 肘をついてのそりと起き上がる。と、窓の外が見えてリィは慌てた。 「すみません、カイル。もう夕食の時間ですか?」 「ん? ああ、まだ大丈夫だ」 約束の時間を過ぎたのかと慌てたが、それにはまだ間があったらしい。 「そう言えばリィは前にも…まだ茶色いときにも俺の髪のこと言ってたが何がそんなに気になるんだ?」 カイルは上目遣いに額にかかる前髪を見上げた。 『カイルの髪が光に当たって黄金に見えて…。それが何だか懐かしいような、知っているような気がして』 あの時は結局そう言ったリィにナンパかと茶化して終わりにしたのだが。 「それは…知っている人に似ている、ような気がしたんですが…」 カイルの黄金の髪に反応してしまうのはあの人と似ているから。 でも… リィは目を瞑り、緩く首を横に振る。 「別人です」 「そうか…。そろそろ時間だな。行くか」 カイルの方から尋ねたことだったが、それ以上突っ込んだことは聞かなかった。 夕食はカイルも含めた国王一家とリィのみの豪華ではないが暖かな感じのするものだった。 ここのところ食事もノドを通らなかったリィもこの雰囲気に――勿論この先の目途がついたことも大きかったのだろうが――見苦しい姿を見せることなくちゃんと食事をとることができた。 食後にはカイルが宣言したとおり、子供たちがリィに話を強請り、リィも請われるままに色んな話を聞かせている。 カイルはそんな様子を横目で見ながら兄とやや声をひそめて話していた。 「わかった、それはお前の自由にすればいい。ところでカイ」 「はい?」 改まって名を呼ばれてカイルはリィの方へ行きかけていた意識を兄の方へ戻す。 「…言わないのか?」 誰に何を、の部分が抜けていたが、何を聞かれたのか勿論わかっている。 カイルは一瞬眉をひそめたがすぐに無表情に戻り首を横に振って見せた。 レオはその様子にただ「そうか」と言っただけで、それ以上は何も言わなかった。 |
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