『偶然の恋、必然の愛』
【8】
言えない真実と想い
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(…怒っている、だろうか) 振り向かずに人ごみをすり抜け、裏道を慣れた足取りで走る。 そして人の気配がなくなった場所でようやく立ち止まった。 『お前は誰か好きな奴いないのか?』 大きく息を吐いてカイルは唇を噛んだ。 「何故あんなことをしたのか」の「何故」は判っている。 しかしやった行為に後悔はしていない、そこが問題だと思う。 あの場面を何度やり直したとしても同じ行動を取ると――威張れることではないが――言い切れる。 (くそっ) 最初はあんまりにも綺麗なんでちょっとからかってみたくなった。 でもそんなからかいが通じないくらい純粋で澄んだ奴だとすぐにわかって、思ったのは――面白い奴。 ――純粋すぎて傍にいるには適していない。 一生懸命で、でもどこか抜けている。そこのところが憎めない奴。 ――面倒かもと思いながらも手を貸さずにはいられない、何か。 自分のことより他人のことを我がことのように気にする奴。 ――借りを返すためにも、ただ助けたい、それだけだったはずなのに。 自分の容姿にまったく自覚がない。 ――見た目に惑わされたか? 自分だって大変なくせにそれは見せようとしない頑固者。 ――守りたい。 それと、暖かで素直な…心。 ――このぬくもりの傍に、いたい。 徐々に自分の心が変わっていくのがわかった。 惹かれている自覚はあった。 でも押さえきれると、押さえなければと思っていたのに… 『好きになった奴に嫌われるのが怖い、か』 握り拳で脇の壁を叩きつける。 誰かを想えば後で必ず傷つく。 だから誰にも本気にはなるまいと戒めてきたのに。 これでもう離れてしまうかもしれないと思った瞬間、本音が、出た。 あいつはどう思っただろう。 今までと同じ冗談だと思ってくれているといいのだが。 (頭痛の種を自分で増やしてどうする?) この後に起こるであろうことを思ってカイルは額に手を当てる。 (さすがにちょっと…) 「帰りたくない、な」 思わず洩らした呟きに、ははっと乾いた笑いが零れてきた。 (らしくない) 考えてしまったことを打ち消すように首を横に振る。 (それに、今ここであいつを助けられるのは俺だけだぞ?) 逃げるわけには行かない。 カイルは頭を上げて帰るべき「家」を見上げ、大きく息を吸ってそこへと向かって再び歩みだした。 |
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