『偶然の恋、必然の愛』

【7】
二者択一?





 驚いた。

 された行為に対して怒りとか嫌悪とか驚きとか、とにかくマイナス感情を全く覚えなかったことに驚いた。だからと言って感情が麻痺したというわけでもない。
 どちらかと言えば…


(イヤじゃなかった)

 唇に手を当てリィは城への道をとぼとぼと歩き出す。

(…そう言えば僕、もう一度会いたい人がいるはずなのに)

 リィは空を見上げて苦笑した。

(ああ、でも何故彼はあんなことをしたんだろう?)


 一番初めにしたような冗談だろうか。しかしそれにしては残された呟きが真面目すぎる。


(変わらずに呼んで欲しいってどういうイミだろう。名前が変わるのかな…いや、そんなわけないか。だとすれば行為に対して僕が怒って彼の名を呼ばなくなるとでも思ったのかなぁ…)


「うーん」

 唸り声が思わず出てしまってリィははたと我に返る。

(…こんなこと考えてる場合じゃないのに)


 足を止め眼前に見える城を見る。
 そう、自分は今シーヴァを…ラルフ様を助けるためにここへ来ているのだ。それ以外のことで悩んでいる場合じゃ、ない。

 リィは首を振って頭の中から彼のことを追い出した。


(えっと、サナトリア国王は…)


 記憶の引き出しからサナトリアに関することを検索してゆく。

 国王の名はレオ・ヒース・サナトリア様。年齢はまだ三十台半ばだが、王としての力量は中々のものらしい。でなければ二十歳になってすぐに王位を継いで、今までやってこれるわけない。

 奥方はクレア様。
 この方がラルフ様の母君の従姉妹に当たられる方。
 シーヴァの神殿にいらっしゃるときにレオ王に見初められたとか。


(劇的な出会い、か)

 以前二人の馴れ初めを聞いた時、話してくれた人がそう表現した。

 偶然出会った二人が一瞬で想い合う仲になるのが劇的なら…


(あるイミ、僕と彼も劇的な出会い、かな)

 偶然同じ酒場に居合わせ、助けられる。
 同じ情報を別の角度から見たものを持ち合わせ、そして目的地が同じだった。

 偶然だけど、偶然だけじゃない何かを感じる。
 名前と自分よりも一つ年下でサナトリアに住んでいるらしいってことしかわからない…知らない

 けど、でもまた会える。何の根拠もないのに、そう思う。


(でもそれだとあの人との出会いも劇的、だよなあ)

 長年乞い続けたあの瞳を思い浮かべる。


(ああ、そうか。二人は似ているんだ)


 記憶の中のその人と別れたばかりの彼を並べてリィは唐突に、だが妙に納得がいった。


(でも髪も目も色が違うのに…あの人と似ていると思ったから、彼のことが気になるのだろうか?)

 思わず立ち止まり、首を傾げてしまった。

(もっと長い時間一緒にいられればわかるかもしれない。でも住んでいる所とか教えてくれなかったし、僕はまた探し人を増やしてしまったの?)


 少し悲しくなった。

(でも彼のことなら少しはわかっているんだ。多分サナトリアのどこかにいるってわかっているだけでも十分だ…って、また彼のこと考えているよ)


 再び苦笑したところで城門前についてしまった。


 さあ、ここからが本番だ。


(この件は…保留。全部終わったら考えよう)


 リィは頭を上げ、外套のフードを取り払う。

 彼の象徴とも言うべき頭を飾る銀糸が陽光を浴びてきらきらと光る。


「レオ国王に謁見を願いたい。我が名はシーヴァ神官リーン・ディアナスと申します」


 大きくはないが凛とした声がその場に響いた。


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