『偶然の恋、必然の愛』

【4】
誤魔化された思い





(火の始末もしたから、これで準備はいいか? ああ、アレがまだだった)

 出発の準備を済ませ、荷物を担ぎ上げようとした手を止め、カイルは振り返る。

「リィ、そっちはできたか?」

「はい」

 リィは食事に使った食器などを詰めた袋をカイルの足元へ置いた。

「忘れ物は…ないですね」

 辺りを見渡して置き忘れがないことを確認すると「それでは行きましょう」と荷物を持ち上げようとした。が、その手をカイルに止められてしまう。

 理由が判らずにきょとんとしているとカイルがリィの髪を掴んで口付けた。

「隠してしまうのは…勿体ないのだがな」

「す、すみません」

 カイルの気障な言動にリィは少し顔を赤らめて俯いた。

「何、謝ることはないさ。こんな見事な髪を結えるなんて、役得だ」

 しかしそんなリィの様子に全く構うことなく茶目っ気たっぷりに言ってカイルは彼の背後へと回る。

 最初に髪のことを指摘してから朝リィの髪を結うのはカイルの役目となっていた。

 本来ならリィが自分自身でするべきことなのだろうが…リィはかなり不器用だった。
 
 二日目の朝、自分で髪を結おうとして「何処をどうすればここまで酷く絡まらせることができるのだ?」という状態にしてしまったのだ。

 その髪を解きながらカイルは「こいつに髪は触らせるまい」と心に固く誓い、今日に至る。

 しかし今朝はいつものように髪を束ねて編もうとした手をびくっと止めてカイルは掴んだ髪を放してしまった。

「どうかしましたか、カイル?」

 いつもと違う気配にリィは少しだけ首を動かして後ろを向いたが、すぐに「何でもない」と頭を前に向けられてしまった。

 カイルはばれないように苦笑してもう一度髪を手の中に集めると、今度はするすると素早く器用に三つ網を編んで紐で縛る。

 なるべくリィを見ずに一連の行動を済ませた。


「もう動いてもいいぞ」

「はい、ありがとうございます。それにしても…カイルは器用ですね」

 結われた髪を掴んでリィはカイルの方を向く。

「器用というか…慣れだな」

 慣れという言葉を聞いてリィの中に一つの可能性が思い浮かぶ。

「慣れ、ですか。あ、カイルってもしかして結婚していらっしゃったんですか?」

「はあ?」

 絶句した。
 髪を結うのに慣れていて、どうして結婚しているに繋がるというのだ?

「だって、カイルは他人の髪を結うのに慣れているということは奥さんの髪かなぁと思って…」

 ぽかんとした、共に旅をするようになって初めて見る表情にリィは慌てて自分が思ったことを口にする。

 カイルは理由を聞いて脱力した。

 ここまで長く髪を伸ばしている男性はあまりいない。

 いや、例え髪の長い男性が傍にいたとしても、結うことは滅多にないと思う。

 自分も、そして周りにいる長髪の男性で結っているのを見たことはほとんどない。となるとカイルが結い慣れているのは女性の髪という可能性の方が断然高くなる。

 女性の髪の場合、カイルが髪結いを仕事としているということも考えられるが、何となく違うと思った。

 ならば、親しくもない女性の髪を結うことはないだろうから、親しい女性イコール奥方、という結論にリィは至ったのだ。

 カイルはリィが思い描いただろうことをほぼ正確に想像することができた。

 確かにリィの言うことに一理ある。あるのだが…


「大抵の女性はこのくらいは自分でできると思うぞ。それに俺が結婚しているように見えるか?」

 反対に問い返されてリィは小首を傾げる。

 こういう問われ方をするっていうことはしていないのだろう。でも…

「カイルほどの方ならば、女性が放ってはおかないでしょ?」

 言ってからリィはちょっと胸の辺りがもやもやした。

「…褒め言葉と取っておこう。だが俺は誰とも一緒になる気はない」

 そう言ったカイルの表情が酷く悲痛に見えたのだが、何故かカイルの言葉を聞いてリィはホッとした。


「髪のことは…姪がいるのだが、お転婆でな。鬼ごっこだの木登りだのに随分と付き合わされたんだ。で、その度に俺にぐしゃぐしゃになった髪を直せと言うもんだから、そう難しい髪形でなければできるぞ。今度リィもアップにしてやろうか?」

 先ほどの表情が気になって開きかけた口を遮る形でカイルは陽気に事の顛末を語った。しかも末恐ろしい提案つきで。

 リィは慌ててその提案を辞退した。

「似合うと思うのだがなぁ」

「冗談じゃありません!」

 リィは髪を外套の中へ押し込め荷物を手に取るとさっさと歩き出した。

 結局、カイルが何を思ってあんなことを言ったのか、何故自分はカイルの言葉を聞いてホッとしたのか、聞かなければいけない、考えなければいけないことは全て冗談に紛れて棚上げとなってしまった。


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