『憧れのびたーすうぃーと』
抹茶パフェ編
by 朝永 明
初めて会った時は本心から今日のことを楽しみにしていた。 けれど翌日からは…個人的事情により躊躇いを覚えていたのでキャンセルすることも考えた。 それでもここまで来てしまったのは、好奇心のせい…なのだろうか。 教えてもらった名前と看板が合致することを確認してから木製のやや古めかしいドアを押し開ける。そして素早く店内を見渡し… 「お待たせして申し訳ありません」 足早に寄って頭を下げた。 「仕事じゃないし予定の時間より早いのに、謝られたら僕の立場がないです」 もう既に話題の品らしきものを目の前にしてにこやかに述べる彼の後輩にはかなわない…正直そう思った。 早々にカウンターパンチを食らったものの、着席と同時に諸々の感情に蓋をしてオススメの『抹茶パフェ』を注文する。 「抹茶味は初めてです」 「苦味と甘味が絶妙なバランスなんですよ」 緑色のアイスとクリームを掬いながら笑顔でサクサク口に運ぶ様を見る限り、本心から言っているらしく、その味が気になった。 「楽しみです」 久々にワクワクした気持ちになった。 「あ、美味しい」 チョコレートパフェやフルーツパフェなら何度も食べたことがあったし、抹茶アイスも食べたことがあったのに、どうしてこの二つが一緒になった抹茶パフェは食べたことがなかったのだろう。 運ばれてきたパフェの味に、新鮮な驚きについつい夢中でパフェを掬ってしまったが… 「あ、ごめんなさい。つい夢中になってしまいました」 向いの席に連れがいることを思い出し、慌てて手を止めた。 「いえいえ。僕としましては『抹茶パフェ愛好組合』に入ってもらえそうで嬉しいです」 その物言いに思わずくすっと笑ってしまったが、「喜んで入れていただきます」と請合った。 「ところで、どんな経緯で知り合ったのですか…東野くんと」 先日会った彼の同級生たちの経緯は聞いたが、目の前にいる彼とは更に接点がないように思う。 「あれ、訊いていらっしゃいませんか?」 不思議そうに首を傾げられて、小さく頷く。 本人に訊けば簡単に答えてくれるのだろうが――一身上の都合、いやわがまま故にしばらく会っていない――とにかく頷くと彼は少し思案顔で視線を漂わせると既に2杯目となる器の縁をスプーンで軽く弾いた。 「コレも少しだけ関係あるのかも」 そう言って中程まで掘り進んだ抹茶アイスとアズキを救い上げ、美味しそうに口へ運んだ。 この細い身体のどこに収まるのか…不思議だ。 ちなみに1杯目は待ち合わせ時刻前に食べ切ってしまうつもりだったそうだ。 「抹茶パフェって、昔はこの辺りでは滅多にお目にかかれない代物だったんです」 「…そう言われれば、見た憶えがありません」 昔から甘いものは好きだった。 しかし幼い頃、母とよく行ったデパートのパーラーにはこんなメニューはなかったと記憶している。 「でも僕の故郷では珍しくも何ともないメニューだったんです」 抹茶パフェが珍しくない故郷… 「抹茶だから…京都ですか?」 「ピンポーン、大正解です」 笑顔で拍手された。 「僕があの学校に入学したのは高等部からだったんですが、あそこではかなりの少数派だったんです。お陰で入学早々から校内にプロフィールが行渡りまして…」 あそこへの高等部からの入学が相当厳しいことは話に聞いている。 「僕が京都出身だと聞いて、直接話がしたいと同じ部活のさ…兄に相談を持ちかけたと聞きました」 「話がしたい、ですか? 彼が?」 「はい。僕も一体何の話だろうかと思ったんですが、兄の頼みですしお会いしたわけですよ。そしたら…いきなり肩をつかまれて」 言葉を切って俯き水のグラスを手に取り呷った。 「あ、あの、言い難いことでしたら…」 「錦市場の端が地主神社なのか、と」 「…は?」 馴染みのない単語が並んで、間の抜けた問い返し方をしてしまった。 「そんなこと急に訊かれたら普通訊き返しますよね?」 上目遣いに訊ねられたが、何と答えてよいやらわからず曖昧に頷いた。 「で、詳しく話を聞いたら『サスペンスドラマを見ていたら主人公たちが錦市場で食べ歩きをした直後に地主神社にいたけど、そんなに近いのか?』と」 「えっと…錦市場とは京都の名所ではなかったでしょうか?」 旅番組等で何度か耳にした記憶を思い出したが、詳細は憶えていない。 「そうです。錦市場は西が高倉通りで東が新京極通りまでの全長約400mの市場で、京の台所とも呼ばれています」 「そうですか…」 「で、東の端の新京極通りから地主神社までは直線距離で2kmくらい、足が丈夫な方だと真っ直ぐ歩いて30分切れるかと思います。バスやタクシーに乗れば短縮できるでしょうが、ヘタすれば徒歩の方が早いこともあります」 「……」 「僕も常々その手のミステリーや旅番組では地元民として大いに疑問を持っていたので、先輩とはすぐに意気投合した、というワケです」 「そ、そうでしたか……」 ついうっかりため息が漏れてしまったのは自らの修行が足りなかったせいだけではないはずだ。 そっと窺ってみると…にんまりと弓なりになった目とぶつかった。 「人が悪いですよ」 「コレくらいできなきゃやって行けない学校だったんですっ」 「…どんな学校ですか」 知っていたことと言えば『私学故に財力のある子息が多い』『文武両道』『特に有名なのが管弦楽部』くらいで。 彼も仕事の出来具合からして、本気になれば勉強もスポーツも程々にはこなせただろう。 実家は確か自営業だったはずだから、通うことも可能だったのだろう。 だが、こんな『腹芸に長けたタイプ』がうようよする中でよくもまぁ6年間も過ごせたものだ。 「ちなみに付け加えると、先輩みたいな『真っ直ぐタイプ』は少数派でした」 完全に心を読まれたとしか思えない付け加えに苦笑を漏らしてしまったのは自らのせいだけではない、開き直ることに決めた。 「それで、バレンタインなんですが」 「えっ!?」 「だから、バレンタインです」 「2月14日が、どうかしましたか?」 先日の話だと思いきや。 「先輩や兄たちが中等部の3年の時にその事件は起こったそうです」 「…事件、ですか?」 かなり古い話のようだ。 「僕は高等部からの入学だったんで、その話を聞いたのは随分後になってからだったんですが…同級生たちの間でも極一部でひっそりとその惨劇は語り継がれていました」 「惨劇?」 単語の重さに声が潜められる。 「僕も何と大げさな表現だろうと思いました。でも詳細を教えてもらってからは…惨劇と言わざるを得ないと思いました」 彼の話ではあるが、古い話であるが故に肩の力を抜いて聞けると思ったが。 「あの、一体何が…」 「聞きたいですか?」 「……」 目の前の人物の表情から察するに気軽に頷くのはどうだろうかと警戒心を抱いたが。 「いや、北山さんは聞く権利があるし…寧ろ聞いておいた方がいいと僕も思います」 「えっ!?」 拒否権は端からなかったらしい。 「その日、中等部の寮にある1室、通称第二図書館ではいつも通り部屋の主及び数名の客人が読書に勤しんでいました」 「第二図書館」 「が、夜も更けて読書に尤も適した頃に…主がご乱心召されたのです」 つい先日聞いたばかりの名称の主とは彼の他ならず。 「ご乱心、ですか?」 「はい。急にその場にいた客人の読んでいた本の結末を…片っ端から暴露されたそうです」 「……」 確かに、被害者からすれば悲惨な状況と言えなくもない、が。 「常々室内での『ネタバラシ』を禁じておられた主が、です。おかげでパニックに陥った一同は寮内で尤も権力を有する人物に助けを求めた、と」 「それって…」 リアルタイムでその件を知らない彼がこうも詳しく語ると言うことは… 「ウチの長男です。でも兄も俄かには信じがたかったから、緘口令を敷いた上で原因究明に乗り出したと聞きました」 「それで、原因は判明したのですか?」 「はい。原因はチョコでした」 「チョコ、ですか?」 「正確には『ワインの入ったチョコレートボンボン』です」 「つまり、酔っ払ったということですか!?」 「まぁ突き詰めればそうなると思いますが…」 「彼が酔っ払うレベルのチョコレートボンボン?」 「そうなんです。先輩のアルコール耐性から察するに、お菓子レベルで酔うハズないんですが他に原因が見つからなくて」 「他に、とは?」 「えと、その…色んなタイプのモノをこっそり摂取してもらったと」 「…時効が成立していますので、問わないことにします」 「お願いします。それで、色々摂取してもらった結果、ワインが含まれるとご乱心召される、と」 「度数の問題ではなく?」 「はい。ウォッカ・ラム・ウイスキーベースはおろかブランデーベースのカクテルも平気だったそうです。耐性を超える量になるとただ眠ってしまうだけで」 「つまり度数の問題ではないということですか?」 「兄たちが出した結論は『ワインに含まれる酸化防止剤』のせいではないか、と」 「ああ!! それに似た話は聞いたことがあります。酸化防止剤の入った食品を過剰摂取するとアレルギーが酷くなる人がいらっしゃるとか…」 一括りにできる問題かどうかはこの際考えないことにする。 「きっとその類似症状の一種なのだろうということでした」 「そういうことですか…あれ?」 「どうかしましたか?」 「じゃあ先日彼が酔っ払った原因は…」 「あはははは〜」 「確信犯だったんですか!?」 「えーと、その…誓って言いますが、僕はこの間の件に加担してませんよ?」 「……」 「その、佐伯先輩と昇が…東野先輩と北山さんの馴れ初めを聞き出したくてワインクーラーを一口飲ませた、とか」 「一口、ですか?」 「だから、詳しい話は知りませんっ。僕が着いた時には先輩もう酔っ払ってましたもん!」 「ああ、そうでしたね…」 あの日、飲み出してからのことを思い返す。 隣に座っていた時に飲んでいたのはウイスキーの水割りだったし、確かに…大量摂取するだけの時間はなかったと思う。 「あ、れ? 酔っ払うと本のオチをバラすのですよね?」 「えぇっと、細かく言うと…自分が知っているコトで秘密にするべきことを話してしまう、かな?」 「…つまり、自白剤ですか」 「あはははは〜」 過去に何を喋らされたことやら… 「でもどうしてそんなチョコレートが…」 話を思い返して呟く。 「誰かが第二図書館に持ち込んだのは間違いないんです。あそこでは本のお礼にお菓子を置いていくことが慣例となってましたから」 「…では、ただの貸出料だったのですか?」 呟きに答えが返ってきたので、真相を探るべく疑問をぶつける。 「それは……多分その意図を持って置かれたのだろう、と」 「つまり…」 「置かれた日にちと残っていた品物から察するに、想いを寄せていた人がいたのは確かなようです」 「そう、ですか…」 既に過去の出来事であり、今の自分にはそれ以上の感情を述べることは…許されない。 「翌朝目覚めた東野先輩は何も憶えていなかったので、真相は有耶無耶のまま闇に葬り去られた、と言うことでした」 「……」 額面通りに受け取ってもいいのか判断に迷ったが。 「佐伯先輩やウチの三番目の兄の話では『アレで気付かないなんてどうかしてる』とのことでしたが、長男と次男は『館長ならそれもアリだろう』と」 「…笑えばいいのか呆れればいいのか、判断に困りますね」 「それで、この間三男はいませんでしたが、後の三人が口を揃えて言ったんです『あの本のムシだった館長を振り向かせた北山さんは凄い』と」 「いえ、僕は、そんな…」 話を聞いて先日感じた思いが益々強くなって行く。 「だから北山さんはこの先どんなことがあっても、真っ直ぐぶつかって欲しい」 「え?」 「兄たちの言葉です」 「…真っ直ぐ、ですか?」 「はい」 「…そうですね」 是非そうしよう。 できればそうしたい。 そんなのムリだ。 色んな感情が去来したが、結論の出ないまま曖昧に頷くことしかできなかった。 「北山さんはパフェに入っているコーンフレークをどう思いますか?」 またしても唐突な話題転換に深く沈み込んでいた思考が混乱する。 「…コーンフレークですか?」 「コーンフレーク、です」 可愛らしくも真面目な表情で訊ねられても…一体何を答えればいいのか判断に迷い、言いよどむ。 「嫌いじゃない、ですよ」 「そうですか…」 小さく呟く表情が微妙に曇ったことにより、相手は反対意見だと知る。 「お嫌いですか?」 「嫌いって言うか、ココにあるのが許せないんですよね」 「許せない、ですか?」 何の話なのか、やはり見えない。 これでも一応、人の顔色を窺うのは得意なはずなのだが… 得意技が上手く使えないことに驚きを感じたが、幸いなことに今は仕事中ではない。 「大きな声では言えませんが」 そう言って軽く左右に視線を流してから手招きと同時に身を出されたので、同じように器を少し脇に寄せてから上半身をテーブルに預けた。 「嵩上げされてると思いません?」 パフェの器の底に入っているその部分を人差し指と親指で幅を作って指摘される。 「このお店、味はとっても好みなのに、ココだけちょっと気に入らないんですよね〜」 『せめて白玉にしてくれないかなぁ〜』との独り言についうっかり吹き出してしまったのは…やはり仕方のないことだと思った。 |
9へつ・づ・く |
ミステリーのネタバラし…。確かに惨劇です…(恐)
かく言う私は、ミステリーでもあとがきから読むという、とんでもないヤツですが…。
そして『抹茶パフェ愛好組合』!
組合長は小悪魔でした(笑)
確かに、コーンフレークで嵩上げされたパフェはいただけません(T-T)
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