『憧れのびたーすうぃーと』

by 朝永 明




全課合同懇親会
日時:4月○日(金)18:30〜
会場:大会議室

立食パーティー、各種ゲーム有り。
普段交流の少ない部署とも仲良くなっちゃいましょう!
参加ご希望の方は総務・西大路、経理・鈴木、受付・田中までお申し込みをお願いします。




 申し込み窓口となっている三人はタイプこそ違えど社内で何かと男性陣の口に上る注目度の高い、有体に言えば美人だ。

 それ故か大会議室に集まった人数は入社式に次ぐ多さではないだろうか。

 この大人数の中、数少ない『強制参加』を命ぜられた東野は中を覗き入口で足を止めた。

「あ、東野くん! 丁度いいところに」

 声の方を向くと料理の大皿を抱えた西大路とその後ろには同課の後輩どころか係長まで借り出されている。

「お願い、食堂から料理を運んできて〜」

 彼女の後ろの面々からも口々に言い回しはもう少し乱暴ながら同様のことを頼まれたので大人しくそれに従った。

 あのまま会場に入ってしまっていたら、『自分のためにここまでしたのか?』と怖気づいて逃げ出したことは間違いなかっただろうから…


 そんなこんなの東野にとってのみ波乱の幕開けとなった懇親会だが、竹田社長――恐れ入ったことに彼まで出席していた――の「今宵は無礼講で行きましょう」の挨拶が効いたのか各テーブル程よく所属・年齢共にバラけた人員構成となっているように見える。


 ――ただ一つを除いて。


 そのテーブルには『何故ココにいるのだ?』と疑いたくなる部長クラスの面々が歓談をしていて…その中心には北山がいた。

「あの席、異様に怖くねぇ?」

 東野の視線に気付いたのか隣にいた営業所属の同期の声だった。

「部長会議なんだろ」

「なら、他の会議室でやれっての」

 多少なりとも同じことを感じていただけに「あははは〜」と曖昧に笑うしかない。

「それにしてもさ、あの人、あの面々に囲まれてよく平気でいられるよな…お前んトコの人じゃなかったっけ?」

 急な異動だったせいか、話が行渡っていないようだ。

「違うよ…今は秘書課の人だ」

「ナルホド、秘書課ね」

 それだけで営業の同期は納得してしまった。

 そう『秘書課』の名前にはそれ程の威力があるのだ。

 今の彼の役名は『秘書課係長』。平たく言えば秘書課の下から2番目。役職名は取り囲んでいる面々より低い。

 ちなみに、この会社は竹田社長一代でここまで大きくなった。

 彼より年代が上のお偉方は他所から引き抜かれて来た人たちだと聞いている。

 その社長自らお膝元に引き上げたのだから部長クラスと同等とみなされ、つまり発言権が高い。

 だからこそあのテーブルのみ異様な雰囲気を発しているワケだが、理由がわかったところで近寄ることもできず…

 東野は2ブロック離れたテーブルから北山に接触する機会を窺っていた。


「……のか?」

「え、何?」

 アチラばかり気にしていて話を聞き逃した。

「だーかーら、西大路サンと付き合ってるってのは本当か?」

「あ」

 そんなウワサが流れていると彼女が言っていた。

 その話もあったからこそ現在こうして大芝居をすることになったのだが…すっかり忘れてた。

「えーと、そのような付き合いはない。隣席のよしみで話す機会は多いし、食事に行ったりはするけど」

「…世間一般ではそういうのを『付き合ってる』って言うんじゃないのか?」

 第三者視点で考えるとそう取られても仕方ないとこれまでの周囲の反応からして納得はしているが、違うものは違うワケで。

「俺にとって彼女は…最高のアドバイザーだよ」

「アドバイザー? 何だ、それ」

「滅茶苦茶頼りになる人ってコト。あ」

「どうした?」

 こちらの会話に集中する内に向こうは終了したのか、視界の端に捕らえていたはずの北山の姿が見当たらない。

 慌てて視線を巡らすと、会議室から出て行く後姿が一瞬見えた。

「ゴメン、またな」

「おい、東野!?」

 呼び止める同期を振り切って北山の後を追った。

 人ごみをすり抜けるのに手間取って廊下に出た時には姿が見えず焦ったが、左に行ってもあるのは非常階段なのでこれはないだろうと右へ向かう。

 すると人気のない突き当たりで光が点滅しながら動いているのが見えた。

 動きの遅い光に焦れながらもエレベーターが最上階で止まったのを確認してその脇にある階段を猛然と駆け上がった。

 さっすが最上階…廊下が絨毯敷きっ!

 どうでもいいことに感心しながら息を整えて音のしない廊下に足を踏み出す。2つの応接室に第一会議室、それから秘書課と社長室、この4種類しかこの階には存在しない。

 ならば先輩がいるのは机のある秘書課だろうとその前で深呼吸を数回繰り返した後ノックをしたが…返事がない。
 なのでドアノブを回そうとしたが、回らなかった。

 躊躇いを感じたが、ココまで来て引き返すのかと自分に発破をかけて応接室と会議室も同じく確認したが、やはり回らない。

 施錠されているのだ。
 ようするに居留守でなければ無人の証で…社内で前者はないだろう。

 だとすれば人がいそうなのはあと1室しかなく――

「何て言って開ければいいんだ?」

 あの部屋に北山が一人でいるハズはなく、そして自分と部屋の主には接点が全くない。

 つまり開ける権利がない。

「ココを開ける理由、何かないか…社長と平社員だろ……あ」

 非常手段として一つだけ使えそうな言い訳を思いついた。でもコレを使えるのは一度きり。

 今使っていいのか、僅かなりとも迷わなかったと言えばウソになるが。

 感情に蓋をして。
 全てを忘れて。

 そうしてまでココにいることにイミはないと知ったハズ!

 決意を新たに深く息を吸い込んで、ドアに手を…ドスっ!

「な、何だ?」

 床が響くような振動に地震かと思ったが違うようだ。ならば…

「何かが倒れた音?」

 室内で倒れそうなモノと言えば机に椅子に棚に…人?

「…まさかっ!!」

 脳裏に閃いたのは『先輩が押し倒された図』で…東野はノックも忘れて勢いよくドアを開いた。


「え?」

 そこで東野が見たのは、床に背を付け目を回している様子の竹田とその襟元を掴んだまま覆い被さっている北山だった。

「ひがしの、く…」

 想像と位置関係が逆で、それにこの体勢、どこかで見たことある…

「もしかして…投げました?」

 何を投げたのかは言わずもがなで。

「投げる? え、あっ!!」

 乱入した東野の言葉に漸く自らが手にしているモノが何かに気付いたらしく、真っ青になり慌てて手を離しそして…

「先輩っ!?」

 東野と目を合わせることなく、脇をすり抜け走り去ってしまった。

 何があったのかはわからない。

 わからないが、社長の様子を窺うと呆然としながらもちゃんと息はしている。

 ならば追いかけるべきは自分にとって大切な方!

 再びエレベーターの前まで来ると籠は丁度この階に着いたところで。

 またしても焦れったい気持ちで開くのを待つと、乗っていたのは西大路だった。

「東野くん!」

「先輩見なかった!?」

 何故彼女がこんなところにいるのか、何て考える余裕もなく両肩を掴んで揺さぶった。

「見なかったけど、何があったの?」

「なら、いいっ…社長、頼む!」

 彼女が見ていないと言うことはエレベーターには乗っていない。
 つまり移動手段は階段しかない。

 当たりをつけて踊り場に駆け込むと…微かに聴こえたドアの閉まる音。

 上だっ!

 2段飛ばしに駆け上がった。




 重いドアを押し開けると生暖かい風が流れ込むと同時に遥か下の喧騒が微かに聴こえてくる。

 年度も替わってるし、桜だってもう散っているんだもんな。

 日が落ちているから昼間程の暖かさはないが、寒くもない空間に身を投じる。

 一歩、また一歩。ゆっくり進み、残り3歩の辺りで止めた。

「先輩」

「…久しぶり、ですね」

 屋上の端っこの柵に持たれて西の空に落ちかけている半円に近い月を眺めていた北山はくるりと振り返り、俯きがちに微笑んだ。

 痩せた…

 さっきは一瞬だったので気付かなかったが、こうして間近で見ると元々細身ながらも身体に合っていたはずのスーツが浮いて見える。

「何が、あったんですか?」

「何がって……」

 こんな時、場慣れした旧友たちならもっと気の効いたセリフも吐けただろう。けれど自分にできるのはただ真っ直ぐに問いかけることだけ。

「何も、と言えば信じてくれますか?」

 小さく呟かれた言葉にはただ首を横に振ることしかできない。

「俺何かマズいことしました? だったら俺直しますから、だから…」

「東野くんは悪くありません! 悪いのは…僕です」

 一瞬吹いた風が俯いた北山の前髪をふわりと巻き上げ、白皙の額が一瞬露になる。

「!!」

 月光を受けた瞳がいつもより煌いて見える理由に気付き、咄嗟に手を伸ばしかけたが。

「動かないで!」

 静止の声に出しかけた手もそのままにフリーズした。

「そこで……聞いてください」

 顔を上げた北山の目はもう濡れていなかった。

「僕は昔、竹田さんのことが…好きだったんです」

 いきなり落とされた核心に目を見張ったものの…過去形であることに気付き、どうにかその場に踏み止まることができた。

 言いつけを守って動かなかった東野を褒めるかの如く微笑んで北山は小さく頷いた。

「僕の母の名は北山椿。父は、西寺春人」

 先程の爆弾発言とどう繋がるのか全く見えない話に面食らったものの…それ以上に苗字の違いが気になった。

「父は大学の先生をやっています。そして母は…その教え子でした」

 もしかして、道ならぬ恋?

「当時父は妻を亡くした寡夫でしたので、法的には問題ありませんでした」

 じゃあ何故?

「父は母が妊娠したのを知って籍を入れようとしたのですが…家族に反対されまして」

 寡夫の再婚に反対しそうな家族って…

「父には前妻との間に娘が一人いたんです。彼女と母は2つしか違わなくて…」

 それなら、反対する理由に…ならなくもないという気になる。

「母も彼女の気持ちを察して入籍には拘らなかったようです。ただ父は母を気遣って生活費は送ってくれので母と二人、結構楽しく暮らしていました」

 この話を聞く限り、幼い頃の先輩が辛い生活を強いられたとは考え難い。

 その点では安堵したが。

「でも僕が10歳の時に母が急死したんです」

 え?

「それで僕は父に引き取られました」

 でもそのお父さんの下には娘さんが…

「義姉との関係は良好とは言えませんでしたが、父はそれなりに愛してくれました」

 彼女との間に何があったのかは、述べようとしないだけにより陰湿な感じを受ける。

「父は母の分も幸せになって欲しいと僕に言って武道を習わせ、家庭教師をつけました」

 武道?

「これでも僕は剣道と柔道の有段者ですよ」

 首を傾げたことに気付いたのだろう。

 苦笑しながら告げられた見た目を裏切る新事実に目を見張ったものの、よく考えたらついさっきそれを裏付ける光景を目にしたばかりだった。

「その家庭教師が…当時父の教え子だった竹田さんでした」

 二人は随分昔からの知り合いだったんだ。

「中学卒業まで勉強をみてもらって…中学に上がった頃から竹田さんのことが好きなんだと自覚したので、卒業を機に告白したら受け入れてもらえて。あの時は本当に…嬉しかった」

 過去の話だとわかっていても辛い。

 相手のことを知っている分だけ余計にそう思うのかもしれない。

「だから彼にその…求められた時もすぐに応じました」

 拳を握り、奥歯を食い縛り、「もう聞きたくない」とみっともなく喚きそうになるのを堪える。

「前に僕は彼のことを軽薄だと言ったこともありましたが、僕もそうなんですよ。だから…」

 先輩はちらっとこちらを見てまたすぐに俯いた。

「…でもその時は好きだったんでしょ?」

「え?」

「だったら…俺にはソレを責めることはできません。俺だって大学生の頃彼女の一人や二人いましたし…」

 言い訳するつもりはないけれど、清廉潔白の初恋同士がくっつくなんてのは、今の時代せいぜい中学生までじゃないだろうか。

「だからですよ」

「え?」

「今まで君が付き合ってきたのは女性だけでしょう」

「まぁ、そうです、けど…」

「あの時僕が君にキスをしなければ、君は普通でいられた」

 あ!

 例えて言うなら過去とか性別とかって…さすがエキスパート。
 両方『当たり』だよ。


「先輩、普通って何ですか?」

「何って…やがては結婚をして、子供ができたりして…」

「そりゃまぁ、大多数はそうでしょうけど。でも想いがないのに結婚なんてできな…」

 いや、違う。想いの『始点』が問題なのか!

「俺は鈍感だから無意識でチョコ渡しましたし、キスされるまで自分の気持ちにも気付きませんでしたよ! でも…気付かないまま別の誰かと付き合うなんて…今考えたらぞっとする」

「東野く、ん」

「同性との恋愛はそんなにいけないことですか?」

「そ、そうじゃなくて…君の同級生たちの話を聞いて、眠っている君を眺めている内に、今ここで普通から外れるようなことをさせるのが、段々申し訳なくなって…」

「は?」

「学生時代、誰の誘いにも乗らなかったと聞いたものですから…」

「…誘われたことなんかありませんけど?」

 あいつら一体何話したんだっ!?

「それは、その…」

「あーっ、もう、何でもいいです! 何を聞いたかは知りませんが、今の俺の気持ちは先輩に…」

 真っ直ぐ向いて、2歩進む。

「俺はあなたが、東野完治は北山八重さんが好きです」

「でも…」

「でももしかしも聞きませんっ。今更同性愛に目覚めさせたことが心苦しいと言うなら…」

 オトナになってからの麻疹はキツイんだ!

「責任とって付き合ってください。それで、もし、どうしても」

 嫌いになるようなことがあったら、と続くはずだったが。

「もしかしたら一生、かもしれませんよ?」

「!! …望むところです」

 残り1歩が、ゼロになった。






 その後、懇親会に戻らず二人で東野のマンションへ帰った。

「ここへお邪魔するのは二度目ですね」

「あ…その節はお世話になりました」

 玄関ドアにカギをかけると同時に初めてがいつかを思い出し、東野はぺこりと頭を下げた。

「いえいえ、どういたしまして」

 おどけて笑う北山は東野の薄手のコートを羽織っている。北山の荷物は社長室隣の秘書課に戻るのは危険と判断し、取りに行かなかったのだ。

「クビになるのが僕だけで済めばいいのですが…」

 旧知の仲とは言え、社長を投げ飛ばしたのだからそれも已む無し、だがその場に居合わせた東野にまで累が及ぶのでないかと北山は思っているようだが。

「辞める時は一緒に辞めましょう」

 明らかにサイズの合っていない大きなコートの中でため息をつく北山を抱き寄せ、そして唇を重ねた。

「俺…夢が、あるんです」

「ゆめ?」

「うん」

 靴を脱ぎ、コートを脱がせ、寝室へ移動し。

「俺の好きな本だけを集めた図書館のある…喫茶店」

「図書館と喫茶店、ですか?」

「変、かな?」

「好きなだけ本が読める喫茶店…面白いと、思います」

 上着を脱がせ、ネクタイを抜き取り。

「本は、俺が…仕入れに行きます。だから…」

「メニューは僕が、考えてもいい…?」

「お願い、します」

 自らも衣服を脱ぎ。

「二人で、なら…」

「いつか、絶対…」


 叶えられる!


 言葉にならない思いは、重ね合わせた素肌を通して二人の目標となった。




                     




 夜明けが近いらしく窓の外が白くなりかけているので、目の前にいる相手の表情が見えるくらいには薄ら明るい。

「ごめん」

「え?」

「身体…大丈夫、ですか?」

 荒い息が整って漸く気付いたのだが、気持ちが先走り身体を気遣う余裕もなく無理をさせてしまったと思う。

 ただ同性との行為は初めてだが、周囲に熟練者が多くいたおかげで知識だけはあったので無茶はしなかった…と思いたいのだが。

「あ、ええ、まぁ、その…」

 頬を染めて俯く仕草からして、激しく傷つけるようなことはなかった、かな?

 ちょっとだけ自惚れたところで、気になっていたことを1つ思い出した。

「ところで、その…」

 こんな時に相応しい話題とも思えないのだが。

「言いたくなかったら言わなくてもいいんですが」

「僕にはもう君に隠し立てするようなことはありませんよ」

 いつもより小さな声なのはやはりダメージがあるからだろうか。けれど気になるものは気になるので、この際だから思い切って聞いてみようと思った。

「あの、そのですね…どうして別れることになったのかな、と」

「え?」

「…社長と」

「ああ、その話ですか」

「いえ、やっぱいいです」

 聞こうと決心して1分も経たない内に後悔した。

「…でも、気になるのでしょう?」

「あ〜、う〜〜〜」

 気になる。
 けれど話させることでマイナス感情を思い出させるくらいなら聞くこともない、と思う。

 けど、やっぱ気になるよなぁ…

「…はい」

 激しく揺れ動いた感情の天秤は好奇心を満たす方に傾いて止まった。

「寝言です」

「寝言?」

「その…こんな風に抱き締められている時に『椿さん』と呼ばれて」

 こんな風がどんな風かは、言葉にしたら自らの首を絞めるだけだと言い聞かせ、ゆっくり息を吸い込んで、それ以上に時間をかけて吐いた。

「椿さんって…お母さんですよね?」

「ええ、僕を産んでからも母はしばしば父の研究室に顔を出していたので、二人は顔見知りだったんです」

「じゃ、つまり、社長が好きだったのは…」

「母です」

「そんな…」

「それに父も『椿の分も幸せになれ』と言って、僕の意向も聞かず教え子の中で一番の出世頭の竹田さんのところへ入れました」

「……」

「二人とも僕のことを見ているようで、本当に見ていたのは母だった。そのことに気付いてからは誰かを好きになることなんてできなくなっていたのに…君は僕を真っ直ぐ見てくれて、それで僕は…あ〜、もう、何を言っているんでしょうね」

 急に照れたような顔で東野の肩に額を押し当ててきた。

「俺が寝言でお母さんの名前を言うことがあったら、それは…」

 北山の肩を掴んで少し身を離し、正面から顔を見た。

「八重さんを俺に下さいって言ってる時ですからね?」

「…はい」

 頷く北山の細っそりした背を抱き寄せ、額に、瞼に、頬に、そして唇に触れてその感触を存分に味わった。







 日曜日の夕方。

 東野の部屋に2泊した北山――金曜から土曜にかけての激しい運動をしながらの徹夜はやはりかなりの消耗を強いてしまい、今日の昼までベッドの住人にしてしまった――を東野が家まで送ると申し出たのだが「必要ありません」の一点張りで。

 これまで北山に『絶対服従』だった期間が長かったので、そう言い切られてしまうと耳を垂れて従うしかなく…

 それでも体調不良の原因を作り出したという自覚があるだけに、そう簡単には引き下がれず、東野の住むマンションから最寄の駅までは一緒に歩くことを承諾させたのは進歩だろうか。


「桜、散っちゃいましたね」

「そうですね」

 いつもよりゆっくり歩き、途中にある公園に植わっている桜の木を見上げると隣にいた北山も同じように見上げた。

「先輩のお名前って、桜からきてるんですか?」

「ええ、そうです。母が女の子だったらそのものズバリ『さくら』にしようと思ったと言っていましたが」

 北山さくら、か。

「あ〜それでも可愛かったなぁ」

「…いやですよ。そうでなくても女の子っぽい名前だと昔からよくからかわれたんですから」

 ぷっと頬を膨らませる表情からして事実のようだが。

「そうですか? 似合ってると思うけどなぁ…あ、ちょっと」

 ジーパンのポケットに突っ込んだ携帯が振動を伝えてきたので断ってから開く。

「……あらら」

「どうかしましたか?」

 着信したのは西大路からのメールだったのだが。

「え〜っと…ごめんなさい」

「何が、ですか?」

「その、俺、西大路さんに先輩とのこと喋っちゃったんで、それで…上手く行ったのなら今度二人で奢ってね、と」

 伝えるのをすっかり忘れてたが、自分だけの問題ではなかったのだ。首を竦めて上目遣いに述べた。

「西大路さん? じゃあ彼女とウワサになっていた原因は…」

「俺が先輩と離れてしょ気てたから心配してくれて。金曜の懇親会も俺と先輩を会わせるために計画してくれたことです」

「…謹んで奢らせていただきましょう」

 この件に関しては不問にしてくれるらしく一安心して肩の力を抜いた。

「はい。それとですね」

「まだ他に?」

「社長からの伝言で『非は私にある。謝るから月曜日はちゃんと出社するように』ですって」

 その言葉には苦笑しただけで北山は歩き出した。

 実は伝言メールはまだ続いていたが、それは東野に対して『泣かせたら承知しない』とあった。

 知ってたんだ…

 正直驚いた。でも、西大路が竹田に二人のことを喋ったのか、竹田が北山の態度で気付いたのかは不明だが、よくよく考えてみれば大事なことは、

 泣かせるもんかっ!

 携帯にこっそり悪態をついて北山の後を追った。


「先輩、メールしてもいいですか?」

「僕にですか? いいですよ」

「じゃあ電話も?」

「勿論。でも仕事中はダメですよ?」

「はーい」

 並んで歩きながら右手を小さく上げた。


 公私共に並び立てることが目標だった。

『公』はまだまだだけど…『私』の資格は勝ち取った。

 この位置をキープするための苦労ならいくらだってしてやるっ!

 こっそりと誓った。苦さを乗り越えたからこその甘美な誓いであることを十分に噛み締めながら…



続いて欲しいなあ(笑)

東野クンの成長物語、いかがでしたか?
さくらちゃん…じゃなくて、八重さんの意外な過去にドキドキしちゃいましたが、
やっぱりハッピーエンドってこっちまで幸せになりますねv

めいちゃん、素敵なお話をありがとうございました☆
ぜひまた八重さんと葵の『悪魔の会合』よろしくお願いします(笑)

しかし。

東野クン。聖陵に通っててよかったね。
色んな意味で(爆)

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