『憧れのびたーすうぃーと』

by 朝永 明




 翌日。
 始業開始すぐに西大路は書類片手に床を軽く蹴って椅子ごとコチラへやってきた。

「昨日のココなんだけど…」

 書類を指しながらだったので何か不備でもあったのかと慌てて覗き込むと、

『空白の時間をもう少し詳しく。当人ではなく、友人に』

 と。紙片の大きさに対して書かれていた文字数は少なく思わず彼女の顔を凝視してしまった。

「確認、できるかしら?」

「えーっと??」

 コチラの驚きなど意に介さない様子だが…どうみても仕事の話ではなく、昨夜の告白に付随することだ。

 つまり飲み出してから旧友たちと別れるまでの出来事を探れということだろう。

 しかし、この話題なら、始業前――二人とも10分前には席にいた――でも良かったはず。

 なのに話を振らなかった理由は?


「ほら、こういう懸案の場合は、いきなり核心に迫るより外堀を埋めてからの方が上手く行く場合があるから」

 書類の何も書いていない部分を指差されながら然も仕事中な声音で指摘される。

「あ、ああ…」

 何が上手く行くと述べたいのかは実のところよくわからない。

 だが彼女には昨夜別れる際に『ちゃんと二人で話し合うべきよ』と言われた。

 だからその為にやるべきことを告げようとしてくれているのだ。

「成程、そうか」

 何の打ち合わせもしていなかったので驚いたが、彼女の態度から察するに『仕事上』以外の付き合いは控えろ、だろうか。

 真実と懸け離れたウワサが流れている以上、ウワサの元になりそうなことはどんな小さなことでも気をつけるに越したことはない。

 ちなみに西大路は携帯を持っていない。

 だからこんな手間暇かかるやり取りになってしまったのだろう。

「わかった、確認しとく」

 頷いて書類を受け取った。




 昼休み、人目を忍んで再び非常扉に身を滑らせた。

 あの時一緒にいた同級生は3人。

 その内2人は国内にいるかどうかも定かではない。

 ならば訊ねるべきは奴だと白羽の矢を再び立てたが。

 国内にいたとしても多忙なヤツのことだからすぐに繋ぎをつけるのは厳しいだろうとの予想とは裏腹に携帯は2コールで簡単に繋がった。

 やや驚きながら用件を手短に話すと『何かあったのか?』と真剣な声色で訊ねられたからあの日以降の話を簡単に伝えた。

 ここんとこその話ばかり考えていたし、何より昨夜西大路と話した内容故に結構スラスラと話せたと思う。

 そう難しい内容の話でもないからスグに答えが貰えるとの思いに反して携帯から聴こえてくる声は苦渋に満ちたと言わんばかりの唸り声の後、「今夜時間あるか?」と。

「ああ…多分、大丈夫」

「なら8時にこの間の店に来てくれ」

「…わかった」

 返答と同時に切れた携帯電話をしみじみと眺める。

 『深刻な声』を聴いた回数は同じ学校、同じ寮に生活していた年数のワリに少ない。

 最も大きな理由は簡単で自分とアイツの教室以外の『生息区域』が重ならなかったせいだが…ウワサだけなら常時数多く流れているヤツ――更に上手もいたが――だった。

 そしてその渦中にあっても…深刻な様子は見た記憶が殆どない。

「やっぱ、何かやらかしたかな…俺」

 携帯を仕舞いながら遠い目になってしまったのは致し方ないことだろう。

 だがこのまま呆けているワケにも行かない。

「仕事が押して行けない、って言うのだけは避けなきゃ」

 両手で頬を叩き、気合を入れて部屋へと戻った。





 午後7時48分。

 少し早いが外で待っているのも何だし、と扉を開けると佐伯は既にグラスを揺らめかせていた。

「ごめん、待たせたか」

「そうでもないさ」

 グラスの陰で笑う様は昔と変わらない。

 そんなコトを思いながら荷物を置き、ビールを注文した。

「あれ、ビールは嫌いじゃなかったか?」

「何時の話だよ」

 振られた話題に苦笑が漏れる。

 時間にすれば『数年前』だが…多分まだ若かったのだ。

 苦味ばかり感じられて美味いとはとても思えなかったものだが、何時の間にやら『とりあえずビール』が定着してしまったようだ。

「ま、若気の至りは置いといて。知りたいのはこの間ココであったこと、だったな?」

 コチラから振った話題とは言え、笑みの消えきらない内に核心に迫られ固まってしまいそうになったが、そんなワケには行かない。

 慌てて深呼吸して小さく頷いた。

 そうして旧友が語った話に赤くなったり青くなったりしたものの、終わった瞬間はっきり言って拍子抜け――もっと取り返しのつかないコトをやらかしたんじゃないかと不安に思っていたから――した。

 だから、「本当にそれだけか?」と詰め寄ったら。

「お前視点なら、な」

「俺視点??」

 意味不明な答えが返ってきた。

「その〜、何だ…」

 口籠り、グラスを呷るとバーテンに同じモノを頼んだ。

 そして凝視し続ける俺を無視したまま新たなグラスに口をつけ、半分近くを一気に飲んでからやっとコチラを向いた。

「俺たちはさ、お前の想い人について知ってることと言えば、会ってから話した印象ぐらいしかないから、間違っていたらゴメンなんだけど…」

「ああ?」

「あの人は、お前と付き合うことに何か躊躇いがあるんじゃないか?」

「え…?」

「お前があの人を想っているのは傍目にはっきりわかった」

「どうしてわかるんだ!?」

「付き合いの長さ」

「あ、そう」

 6年間部屋こそ違えど同じ建物に寝起きしていたんだから、自分より遥かに人付き合いの上手なコイツならそのくらいお見通しなのだろう。

「それで、あの人も少なからずお前を想っているのは感じられたんだけど…後一歩踏み切れない『何か』があるような気がしてならない」

「何かって…何だよ、ソレ?」

 自分のコトなら見抜かれていて当たり前で言い返す気にもならないが、先輩のコトとなるとそうも言っていられない。

「何かは何かだよ。例えて言うなら『過去』とか『性別』とか?」

「過去と性別?」

「いや、並列ってわけじゃないし、他に何かあるかもしれない」

「益々わかんねーよ」

「だーかーら、俺にだって情報が少な過ぎてわかんねーよ。そこでだ」

 ずいっと近寄られて、思わず後ろに仰け反った。

「な、何だ?」

「付き合い始めの経緯を教えろ」

「いや、だから、その…」

「まさかお前、いきなり押し倒したんじゃ…」

「するかっ!」

 それじゃあ犯罪だ。

「じゃあなにか、押し倒されたのか?」

「いや、別にそうじゃないけど…」

 それも違う。違うのだが、あの時のことを思い出すとつい口籠ってしまう。

「歯切れがわるいなぁ…違うならさっさと吐けっ!」

「だから、その…残業が終わった時に…ちょこを渡したんだ!」

「チョコ? バレンタインにか?」

「うん、まぁ、結果的にはそうなる」

「結果的って…まさかお前、何にも考えずにバレンタインデーにチョコレートを渡したのか!?」

 何でそんなコトわかるんだ!?

「え、えっと、俺は前から先輩に憧れてたよ。尊敬もしてたし、間近で笑顔が見られるくらい仲良くなれたらいいなとも思ってた。でもそれ以上どうこうなんて考えたコトなかったんだけど…お疲れ様でしたってコンビニで買ったちょこ渡したら、キス、されて…好きなんだってわかった」

「つまり偶発的なワケね」

「うっ…」

 呆れた顔でため息をつかれたが、自分自身でも確かに情けない出だしかなと思うから、反論する気はない。

「まぁ、出だしがソレなら『性別』の線は消してもいいか。後は『過去』か『その他』…なぁ完治」

「ん?」

「お前さ、この先どんなに苦しいことになっても構わないって覚悟あるか?」

「覚悟って…」

「いや、もしかしたらすごく簡単に片付くかもしれないけど…反対にこんな苦い想いするなら有耶無耶の内に終わらせておけばよかったって思うかもしれないぞ?」

「このまま忘れろって言うのか!?」

「ソレを決めろって言ってんの」

 誰かを想うが故に苦しんでいる奴らなら、あの6年間に何度も見た。

 あの頃は自分には縁のないことだと高を括っていたし、それに傷つくくらいなら必要ないとすら考えていた。けど…

「お前はさ、今まで付き合った中で『出会わなきゃよかった人』っているのか?」

「いねーよ。その時は苦しいことがあっても、全部俺の経験値になってる」

 さすが、経験者は語る、だ。

「なら…俺も頑張る」

「オトナになったねぇ、完治クン」

「ばーか」

「それじゃあ、完治の健闘を祈って乾杯」

 カチンとぶつけられた泡の消えかけたビールグラスを一気に飲み干した。





「昨日ご連絡頂いた件ですが」

 そんな出だしでの電話を受けたのは昼休み、昼食を求めて賑わう食堂でハンバーグ定食のライスを頬張っている時だった。

「あ、ああ、はい…昨日の件ですね」

 携帯の見出しは『公衆電話』となっていたし、丁寧語のワリに突拍子もない出だしにも関わらず慌てふためくことなくご飯を咀嚼し、返答を返せたのは相手が誰で何の話をしているのか承知しているから。

 旧友との会合の後、西大路にも事のあらましを自宅のパソコンにメールしておいたのだが、もう見てくれたようだ。

「拝見いたしましたところ、やはりご当人方の話し合いは不可欠かと」

「それは…そう、ですが」

 口調こそ合わせていたものの、ついうっかり顔を上げて視線をそちらへ――携帯が普及しているにも関わらず、何故か食堂の壁際に公衆電話が1台ポツンと残っているのだ――流すと、小さく『こっちを見ない!』と叱責の声が上がり慌てて俯く。

「つきましては当方にてお席を設けさせていただきたく存じますので、暫しのご猶予を頂けませんでしょうか?」

「お席って、どう……お願いしていい、ですか?」

 驚くべき内容に演技することを忘れた上に問い返してしまったが。

「はい、かしこまりました。それでは整い次第ご連絡致しますので、本日はこれにて失礼致します」

「…はい、失礼します」

 最初から最後までビジネスライクな応答に感心しつつ、視界の端から彼女が消えたのを確認した。

 俺って会社勤め向いてないのかも…

 通信の途切れた携帯をしみじみ眺めてしまったのは…自分の機転の気かなさだけが原因なのかとホンキで考える東野だった。



 2日後『合同懇親会』の案内を社内掲示板で見つけた。

 通常なら親交のある課同士での非公式な懇親会なのに、今回は全課らしい。

 珍しさに首を傾げながら自席へ行くと、机上メモが1枚。

「欠席不可」とだけあった。


抹茶パフェ編へつ・づ・く

佐伯くんも大人になったねええ〜。
で、あの小さなボクとはどうなったんだろう…(と、自分の首を絞めてみる)

東野クン、がんばれ!
次はついに、あの『惨劇』(カクテル編参照〜!)が明らかに…?!

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