『憧れのびたーすうぃーと』

by 朝永 明




 その日は先日土壇場でキャンセルになってしまったデートの仕切り直し日だった。

 前回は自分絡みの事情でダメになったのだ。だから今日はどんな些細な邪魔も入らないように――仕事人間だった自分がおかしなものだが――細心の注意を払って仕事に臨んだ。

 そのおかげか、何事も起こらず通常通り終業することができ、二人一緒に退社できたのだが。

「どこへ行くのですか?」

 店の手配をするから任せて欲しいと言われていたので、自分はドコへ向かうのかを知らない。もう教えてくれるだろうと思ったのに。

「それは、着いてからのお楽しみです」

 内緒事とはいい度胸だ。

 ヘタな場所に連れて行ったら承知しませんよ?

 などと心の片隅で思わないでもないけど…二人でいられるならどこでもいいような気も、する。本人には、言わないけれど。

 その場は引き下がって、彼の後をついて行った。



 辿り着いた場所で彼の同級生と待ち合わせをしていたことには驚いたが、二言三言話しただけで別れてしまった。

 一体何をしようとしているのか、そろそろ白状してくれてもいいんじゃないだろうかと迫ったら…更なる驚きの事実と共に封筒から出てきたのは、

「これ、プラチナチケットじゃないですか! しかも…今日? 急がないと時間ないですよ?」

 演目も去ることながら出演者が色々な意味で凄く、発売されたチケットはこの業界にしては珍しく即日完売となったものだ。

 だが、あの学校の、あのクラブ出身ならば、今からでもこのチケットを取るだけのコネも持ち合わせていて不思議は、ない。

「……どうしたんですか?」

 しかし、そのくらいの事実は先刻承知であり、その事実を教えてくれた後輩兼想い人が…固まっていた。

「もしもーし?」

 何が、どうしたと言うのでしょう?

 さっぱりワケがわからないが、ココで動かず彼が回復するまで待っていてはこの『チケット』が用を成さずに終わるのは目に見えていると断言できる。

 この後輩は潜在能力は高いのに予想外の出来事には弱く、立ち止まってしまい勝ちだった。

 就職したての頃はその度に『叱られて耳を伏せ尻尾を丸めた犬』のようで、本当に使い物になるのかと危ぶんだこともあったけど…要領さえ飲み込められれば意外と処理能力は速く、一度犯した失敗は繰り返さない。

 そして何より、与えられた課題を仕上げると嬉しそうに寄ってくる様は正に仕事を成し遂げた犬そのもので。

 あのキラキラした目に惹かれたんですよね。

 嬉しそうに懐かれるのは嫌な気分ではない。
 そう思っている内に自分がその目に捕らわれて…我に返った時には唇が触れていて……現在に至る。
 だからこの2枚の内1枚は自分の為に用意されたモノだと自惚れてもいいだろう。

 しょうがない、引っ張って行きましょう。

 チケットを引ったくって会場を確かめ、その手を取って歩き始めた。



 地下鉄を乗り継ぎ、辿り着いた会場は既に入るための長い列ができている。男女比で言うと4対6くらいだろうか。

 現在この世界で話題の美系兄弟たちですものね。

 理由は簡単に思いついたけれど。

 顔だけが目当てならば、女性の比率はもっと高いでしょう。
 コレは彼らの技術が本物である証拠。

 客層のマーケティングリサーチをサラッと済ませ、後輩の手を引いたまま入場した。



                    



「俺、音楽の良し悪しはさっぱり判らないんですが…よかったですよ、ね?」

 さすがに演奏が始まると、どこかへ行っていた魂も戻ってきたようだ。

 まさに天上の音楽ってこういうのを指すのでしょうね…魂をも呼び寄せる音ですからね。

「ええ、とっても」

 音が鳴り止み、舞台の照明が落ちても二人は席を立たなかった。
 立てなかったのだ。


 それでも観客が8割方退場したこともあり、出口へと向かった…が。

「おーい、東野〜」

 呼ばれてそちらを向くと…先程別れたはずの『同級生』がロビー脇から手招きしていた。

「な、何で…お前、さっき用事があるって」

「ああ。今日はココの手伝いだ」

「はぁ!?」

「それから、伝言『会わずに帰るのは、許さないからな』ばーい悟。この廊下を突き当たりまで行って、左の一番奥の控え室にいるから。あ、勿論北山さんもご一緒にどうぞ」

 この先って…彼の脇にある看板は本物だろうから『関係者以外立ち入り禁止区域』で…と言うことは、出演者の方がいる場所、ですよね。彼は同級生だからいいとして、僕も一緒に?

 社交辞令として受け取り丁重にお断りする場面なのか、受けた方がいいのか判断がつかず、隣を見るも…

 おやおや、また魂抜けました?

「…それではお言葉に甘えまして」

 ニッコリ笑って一礼した。

 会話の内容からとりあえずその部屋まで連れて行った方がよさそうだと判断して、再び固まっている後輩の手を引き歩き出した。



 左の一番奥ですから…ココでいいのですよ、ね?

 『控え室』と書かれたプレートの上には、今夜の指揮者の名前が掲げられていて。こういう場面は初めてなので気軽にノックしていいものか、さすがに躊躇ったものの…抜け殻となっている後輩をこのまま置いて帰るワケにも行かない。

 こうなればさっさと知り合いであるらしい彼を押し込んでしまうのが得策、でしょう。

 次の行動を決めてしまえばその通り動くまでで、本気でノックすべく手を挙げ…


 ガチャ


 軽く握った手は着地を予定していた場所が同じタイミングで『自動的』に引っ込んだことでその勢いを止められず…

「あっ」

「危ないっ」

 後ろから伸びてきた腕――魂は抜けていても緊急事態に非常電源に切り替わったといったトコロだろうか――に止められたおかげで床と仲良くなることは避けられた。

「…ありが」

「あ〜〜〜っ! 館長だーっ」

 館長?

 その口から出てくる単語としては不似合いで不可解な言葉の意味を尋ねるのが先か。


 ……コレは僕のですとお伝えするのが先でしょうか?

 開いたドアから飛び出してきた、自分の体に回されていた腕とは逆の腕に懐く金髪の天使を唖然と眺めた。

「こら、いい加減にしろ。お客様もいらっしゃるんだから」

 金髪天使の後頭部を拳骨でノックしたのは、先程まで会場の音全てを支配していた男性だった。


「初めまして。東野と同級生の桐生悟です」

「同じく、弟の昇でーす」

 黒髪の青年に落ち着き払った態度――友人が抜け殻になっているのも気にせず――で二人共招き入れられた。

「同僚の、北山です」

 後輩から直接彼らの話を聞いたことはない――ここへ来る直前に出身校が聖陵だと初めて聞かされたのだから当然だ――が、クラシック好きならば知っている程度の知識は持ち合わせていた。

 目の前に座る黒髪の男前が、長男の悟で指揮者。

 その隣の金髪天使が、次男の昇でバイオリニスト。

 ここにはいないが茶髪で甘いマスクの持ち主が、三男の守でチェリスト。

 そしてもう一人。数年前に認知されたばかりの末っ子の葵がフルーティスト。

 と。そして一見しただけでは彼らに血の繋がりがあるとは思えないくらい外見が違うこと。
 理由は所謂『大人の事情』とやらが原因らしいが、彼らは上手く関係を築いたようだ。それぞれの部門で一流に登りつめた。

 そんなわけで自分は有名人である彼らの顔と名前くらいは知っている。
 でも彼らは自分のことを知らない。仲立ちすべき人間は…隣で固まったままで。

「くっくっくっ…」

「ぷっ…」

 一喝入れて元に戻そうかと考えたが、そうするより先に彼らが笑い出して。

「東野ってば、相変わらずのようですね」

「そろそろ戻って来なよ、館長」

「あの…昔からこうだったんですか?」

 彼らの表情から察するに、何が『こう』だったのかは言わなくてもわかるだろう。

「ええ。予定外の出来事が起きるとよく固まっていました」

「頭で動くタイプだもんね」

「でもそれが自分でも判っていたから、あらゆるパターンを想像して動いていたので、ココまで止まることはありませんでしたけど」

 事実を告げながらもさり気ないフォローを入れてくるとは、さすが世界を相手にしているだけのことはある。

「そのせいなのか、最大の関心事は『他人のゴシップ』な寮内で東野は浮いた噂一つなく卒業したんです」

「他人のゴシップ、ですか?」

「そうそう。AクンはBクンとデキてる、とか。CクンはDクンがスキなんだけどEクンに迫られて心が揺れているらしい、とかね」

 全部『〜クン』なんですね…とはさすがに突っ込めず。

「その東野から必死な様子で『チケット2枚取れないか?』なんて言われたら、一肌脱ぎましょうってなりますよ」

 爽やかな笑顔でさらりと怖いことを言われた…気がする。

「本がコイビトだった館長の生恋人が拝めるんなら、チケットの2枚くらい用意するよね〜」

 生恋人…

 黒髪の指揮者から出た言葉は推察であって断定ではなかった。
 金髪天使から出た言葉は核心こそ突いているものの、どこまで本気なのかを量りかねる口調で。

 だから何と答えるべきかを考えていると、隣でピクッと動く気配を感じた。

「何で…わかった?」

 え、そんなあっさり肯定していいのですか!?

「あ、お帰り〜」

「いいから答えろ」

 勿論、彼らが言った通りの関係なのですが…

「だーかーらー、それはさっき悟が言ったじゃん」

「いや、でも、俺がチケットを頼んだのは佐伯だぞ?」

 問題はソコなんですか? 普通は隠そうとしませんか?

「うん。その佐伯から連絡が来たんだよ。お前の様子がおかしいって」

「様子がおかしいからって、何でこ、恋人…になるんだよ?」

 …今更、そのセリフは遅いんじゃないですか?

「連絡が来た時点では断定できなかったよ。だから、待ち合わせ場所までチケットを取りに来てもらうようにして欲しいと佐伯に頼んだんだ。一人で受け取りに来たら、その後誰かと待ち合わせて会場へ来るだろうからデートの可能性が高い。二人の場合は、そのまま会場へ来るだろうからやはりデートで。三人の場合のみ、後の二人にチケットを渡して本人は来ない可能性があったんだけれど」

「二人だったから、完璧デートコースだよね〜館長さぁ、館長なんだからこのくらい推理しなよ」

「うっ…」

 どうやら彼らには隠す必要がないってことでいいようですね。

「あの、一ついいですか?」

「はい?」

「先程から仰っている『館長』とは何のことですか?」

「せ、先輩っ!」

 聞かれて困ることなのか、慌てて止めに入ろうとしたのを片手で抑える。

「それは学生時代、彼の部屋には大量の本が、特に推理小説があったんです。だから彼の部屋は通称『第二図書館』と呼ばれていて」

「そこの主だから『館長』」

「う〜〜〜」

「隠すことないじゃん」

「それに彼が自室にいない時は校内にある図書館か、公立図書館、もしくは本屋に行けば必ず見つかりましたし。それに帰寮した彼はよく『掘り出し物を見つけた』と嬉しそうに本を抱えていました。そんな本にしか興味がなかった東野が」

「誰かと一緒に来るって聞いたら、ワクワクしない方がおかしいじゃん? おまけにこんな美人と手繋いで来たって言うし?」

「手!? 誰が?」

 当の本人は魂が抜けていたのでその時の状況を憶えていないらしく、首を傾げているけれど。

 僕もあれで、手を繋いでいたと言い切るのは不本意なのですが?

 でも

「僕は掘り出し物を手にしたようですね」

 ニッコリ笑って言ったら。

「「ごちそうさまです」」

 揃って両手を合わされた。

「な、何の話ですか!?」

 理解していない人物が若干一名いたようだが。

 そのくらい、自分で推理しなさいね、迷探偵!



さらに彼らの夜は更ける〜!

つ・づ・く(*^m^*)

東野クンと北山さん。ちょっと大人のムードが漂っていましたのに、
昇の乱入で一気に雰囲気ぶちこわし?

悪魔、さらに大暴れの『カクテル編』へどうぞ〜☆

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