『憧れのびたーすうぃーと』
3&4

by 朝永 明

「憧れのびたーすうぃーと」3


 あ、まただ…

 現在会社の昼休み。場所はコンビニへ向かう途中の路上。同行者は勿論、

「先輩?」

 急に立ち止まって何かを探す素振り。そしてソレを見つけたのか納得の面持ちですぐにまた歩き始めるんだけど…はっきり言って俺には毎回先輩がナニを見ているのかさっぱりわからない。

 きっと聞けばすぐに答えてくれたんだと思う。けれど…やっぱ答えは自分で見つけたかったというか、何と言うか、ねぇ?

「あ、すみません」

 2歩ばかり前から振り返っている俺に気付いた先輩は少し微笑んだ。

 …いつもよりキレイだと思ったのは惚れた欲目?

 そんなことを考えるも、やはり好きな人の考えていることは知りたいわけで…俺は心の中で白旗を揚げた。

「何を探しているんですか?」

 隣に並んだ彼に些か顔を寄せて小さな声で尋ねる。

「探して? 何の話ですか?」

 すぐに答えをもらえると思っただけに反対に首を傾げられてこちらが驚いた。

「え、いえ、ほら…今急に立ち止まったじゃないですか。時々同じことやります、よね?」

 探し物をしていたという推理が間違っていたのかも知れず、訊ねる声も尻すぼみに小さくなるが、指摘されてやっと何のことか見当がついたらしい。先輩にしては珍しく頬を赤らめた。

「やって、ましたか…」

 恥じ入るような小さな声。まさか、

「無意識だったんですか?」

「…はい。どうも、キミと歩いているとリラックスしているのか、クセが出てしまうようです」

 く〜嬉しい〜〜〜っ

 好きな人にそんな風に言われて嬉しく思わないヤツがいるだろうか、いやいまい…って、幸せを噛み締めている場合じゃなかった。

「クセ、ですか?」

「ええ。外を歩いていると色んな音が聞こえるでしょ。ついついそれに聴き入ってしまうことがあるんです」

 言われて改めて耳を澄ましてみた。が、聴こえてくるのは道を走る車の音、時折鳴らされるクラクション、そして歩いている人々のざわめき。
 
 要するに日常的に街に溢れる雑音ばかりだと思うのだが…

 首を傾げた俺の耳に「くすっ」と小さな笑い声が届いて。

「あ、今聴こえました」

「え?」

「先輩の笑い声…俺が嬉しくなる音です」

「……もう」

 ちょっと拗ねたような照れた声。コレはかーなーりーのレアモノで、走り回って喜びを表現したいくらいだっ。
 だけど、そんなことすれば只の変な人になるのでグッと堪えたが。

「冗談はいいですから。僕が聴いていたのは音楽ですよ」

 勿論冗談などではなく大真面目なのだが、その点について反論し出すと話題がどこまでも逸れていきそうなのでグッと我慢する。

「音楽、ですか?」

「ええ。先程のは多分学校の音楽の授業の音でしょう。ピアノと歌声が聴こえました」



「あ、そう言えばこの裏に小学校がありました」

 街中なので人数は少ないようだが、何度かランドセルの集団に会ったことがある。

「可愛らしい歌声でしたので、低学年ではないかと思います」

 低学年、か。随分昔の話なので、どんな歌を習ったかはさっぱり忘れてしまったけど、音程を外しながらも声を張り上げて歌っていたことを思い出した。

 余談だが、中学入学以降は『その道の専門家』がゴロゴロしている状況下での授業だったので、身を入れて受けた記憶は、全くない。

「街中だと、それこそ音の洪水ですから、余り聴きすぎるとしんどくなりますが、楽器の音は好きです」

 楽器って…

「クラシックとか、ですか?」

「ええ!」

 それはそれは嬉しそうに頷かれたところで目当てのコンビニに到着。笑顔にノックアウトされた俺を取り残してこの話題はお終いとなった。





観察日記

 好きな人の謎はどんな些細なことでも知りたくなるし、叶えたくなるもんだ!



  



『憧れのびたーすうぃーと』4



 就業中の俺のポケットで携帯がメールの着信を告げた。
 勿論仕事中なのでマナーモードだ。
 通常なら仕事のキリが付くまで放っておくとこだが、今日は違う。目立たぬよう極力音を立てずにそっと席を立ち、御手洗に向かった。

 個室に駆け込み、携帯を開けるとそこに表示された名前は待ち望んでいた相手であり。


『○月○日 18時半 ○○駅1番出口へ』

 本文は簡潔だが、望んでいた通りの回答であり、思わずガッツポーズ! そして

『サンキュ。恩に着る!』

 と返信した。



 終業時刻17時45分
 かつてお流れになってしまったディナーの約束をし直した日。

 やはり俺は朝からソワソワしてしまったけど、残業をしなければいけないようなヘマはやらかさないよう細心の注意を払った。
 勿論先輩は通常通りに仕事をこなして、きっちり終わらせていたけど。



「どこへ行くのですか?」

 この日は俺が店の手配をするから任せて欲しいと言ってあったので、先輩はドコへ向かうのかを知らない。

「それは、着いてからのお楽しみです」

 社屋を出る時も二人連れ立ってだったけど、上司と部下という関係上一緒にいることが多いので誰も疑問に思わないトコがラッキーだ。

 それでも目立たない程度に急いで社屋を出て、行き先を教えずに先輩の先をどんどん歩いた。


 そんな調子で移動して、目的地に着いたのは3分前くらいだっただろうか。

「よう」
「おヒサ」

 向こうの方が先に着いていた。荷物を持っていない方の手を挙げて指先をひらひらさせる様は昔と変わらない。

 最後に会ってからもう何年も経っていると言うのに…お互い違う点と言えば、制服じゃないというトコだけだろうか。

 ニッと笑ってこっちも同じ動きをする。

 ココで人と待ち合わせているとは一言も話していないので、先輩はやや驚いた顔で俺をチラッと窺ったものの何も言わず、すぐに表情を引き締めキレイに微笑んで会釈した。

 く〜この辺ホント卒がないと言うか、デキる人だよなぁ…俺もこんな風にスマートに振舞えるようになりたいよなぁ…

「初めまして。あ、俺は東野と同級生の佐伯です」

「同僚の北山です」

 はっ! いけない、ぼんやりしてる間に挨拶を交わされてしまった。こういうのは共通の知人である自分がやらなければならないのに。

「えっと」

「はい、コレ。頼まれたヤツな」

 口を挟む前に佐伯から封筒を差し出され。

「あ、ああ! さんきゅ」

 慌てて受け取ろうとしたら奴が渡すフリですっと近寄ってきて、

『美人じゃん。頑張れよ』

 と囁かれて。

 な、何でバレてるんだ!?

 慌てて言い繕おうとしたものの『そういや、コイツも噂の絶えないヤツだったっけ』などと思い出しただけで、適当な言葉は出てこなくて。

「それじゃ、俺は用事あるんで失礼します」

 アワアワしてる内に奴はさっさと踵を返してしまい…

「佐伯っ、また連絡するから!」

 コレの代金とか、礼とか、他にも話したいコト聞きたいコトが色々あるんだ!

 思いを込めて去り行く背中に叫ぶのが精一杯だった。けれど奴はコッチの事情を察したのか、チラッと視線を寄越しただけでひらひらと手を振って行ってしまった。

 持つべきものは世慣れた――もしくは何事にも動じない――友人、か?


「そろそろ、何を企んでいるのか、教えてくれますか?」

 アイツの姿が見えなくまで俺たちはその場を動かなかったが。

 俺の場合、多少感慨に耽っていたとも言えるケド、先輩の場合、絶対様子見だった、よなぁ…

 視線をコッチに寄こす彼の声音は怒ってはいないけれど、言い逃れは許しませんって感じで。

「えっと、さっきアイツが言った通り俺たち同級生なんですけど…」

 勿論これ以上隠しておくつもりもなかったのだが、さてドコから話したものか。

「俺が中学高校と通ってた学校、聖陵学院てトコで」

「聖陵って、あの聖陵ですか!?」

 先輩にしては珍しく、最後まで話を聞かずに口を挟んできた。

 最終学歴は一応有名な某W大学――こっちも周囲に危ぶまれていたのに、何故か受かったんだよなぁ――なのだが、それを告げたところでこうまで驚かれなかった…だろうな。

 苦笑してしまったが、先輩がクラシック好きと聞いた時点でこの反応は予想済みだったので、返答はすらすら出る。

「俺は親の陰謀で入試を受けさせられて、何の因果か受かってしまったから通ってただけの一般生徒ですが」

 時系列で言えばコチラが先の『合格の謎』だが、その件はどうでもいい。

 『あの』が『どの』かは明言されてないけど、多分合ってると思うので確認せずに話を続ける。

「さっきの奴はソコの管弦楽部所属だったんで、コレの手配を頼んだワケで…げっ!」

 手にした封筒の中身を取り出して見せるついでに自ら確認しようとして固まってしまった。

 ちょっとまて。何で日本にいるんだ!?

 印字されていたプログラム内容に思考回路は完全停止してしまった。



観察日記

 ………ビックリしすぎたので省略。



つづく

いよいよ2人のデート編です!
佐伯くんも出てきたということで、次回は…( ̄ー ̄)
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