『憧れのびたーすうぃーと』
2
by 朝永 明
その日はいつになく浮き足立った気分で仕事をこなしていた。 室内に数あるデスク、その中でも上司のデスクの電話が内線音を立てるまでは。 「はい、総務部で…」 きっちり3回鳴るのを待ってから取ったのは、です・ます調がトレードマークとも言えるデキる上司であり、厳しい先輩である。 そんな彼の隠されたもう一面は優しく甘いと言うのは俺だけが知る『特権』かな? だが頬が緩みそうになるのを慌てて抑える。 周囲に社員が大勢いる就業中であるのに、表情変化の少ない先輩にあからさまに不機嫌な顔をさせ、彼に最後まで言葉を発せさせずに話し始める人間を俺は今のところ一人しか知らないから。 「ですから、そういったご用件で内線を使われるのはお止めくださいと申し上げたはずです、社長」 ああ、やっぱり… 常より更に硬い声でキッパリと返事を返している先輩が話しているのは俺たちの勤めている会社の社長で。 若くして立ち上げた会社を一流に育て上げるのにかかった時間はそれほど長くはかからず、要するに世間一般に『社長』と呼ぶには今でも若い範疇の人なのだ。 「それと、その件でしたらお断り申し上げました」 アレか… 先輩が何を拒否しているのか、本人から教えてもらったので知っている。この一件は今の自分にも関係してくるからだ。 勿論その内容には腹も立つし、相手が金と権力、おまけに整った容貌も持っている社長だけに心配もしている。 けれど『俺という存在がいるから大丈夫』なんて自惚れている――本当はそう言えたらカッコイイんだけど――ワケではないが、先輩がその話になびくことはないとも、思っている。 理由は簡単。先輩は社長が苦手だから。 「え? ……はい、畏まりました」 しかし、同件だか別件だかは不明だが、何事かを強行に押し切られたらしい。公私はきっちり分ける人だから仕事だろう。 俺は親しく話したことなどないからよくわからないけど、先輩曰く「印象が軽薄って言うのでしょうか…近くにいると落ち着かなくて苦手です」と。 聞いた時はかなり驚いた。 俺から見れば社長の言動は全てを兼ね備えていているが故の自信の現れだと思うけど、先輩はその部分を『軽薄』と言った。不思議なものだ。 そんなこんなで腹立ちや心配はあるものの、彼らの中で最も目下の身分であり、先輩との関係が秘密裏である以上声高に口を挟むワケには行かず現在に至っている。 受話器を戻して、珍しく私的に視線を向けてきた先輩は申し訳なさげな表情で、しかし周囲にバレない程度に頭を下げていて。 つまり 今夜の予定はキャンセルか… 先輩が望んでの結果でないことは承知している。 だからこそ苦笑しながら軽く首を横に振ったのだ。 しょうがないですよ、と。 そう、仕事も絡んでいるんだから仕方がない。 自分に言い聞かせた。 それから終業までの時間はとても長かった。 特に先輩が『社長命令』を理由に連れ出されてからの夕暮れ時は苦しかった。けど。 ――今日のことを「ただ残念だ」と思っているとは思わないでくださいね? 出かける間際に引継ぎ資料の間に紛れていたメモ。 『ただ残念』と思っているとは思うな? …あ! 要するに『もの凄く残念』って言いたいのか… 普段の先輩らしからぬなぞなぞのような文章に笑みがこぼれた。 丁度4週間前に棚ボタ(?)で想いが通じた俺たちは今夜、一緒に食事に行く約束だったのだ。 でも社長の横槍で思惑が外れて…それを俺は苦く思っていた。先輩も少しは残念と思ってくれているのは表情から判ったけど。 俺がどう思うかを気にしてる? しかもただ純粋に今夜の予定がキャンセルになったことだけを。 美人で仕事はそつなくテキパキこなし、それに見合った適度な自信も持ち合わせた人なのに… 俺のことは自信なかったですか? どちらかと言えばあの日以降も俺の方が一方的に想いを募らせていると思っていたから、社長の横槍にも心配したけど… 先輩の目にはそんなの入ってなかったんだ! 思いがけず見せてもらった『可愛らしい』一面に俺はメモを丁寧に畳んで胸ポケットに納めた。 後で『次は絶対に二人で食事しましょう』ってメールしようと決めたらワクワクした気持ちになった。 学生時代、友人知人たちが恋心を持ったが故に憂いていたのを思い出した。 あの頃は「そんな辛い思いをするなら、いらない」と思っていたけど…今度同窓生と会った時には『びたーちょこ味のこいばな』をするのもいいかもしれない。 恋は苦い思いを運んでくることも多々あるが、嬉しい気持ちも湧き起こさせるのだと知った今日この日だった。 観察日記 見た目と中身が同じとは限らない! |
Sweet Happy …つづくv |
さあ! 二人の『その後』へGO〜!
*『憧れのびたーすうぃーと 3&4』*へ
*めいちゃんのお部屋TOPへ*
*地下室TOPへ*