『憧れのびたーすうぃーと』
by 朝永 明
俺は過去に6年間、外界と切り離された場所に暮らしていたことがある。…と言ってもムショに入ってた、何てワケじゃあない。 答えは単純明快、学校で寮生活をしていただけだ。 ただ、この学校と言うのが、ちょっとばかりワケありと言うか…ハイレベルなヤツがごろごろしていたんだ。先輩や後輩はもとより同級生の中にも今や世界に名を馳せているヤツが何人もいる。 そんな「スター軍団」に憧れがなかった、とは言わない。 けれど、俺は自分で言うのも何だが「見た目」も「中身」も何もかも極平均レベル。これまでのそう長くはない人生に於いて「自分が主役」だった例は一度もない。 だから、「○○の後輩」「○○の先輩」「○○のクラスメイト」以上の肩書きを持たないまま卒業した。 だからこそ『この日』は俺にとって普通の1日だった。 「申し訳なかったですね、急に残業を入れたりして」 「いいえっ!」 静かに掛けられた声に慌てて首を振った。 彼は職場の先輩で、日中は賑やかなオフィスに現在二人きり。自分たちがいる辺りしか電気を点けていないので静謐さが際立っている。 「今日は皆さんそそくさと帰ってしまわれるから、一人だと今日中に仕事を片付けられないところでした」 そんなことはない。先輩はとても有能な人だから、俺がいなくてもやり遂げることは可能だった。 ただ、もう少しだけ時間が必要だっただろうけど…と思える程度には役に立ったと思いたい。 「いや、俺は別に予定ない、ですから」 大学を出て、就職したての俺の新人教育係だったのだが。 「そうなんですか?」 この「です・ます」調にどれ程怯えたことか…就業初日で1ヶ月保つか危ぶんだ程だ。 「そうなんですっ」 仕事上の指導が厳しいのに、どこまでも口調は丁寧。 その上笑顔すら見せないもんだから、最初は嫌われていると本気で思った。けれど、上司から仕事内容で理不尽な要求をされ窮地に立たされた俺を彼は助けてくれたのだ。 その日から俺の日課に「彼の観察」が加わった。 勿論それ以降も彼の指導は厳しかった。 けれど、そこに「理不尽さ」は微塵もなく、仕事を覚えてくるとその一つ一つがどれ程役に立ったことか。それを理解できるようになってからはすっかりファンになっていて。 そして、 「君は面白いですね」 …笑った!! 「そんなことはっ」 ないない、と慌てて首を横に振る。 落ち着け、俺! 「あ…あの」 「はい?」 「…コレいかがですか!?」 「笑顔」に魅せられた勢いでコンビニの袋を突き出した。 中身は小さな板チョコが沢山――1つが100円程度で味が8種類程あって結構美味しい――入っている。 「お昼のついでに買ったんですけど…ほら、疲れてる時って、甘い物がいいじゃないですか」 「…いいのですか?」 「勿論ですっ!」 学生の頃だったら、徳用の大袋一つ買うのも清水の舞台から飛び降りるくらいの勢いがいった。けれど就職した今ではこんな「大人買い」もできるんだよな…って、大した額でもないか。 昔を懐かしみながら袋ごと渡す勢いで差し出したのだが、彼は中から「ビター」と「苺」を取り出して。 「いただきます」 仕事というものが面白いと感じるようになった頃から、少しずつ見せてもらえるようになった笑顔。でも、今のは、 は、反則だよ〜 バリバリ仕事をこなす姿は元来容姿が整っているため、とても格好いい。 けれど『超レアアイテム』とも言える極上微笑は俺をチョコのように蕩けさせる。 「これは駄目でしたか?」 「あ、いえ、そうじゃなくてっ」 へ、変な顔をしてしまった! 「……組み合わせが面白いな、って。苦いのと、甘いの」 「それは…両方を味わってこそ、その美味しさが際立つからですよ」 慌てて誤魔化した反応に納得以上の答えを返されて、また新たに感心してしまった。 「ところで…本当にコレを頂いてもよろしいのですか?」 「は?」 何故再度問い直されたのかは不明だったが、俺はその問いに大きく頷いた。 「では遠慮なく頂きます」 俺がその本当のイミを知ったのは唇に苺の香りを感じた時だった… 観察日記 憧れだけの想いはちょっと『びたー』。 でもその先には『すうぃーと』……も、ある。 |
Sweet Happy End |
後輩クンの母校は、言わずと知れた「あそこ」?(笑)
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