第3幕「Milky Way〜星の季節」
【3】
直也に『お父さんに会ったよ』って言ったら、びっくりしてた。 素敵なお父さんだね、って言ったら『まあね』って照れたように返してきたから、きっとお父さんのこと、好きなんだ。 そうそう、ニュースで見るってパパが言ってたから聞いてみたんだけど、直也のお父さんは国会議員なんだそうだ。 僕はついこの前までドイツにいたから、日本の国会議員のことなんて全然知らないんだけど、噂によると若手の有望株なんだそう。 でも、『父さんが自分で選んだ道じゃないんだけどな』…って、直也がチラッと口にしたのは気になったんだけど…。 ちなみにまだ36歳。 僕もパパが21歳の時の子供だから、パパは37歳で、直也のお父さんとはたった1つしか違わない。 そうだ。ゆうちゃんや葵ちゃんと同級生だったっけ。 ってことは、管弦楽部で一緒だったってこと。 聞けばやっぱり、僕のパパとも同時期に首席を努めていて、かなり親しかったそうなんだ。 そうそう、直也も僕と同じ『出来ちゃった婚』なんだって笑ってた。 だよねえ。直也もお父さんが21歳の時の子だもん。 やっぱり大学生だったって言ってた。 お父さんと同級生のお母さんは葵ちゃんの大ファンで、『うちでは葵様…なんて呼んで、リビングにサイン入りポスターとか貼ってるし』って、笑ってた。 ちなみに実家は熊本。 妹がひとりいて、うちの奏と同じ歳。 やっぱりやんちゃ盛りだって。 物心つく前に離れて暮らすようになってしまったのに、帰省しても懐いてくれて嬉しいって言ってた。 でもって、直也がフルートを始めた理由は、お母さんが『絶対葵様と同じ楽器!』って言い張ったからだそう。 ヴァイオリン奏者だったお父さんは何にも言わなかったの?って聞いたら、『手放しで賛成だった』だって。 ともかく何でもいいから楽器をやって、たくさん仲間を作って欲しいって思ってたお父さんだそうなんだけど、それがクラシックだったから、それはやっぱり嬉しかったらしい。 桂の面談には、由紀おばさまがやってきた。 4年くらい前に、栗山先生とパパがベルリンで共演した時に会って以来なんだけど、やっぱり綺麗で華やか。 わざわざウィーンから?…と思ったら、ちょうど実家の法事と重なったので、里帰りを兼ねての帰国だったらしい。 普段は京都の伯父さんが面談に来てくれてるんだって。 『葵は可愛げなかったけど、渉くんはほんまに素直で可愛いなあ。おんなじ顔やのにえらい違いや』って、僕の頭を撫でてくれたんだけど…。 葵ちゃんを『可愛げない』って言い切れるのは、ほんと、由紀おばさまだけだと思う。 ある意味最強かも。 そうそう、栗山先生も由紀おばさまも修(しゅう)くんもオーストリアにいるのに、どうして桂だけこっちに帰ってきたのかって聞いてみたんだ。 そしたら、由紀おばさまの里帰りについてきたとき、ちょうど夏のコンサートの時期で、葵ちゃんが客演するから聞きにきたんだそう。 で、その時の演奏に感激して、自分もここへ入るって決めて、そのまま京都に残って受験勉強始めたらしい。 それが小学校5年の時。 ピアノを始めたのは早かったけれど、ヴァイオリンを始めたのは割と遅めの7才。 なんでフルートじゃなかったのって聞いたら、栗山先生、桂にはフルートやれって言わなかったんだって。 『そもそも親父のフルートは葵さんが跡を継いだようなもんだしな。俺には自由にしろって言った。ピアノの他にも何か楽器をやりたければ、最大限の協力はしてやるって。ただし、俺からやりたいと言い出さない限り、何もしないって』 それを言われたのはなんと6才の頃だそうで、それから1年間、いろんな楽器を聞いたり触ったりして決めたのがヴァイオリンだったそう。 ヴァイオリンのどこが魅力的だった?って聞いたら、『小ぶりで持ち運びがしやすいところ』って。 それ、どっかで聞いた…。 ああ、葵ちゃんだ。 フルートは手荷物に入るから、飛行機の移動でも便利〜って。 でも確かにそうかも。 パパ、いつも文句言ってるもん。チェロ用にチケットいるから。 あ、ちなみに修くんは桂の2つ下の弟。 あっちには飛び級があるから、もしかしたら再来年には大学受けるかもしれない…なんて言ってた。 凄いなあ。 そういえば、和真は誰が来たのかな。 お母さんかなあ。 実家は群馬っていってた。 クラスの友達が教えてくれた情報によると、すっごく有名な温泉地の、ものすごっく有名な老舗旅館なんだそう。 そのことを和真に聞いたら、『そうなんだよね。だから長期休暇に帰省するの、嫌なんだよね』なんて言うんだ。 『だって、手伝わされるか、ほったらかしか、どっちかなんだもん』…だって。 和真も苦労してるんだ…。 あ、でもいつか招待してくれるって言ってたから、楽しみ、かも。 ☆ .。.:*・゜ 期末試験はないけれど、それなりに大量の小テストをやっつけて、聖陵学院は夏休みに入った。 とは言っても、校内合宿を始めた部活が多くて、賑やかさはあんまり変わらない。 寮食が少し空いてるなあって感じくらい。 朝も時間がまちまちだから、全体の時間はなんだかゆっくり流れてる感じ。 もちろん管弦楽部も合宿が始まった。 10日間みっちり練習した後は、夏のコンサート本番。 それが終わってやっと、本当の夏休みになる。 8月末の、校外合宿まで…の短い休みだけど。 その短い夏休み。僕はドイツには帰らずに、パパの実家で過ごす予定。 ママと英と奏が来るんだ。 今までも毎年夏休みには家族で帰ってきてた。 パパは今、こっちでツアーやってる。 終わったら4人で帰るって言ってた。 「あ」 しまった。 今日は10時に練習開始。 少し早めに出ようとしたところで、忘れ物に気がついた。 和真は用があって先に行ってる。 「なに?」 「どうした?」 直也と桂が同時に僕の顔を覗き込む。 「忘れ物しちゃった。中1の子に、教則本上げる約束してたんだ。取ってくるよ」 寮内で思い出してよかった。 「あ、ついてくし」 「まて、俺が行く」 「桂はホール行けよ。コンマスは遅れるわけにいかないだろ」 「そんなのお前だって」 あああ、また始まった。 最近いつもこんな感じなんだけど。 「2人とも先に行って。僕もすぐ行くから」 これ以上話してたら遅れるばかりだと思った僕は、2人を置いて、降りてきたばかりの階段を駆け上った。 「「渉!」」 後ろから呼ばれたけど、振り返らなかった。 本棚から教則本をとって、鍵を閉めたことを確認して、僕はまた階段を駆け下りたんだけど…。 2階を通り過ぎた踊り場に、見たことのない、ものすごく大きな人が2人、道を塞いで話していた。 校内合宿中は制服着なくていいから、生徒なんだか先生なんだかわからない。 それくらい、がっちりした感じの…。 なんだか、怖い…。 でも、通してもらわないと遅れちゃう。 「あ、あの、すみません」 とにかく通してもらおうと小さく声を掛けた。 「ああ?」 「お、なんだ、総代のカワイコちゃんじゃねえか」 やっぱり怖い。だって凄く大きな声。 「あの、ごめんなさい…通して、下さい」 とにかく少しでも早く、ここを通り抜けたくて僕は必死だった。 「そんなに慌てることないじゃん」 「そうそう、NKとばっかりつるんでないで、俺たちとも遊んでくれよ」 取り囲まれてしまって、僕の足は凍りついたように動かなくなった。 ――ど、どうしよう…。 「ほら、こっち来いって」 いきなり腕を掴まれた。 ――な、なにっ? 僕の手から、バサバサと教則本が落ちた。 |
END |
『幕間〜この手を伸ばしても』へ
なにやら話が怪しい雲行きになってまいりましたので、お気楽な小咄をどうぞ。
『おまけ小咄〜昼下がりのチェロパート:メインメンバー6人の白昼夢(?)』
☆ .。.:*・゜ 「な、今年のNKコンビの短冊って見た?」 パートリーダーが聞いた。 「や、見てない」 「そういえば、知りませんねえ」 2年生の答に、凪が反応した。 「桂も直也も、毎年これ見よがしに面白いこと書いてますけどね」 「だろ? なのに今年はまだ誰も見てないんだ」 「え? マジですか?」 「何でだろ…」 「それって、見せられない内容って事ですか?」 「ってことに、なるよなあ」 「でも、栗山と麻生に限って、見せられない内容なんて…」 「ですよね。ヤツら、オープンマインドでなんでもアリだから、秘密ってのは似合わないっすよね」 「確かにね」 そして、繰り広げられる話題に、キョトキョトと発言主の顔を見るだけの人間がここにひとり。 チェロパートの首席…だ。 「な、渉はどう思う?」 パートリーダーに話を振られ、首席は小首を傾げた。 「あの、短冊見せて…って言ったんですけど…」 その発言に、全員が色めき立つ。 「なんだって?」 「今年は誰にも見られたくないから、ナイショって」 「なんだと!」 「マジかっ」 「知られたくない内容ってことだよなっ」 詰め寄られて首席が少し、後ずさる。 「そ、そう言うこと…ですか?」 「いや、モロにそういうことだろうって」 「いったい何でしょうね。知られたくないって…」 「知られたくないって言ったらそりゃ、恋愛問題じゃないの?」 「…だよな」 「でも、あの2人に限って、恋愛問題でナイショって…」 「それもそうですよねえ。あれだけモテモテでよりどりみどりなんだから、今さら短冊に願いを…なんてちょっと似合わない気もしません?」 「確かにな」 「や、そこが落とし穴じゃないですか? テーマは『誰にも言えない恋』…ですよ」 「…誰にも言えない…」 パートの全員が、顔を見合わせた。 「栗山と麻生が誰にも言えない恋愛って…いったいどんなんだ?」 「ですよね。ヤツらのことだから、『ここ』での恋愛だって大っぴらにしそうだし…」 「ってことは、もしかして…」 声を潜めるパートリーダに、全員が肩を縮めて辺りを憚る。 「ヤツら、実はお互いに思い合ってるとか…」 練習室を暫し沈黙が支配する。 「…それって、ちょっとビッグカップル過ぎません?」 「ああ、体格的にもな」 「お似合いなような、勘弁なような…」 「ガチすぎてコワい気もします…」 「とりあえずレア過ぎるカップリングですよね…」 「ってか、それって『どっちが上でどっちが下』って話になんね?」 「や、やめて下さいよ、先輩〜」 「割と、どっちもゴメン…って気がするな」 「いや、栗山が上っしょ」 「ちょっと待てって、麻生が上だろ、やっぱり」 「待て待て、ここは栗山がワイルドに攻めてだな…」 「や、でも先輩。麻生って結構『見た目ソフト。でも実はキチク攻め』って感じしません?」 「人は見かけによらないからねえ」 「でも俺的には、栗山が下ってのヤだよ」 「え〜、麻生が下っての、もっとヤじゃないですか〜?」 「つまりだ、だからこそ、誰にも言えない…のだとしたら」 またしても沈黙。 そして。 「俺たちだけでも、そっと見守ってやろうじゃないか」 「それ、いいね〜」 「応援しましょう!」 「な、渉」 いきなり振られて、首席は 「あ、はい」 なんだかちょっと怖い話だったが、自分より長く直也と桂を見てきたみんなの言うことだから…と、首席はとりあえず頷いた。 ☆★☆ 「…って話だったんだけど」 僕が今日チェロパートで盛り上がった話を和真にすると。 和真は一瞬『埴輪』のような顔をしてから…。 「ぶわああはっはっはっはっ!」 枕を拳で叩きながら、涙を流して笑い始めた。 「ひ〜。可笑しすぎる〜。ってか、どっちが上でも下でも絶対やだ〜。成敗してくれる〜」 そしてそれからしばらくの間。 天下のNKコンビは、チェロパートの面々の生暖かく絡みつくような視線に戸惑いを隠せない日々が続いたのであった。 |
ちゃんちゃん。 (ネタ提供:めいちゃん。すぺさるさんくす!) |