第3幕「Milky Way〜星の季節」

【2】





 部活に勉強に…と、かなり忙しい毎日を送っていて、やがて七夕の頃になった。

 裏山の竹林の辺りは色とりどりの短冊で凄く賑やかなことになっていて、ぱっと見はすごく綺麗。

 でも願い事には、『栗山先輩ラブ』とか『麻生先輩、抱いて』とか『浅井先生のお嫁さんになりたい』とか、『ここ男子校じゃなかったっけ?』って再確認したくなるようなものが大量に混じってたりしてなんだか面白い。


 和真が『コンサートでヘマしませんように』って書いてたから、僕は『チェロパートがばっちり成果を出せますように』って書いた。

 直也と桂は何を書いたのかなあって尋ねてみたんだけど、今年は誰にも見られたくない…とかで教えてもらえなかった。

 意外と繊細なんだなあとか、失礼なこと思っちゃったりもしたんだけど、和真は『好きな人でもできたんじゃない?』なんて、爆弾落としてくれて、僕はちょっと呆然だったり。

 恋患い…かあ。

 でもあの2人なら患うまでもなさそうな気もするし…。
 って、誰に恋したんだろう。
 …あくまでも和真の言うとおりだったりだとしたら…の話だけど。


 でも、『栗山先輩ラブ』って書いたのが直也で、『麻生先輩、抱いて』って書いたのが桂だったりしたら…。

 や、ちょっと不気味なんで、想像ヤメ。

 ま、お互い『先輩』じゃないし…ってそう言う問題じゃないんだけど。


 で、七夕に和真の誕生日のお祝いをささやかにやった翌日。

 なんとパパがやってきた。

 三者面談だったんだけど、グランパが来てくれるものだと思い込んでたら、現れたのがパパでめっちゃびっくり。



                   ☆ .。.:*・゜



「お前なあ、入学早々から手を抜くとは何事だ」

 パパが僕のおでこを小突く。笑いながら…だけど。

「東吾…じゃなくて、森澤先生も言ってたじゃないか。こんなはずないんだけどなあって」

 僕の担任の先生を、パパがついうっかりファーストネームで呼んじゃうのは、2人がこの学校の生徒だった頃、同室の親友同士だったから…だ。

 もちろん僕だって、森澤先生の名前だけは何度も聞いてたけど、何しろ僕は6歳から今年の春までずっとドイツに住んでいたから、会ったことはなくて――赤ん坊の頃はよく抱っこしてもらってたらしいんだけど――だから、ここへ入学して担任の先生になっても、そんなに違和感はなかった。

 でも、パパにしてみたらやりにくいことこの上ないらしい。
 それは、森澤先生も同じで。


 ついさっき終わった三者面談。
 2人は鹿爪らしい顔で向き合って、よそよそしい挨拶を交わし…吹き出した。

 それからは2人のいつものペースだったみたいなんだけど、気がついてみたら主役のはずの僕はすっかり蚊帳の外。

 時間の最後になって漸く、『入試の時は1番だった成績が、前期中間試験で一桁落ち直前まで下がってる』って話になったんだ。

「別に手を抜いたわけじゃないよ。適当にしてたら、周りが凄く頑張ってた…ってだけで」

 僕としてはいつものペースだったんだけど、なんだかみんな、凄く勉強するんだ。
 さすが、進学校。

「じゃあ、お前もがんばればいいじゃないか」
「…あ、そうか」

 今さらのように気がついた僕の頭を、パパがまた笑いながらポフポフと叩く。 

 ここ、聖陵学院は「前期・後期」の2学期制。
 パパたちがいたときは3学期制だったらしいんだけど。

 だから、夏休み前には定期試験はなくて――その代わり、小テスト責めの毎日だけど――三者面談も7月の頭から2週間、父兄の都合によって三々五々…って感じで行われてる。

 だから、放課後でもあんまり父兄の姿というのは多くなくて…。



「「あ…」」

 僕の頭上で、2つの声が、重なった。

「久しぶりだな」

 パパが、いつもより静かな声で言った。

「はい。すっかりご無沙汰してしまってすみません。葵とは結構会ってるんですが」

 誰かな。
 葵ちゃんの友達?
 父兄にしては随分若いから、もしかしてここの先生かな。

 僕、『人の顔が覚えられない』ってことに関しては天才的だから、この学校の先生も、もちろん覚えのない人の方が多いし。

 でも、随分綺麗なお兄さんだ。

「ああ、葵から色々話は聞いてるよ。随分活躍してるみたいじゃないか。日本にいるとしょっちゅうニュースで顔を見るって言ってたぞ」

 …え、ニュース? ってことは、先生じゃないのかな?

「いえ、まだまだです。やりたいことの100分の1もやらせてもらえないひよっこですから」

 うーん、ニュース、ニュース…誰だっけ? って考えても仕方ないか。
 僕あんまりテレビ見ないし。


「渉くん…ですよね」

 綺麗なお兄さんが優しい笑顔で僕を見下ろした。

「ああ、色々世話になってるみたいですまないな」

 パパが僕の肩を抱きよせた。

「はじめまして、渉くん。麻生直也の父です」

 スッと差し出された指の長い綺麗な右手を、僕は反射的に取って、握手を交わした。

「あ、はじめまして。桐生渉です」

 …って。

「…えええ〜! 直也のお父さんっ?!」

 こ、こんなに若い人だったなんてっ。

「渉、反応鈍いぞ」

 パパが『相変わらずだなあ』なんて失礼なこといいながら、笑いをかみ殺してる。

「本当に葵にそっくりですね。なんだか高校時代に戻ったみたいです」

 直也のお父さんは、懐かしげに目を細めて僕を見る。

 うーん。直也と並んでも、兄弟にしか見えないだろうなあ。
 ヘタしたら、直也の方がお兄さんに見えたりして。

 それから2人は、二言三言、話をしたんだけど、不意に黙って見つめ合った。

 その沈黙の意味が、僕には全然わからなくて、僕よりずっと上にある2つの顔を交互に見て…。


「来年また、会えるといいな」

 パパが、表情を緩めた。

「そうですね」

 直也のお父さんも柔らかく微笑む。

 パパは毎年、7月から8月にかけて日本に帰る。演奏会があるから。

 三者面談は年に数回あるみたいなんだけれど、今回はそんなわけでパパが来てくれたみたいで。

 ママは、英と奏がいるから来られないし。

 で、他の時期の面談にはグランマかグランパが来てくれるはずなんだ。
 この前、4人でジャンケンして順番決めてたし。

 だから、次にパパが来るのは多分、来年。
 来年のこの時期、七夕の頃。


「元気でな」
「はい、先輩も」

 なんとも言えない優しい笑顔で、パパと直也のお父さんは言葉を交わして、そして違う道へと別れて行く。

「いいの?」

 僕がパパにそう聞いたのは、本当に『何気なく』なんだけれど。

「ん? 何がだ?」

 パパはちょっと、驚いたような顔で僕を見下ろした。

「あ、ええっと…」

 なんて言ったらいいんだろう。
 言葉が見つからない。

 ううん、見つからないんじゃなくて、たくさんありすぎて、どれが1番いいのかわかんなくなるんだ。いつも。

「渉、焦らなくていいから」

 言葉を選び出せなくて焦ってしまう僕を、パパはいつも優しく背中を撫でて落ち着かせてくれる。

「あの、ね。もうちょっと、話をしなくていいのかな…って」

 そうそう、これ。積もる話っていうのかな?

「ああ、いいんだ」

 優しくそう言って、パパはちょっと遠い目で、来た道を振り返った。

「That's all right」


 小さく呟かれた言葉の本当の意味を僕が知るのは、まだ少し、先のことだった。


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