七生くんの『日々是好日』
特別編 「七生、聖陵祭に挑む。」 〜後編〜 |
で、俺は俺なりに激しく悩んだ。 凪が何かに悩んでるなら当然力になりたいと思うんだけど、でももし理玖先輩絡みの恋愛問題だったら、凪は俺には相談し難いんじゃないかなって。 俺が中等部からここにいるならともかく、所謂『正真正銘』ってヤツで、恋愛観もそれなりに一般的だと思われてたら、言いにくいよな、きっと。 まあ、確かに俺の恋愛観は一般的だけど、その一般的ってのがいったいなんなのよ…って話で、俺的『一般的』ってのは、相手が男だとか女だとか言う話じゃなくて、ちゃんと恋愛できるかどうか…ってとこにあるんだな。 本気で恋したら、相手がどうだか…なんて関係ない。 寧ろ、『ここにいる間だけのお遊び』って割り切る恋愛の方が違和感あるんだ。 そう、とにかく『マジな恋愛しようぜ』ってことだ。 だからもし凪がここでマジな恋愛してるなら、俺は応援したいし、うまく行って欲しいって心底願う。 でもさ、そんな俺の勝手な恋愛観を、相談もされてないうちからご披露するのも何か違うし…。 ってかさー、俺自身、彼女いない歴と年齢が同じって有り様だしさ、今までだって、いいなと思う子はそりゃいたけど、でもそれ以上のことにはならなくて、くどいようだけど、コンバスが恋人だったんだよな、マジで。 だから、恋愛相談になっても役に立つとは思えないし…。 あああ、困ったなあ、もう〜。 ☆★☆ で、情けなくも俺が悶々としているうにちに、管弦楽部もコンサートでバタバタして、あっという間に聖陵祭は終わり、3日間の休みも終わると、それまではなんとか『空元気』だった凪が明らかにふさぎ込むようになってきた。 これはもう悩んでる場合じゃねえ。 なんとかしなくちゃと思ったところで、とんでもない展開になったんだ。 「遠山」 「あ、はいっ」 部活開始前、俺を呼んだのは里山先輩だった。 「今日、部活の後って時間ある?」 「えと、あります」 今日は個人レッスンとかもないし。 「じゃあ、ちょっと付き合ってくれないか? 話したいことがあるんだ」 「あ、わかりました」 もうすぐ役員改選で、先輩は部長を交代する。 で、多分…と言うか、もう次は理玖先輩で決まりって流れだ。 「じゃ、悪いけど頼むな」 って、先輩はスタスタとティンパニの方へ行っちゃったんだけど。 …部長に呼びつけられるなんて、俺、何かしでかしたっけ? パート内はうまくいってるし、合奏でヘマしたわけでもないし、呼び出しを受ける理由のナンバーワンって言われてる楽器庫の掃除当番も完璧だし…。 なんで呼ばれたのか、わかんなくて、俺はオロオロしつつも合奏を終えたんだけど…。 ☆★☆ 「えええ〜っ?!」 俺と里山先輩は裏山にやってきた。 そこで俺が聞いたのは、思いもよらない言葉だった。 先輩は、『凪とつきあってる』って言ったんだ! 驚いて飛び上がった俺に、里山先輩はため息をついた。 「…ま、そういうリアクションは覚悟の上でのカミングアウトだけどな…」 いつも自信に溢れて堂々としている先輩らしからぬ様子で…、や、でもこのちょっとシュンとした感じの先輩もいい味だしてるけどさ。 いやいや、そんなこと言ってる場合じゃなくて、誤解は解いておかないと…。 「あ、ええと先輩、そういうことじゃなくて、俺、凪が好きなのは理玖先輩かと思ってたから、相手が里山先輩って、それでびっくりしちゃて…」 「は? 理玖? 何でだよ」 や、何でって言われても。 俺は、理玖先輩から掛けられた言葉を説明した。 「…いや、理玖には色々と心配かけてるし、世話にもなってる。今回のことも、理玖に言われるまで気づいてやれなかったからな」 そうか、理玖先輩が凪の様子を俺から聞いて、それを里山先輩に…ってことか。 「ってか、遠山は凪の相手が俺だから驚いたってことか」 「そうですよ。まさか先輩と凪だなんて、俺の頭の中にはこれっぽっちもなかったです。 や、あの、理玖先輩の方が似合ってるだとかなんて…えっと、そんなことは、ない…つもり、ですけど」 …んと、実は、理玖先輩の方が似合うかも…なんて思っちゃったりしてるけど。 だって、里山先輩と凪ってなんか、恋人同士ってよりも、お兄ちゃんと弟って感じでさ。 肩車とかしてもらったら似合いそうな気がする。 って、里山先輩ってば、また脱力してるし。 「あ、でもその前に俺、里山先輩と理玖先輩が噂のカップルとかって聞いてたんですけど…」 そう、そこんとこをちゃんと確かめときたいじゃん。 「あのな、周りが何言ってるか知らないが、俺と理玖は何でもない。第一、理玖には想い人がいる」 「えっ。」 そ、そうなんだ。 「告白する気も起こらないほど思い詰めてる絶賛片想い中だけどな…って、理玖の話はどうでもいいんだ」 り…理玖先輩がそんなに思い詰めてる相手って…、誰っ? どうでもよくなくて、俺、そっちも知りたい〜! …いや、今は凪の話だ。うん。 里山先輩は、ちょっと遠い目で話し始めた。 「凪は多分、俺の卒業が近づいていることもあって、不安なんだと思うんだ。 理玖とのことが噂にすぎないってのは、凪もよく知ってることだから、それで不安になるってことはないはずだからな。 ただ、凪は基本的な部分で自分自身を信じてない。 だから、不安になるんだろうし、どこかで俺に遠慮したままなんだ」 どういうこと…だろ? 「基本的な部分…ですか?」 「そう。俺に愛されてるのは自分だ…って、未だに信じ切れていないんだ、凪は。だから、卒業で離れてしまうことに不安を感じてるんだと思うんだ」 もどかしげな様子の先輩は、やたら色気があってカッコいいんだけど、凪の気持ちは何だかわかる気がした。 凪にとっては、まだ里山先輩は『憧れの人』の続き…みたいな感じなんじゃないだろうか。 いつからつきあってんのか知らないけどさ、きっとまだ、『ちゃんと自分の恋人』じゃないんだ。 凪的には『まだ片想い』に近いんじゃないだろうか。 あくまでも、俺の限りなく浅い経験から導いた、これ以上なく頼りない推察だけどさ。 「どれだけ大切にしても、凪は甘えてはくれない」 ため息をつく先輩は、恐ろしいほど色っぽい。 ほんと、凪のこと好きなんだな。 「甘えられないほど、俺は頼りなくはないと思うんだがな」 ま、そうだよね。 先輩が頼りなかったら、誰が頼りになるんだ…ってくらいの話だけどさ。 でも…。 「先輩、それは先輩が頼りないんじゃなくて、凪が怖がってるからじゃないですか?」 凪を見てるとそんな気がするんだけど。 「怖がってる? 凪が?」 「そうです。さっき先輩、凪が『愛されてることを信じてない』って言ったじゃないですか。 だから凪、きっと無くした時のことを考えて、手放しで甘えられないんだと思います」 って、凪とのつき合いは俺の方が日は浅い。 でも、俺は一日中凪と一緒にいて、結構解ってるつもりなんだ。 凪がどんなことが得意で、どんなことに自信がないかとか。 だから、手放しで甘えたあとで、もしも無くしてしまったら立ち直れない…って思うほど、凪は先輩が好きなんだ。多分。 それを言うと、先輩は、暫し考え込んだ。 「…どうしたら、わかってもらえるんだろうな。 俺は、生半可な気持ちで凪に告白したわけじゃない」 …やっぱり先輩から告白したんだ。 そりゃそうだな。凪の性格で『告白』とか有り得ない気がするし。 「この先もずっと、離すつもりはないし、ずっと、大切にして行きたいと思ってる。凪しかいらないんだ…」 うーん、やたらとカッコいいな、先輩ってば。 や、でもこうやって、先輩がどれだけ本気で凪を大切にしてるかわかったわけだから、これはもう、俺も全力応援するしかないってわけで。 「先輩、凪とちゃんと話、してます?」 「もちろん話はしてるさ。凪と会う時間も最優先で作ってるし」 「でも、それってもしかして、先輩の想いを凪に言うばっかりじゃないですか?」 凪は、自分から自分の話はしない。 話を振られても、それでもあんまり自分のことは話さない。 渉とはまた違う感じで、自己表現しないんだ、凪は。 俺の言葉に、先輩が黙り込んだ。 「凪って、あんまり自分の話、しないことないですか?」 「…確かにな」 「凪の想いとか、凪がどうしたいと思ってるかとか、ゆっくり、凪のペースで聞いてやってもらえませんか?」 「遠山…」 先輩が俺を凝視する。 「凪も先輩のこと、本当に好きなんだと思います。 だからこそ、辛くて悩んでるんだと思います」 なんとか先輩に伝えたいと、俺も必死だった。 先輩が、大きく息をついた。 「…確かに、お前の言う通りだ。 俺は、俺さえしっかりしていて、俺の気持ちを伝えていればそれでいいんだと思ってた。凪の想いにちゃんと向き合ってなかった…」 …もしかして、俺の言いたいこと、伝わった? 「凪の話を、ゆっくり聞いてみるよ。どれだけ時間がかかっても、凪の想いをしっかり受け止めたい」 良かった、伝わったんだ、ちゃんと。 「…しかし、情けない話だよな。恋人の気持ちひとつ、ちゃんと汲んでやれないなんてさ…」 そして俺は、いつもとまるで違う先輩の姿に少し感動していた。 ここにいるのは、カリスマ打楽器奏者でも、やり手の管弦楽部長でもなく、恋人を思って悩んでるひとりの男で…。 うーん、いつか俺も、こんな色気を滲み出させたいもんだけどさ。 いやいや、俺もまだまだ修行がいる。だって…。 「でも、先輩だけじゃないですよ? 俺も、凪がふさぎ込んでるのがわかってながら、どうしていいか狼狽えてるばかりでした。 凪にとって、俺は頼りになる相談相手じゃないと思ってしまったりして…」 でも、俺の言葉に先輩は緩く首を振った。 「凪が遠山に何も言わないのは、お前が相談相手として不足なんじゃなくて、お前に嫌われたくないと思ってるからだと思う」 「俺が? 凪をですか?」 そんなこと、あるはずないのに! 俺の心の中を読んだみたいに、里山先輩が頷いた。 「俺にはわかってたんだ。入学してきてからずっと見てきて、お前が凪をとても大切にしてるのを知っていたからな。 だから、そんなことで凪を嫌ったりしないって。 でもな、凪にとってお前は本当に親友で、俺とのことがバレて軽蔑されでもしたら、もう親友ではいられなくなると思って、それで何も言えなかったんだ。 でも、俺が敢えて遠山に打ち明けたのは、これからも凪の親友でいて欲しいから…なんだ」 先輩…。 うーん、ちょっと悔しいけど、やっぱ先輩の方が一枚も二枚も上手かも。 や、俺も負けてらんないけど。 「俺は、凪を必ず幸せにする」 俺の目を見て言い切る先輩は、そりゃあもう、カッコいい。 さっきの、頭をかきむしらんばかりの苦悩っぷりは一体何だったんだってくらいに。 「いずれは凪の口からちゃんと遠山に報告できるようにさせるから、それまで凪のこと、見守っていてやってくれないか?」 もちろん凪のことは見守る。 でも。 「でも先輩。俺は、凪とずっと親友でいたいから、ちゃんと力になってやりたいんです。見守るのは当然だけど、それだけでなくて、ちゃんと支えてやりたいんです。だから、先輩が凪に言わなくても、俺がちゃんと、凪と話ができるようにしますから」 俺も先輩の目を見て言い切った。 「そうだな。頼りにしてるぞ、遠山」 そう言って先輩は、俺の頭をくちゃくちゃとかき混ぜた。 ☆★☆ で、どうなったかってーと。 凪は凪で、なんと渉(!)に諭されて、里山先輩とちゃんと向き合って話をしようって気になったらしくて、取りあえず直面していた危機(?)は乗り切ったようだ。 ま、俺としては、凪が渉に相談した…ってのがちょっと悔しかったわけだけど、聞いてみれば、チェロパート内で『凪の様子が変だ』って話になって、みんなが心配し始めてて、話を聞くなら同級生の渉が一番良いだろうってことになったようで、渉から『話してみる?』って声を掛けたらしい。 で、その後、俺と渉が情報交換するに至り、2人でずっと見守って応援していこうな…って約束した。 渉は『七生が側にいるから安心だね』なんて嬉しいことをいってくれて、俺も、『渉って頼りになるんだな』って言ったら、『そんなこと全然ないよ』と、恥ずかしそうに笑った。 おまけに、『僕は、聞いてるだけで、これといったアドバイスも、気の利いた声掛けも、何にもできなくて、何の役にも立たないよ。 でも、話しやすい相手でいられたら嬉しいなあって思う、かな? ほら、話すだけでもいいって時も、あるじゃない?』…なんて、必殺小首傾げで言われて、俺はもしかしたらコイツの懐は恐ろしく深いんじゃないだろうかと、ちょっとコワくなった。 渉の異次元っぷりは、音楽と勉強だけじゃないのかも知れないってさ。 そうそう、終わっちまった演劇コンクールのこと、今更蒸し返すのもなんだけどさ。 本番直前、『やっぱA組の圧勝かなあ』って言った俺に、和真は『んにゃ』って首を横に振った。 『多分、B組が圧勝じゃない? 男女主演賞も里山先輩と理玖先輩が持って行きそうだし』って言うから、何でだろうって思ったら。 『うちはねえ、多分、賞取りレースからは、はみ出るよ』 はみ出る? 『ま、いいんだ。ウケればそれでね』 そう言って肩を竦めた和真の言葉の意味を知ることになったのは、まさにA組の舞台を見たその時だ。 そう。毒リンゴに倒れた渉を、誰がキスして起こすのかで大乱闘になり、白雪姫に覆い被さろうとした『魔法の鏡』に『切り株』が捨て身のタックルを食らわせたり、白雪姫にキスしようとした『王子1』を背後から『王子2』が羽交い締めで阻止し、斬り合いの末に相打ちになったり、白雪姫を勝手に乗せて連れ去ろうとした『白馬』が『森の毒キノコ』に足噛みつかれたり……とにかくしっちゃかめっちゃかになったA組の舞台は上演時間オーバーで失格になったんだ。 恐るべし和真。この結末まで予見していたとは…。 ま、黒幕だからな。 ってかさ、王子が7人いる時点で終わってんじゃね? それにしても。 大乱闘の中でも平然と『ガラスの棺』の中で眠ってる渉は、違う意味で異次元だった…。 |
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七生 「渉ってばマジで寝てたんじゃね?」
渉 「寝てないよっ」