七生くんの『日々是好日』
第9話 「七生、ヤツらの意外な一面に迫る。」 |
夏休みに帰省したとき――っても、俺の場合実家まで1時間弱だけどさ――中学の同級生たち会って、どいつにもこいつにも聞かれたのは『寮って不自由だろ?』って話で。 つまり、ゲームもできないしテレビも自由には見られないし携帯も使えないし…って話なんだけど、確かに携帯は使えないけどパソコンのアドレス貰ってるから連絡はつくし、ゲーム機は持ち込めないけどそんなことしてるヒマないし、テレビだって1学年に1台だから無いも同然だけど見てる時間もないし。 ま、俺みたいに『部活が趣味』なんてのにとっては、大して不自由はない…ってか、むしろ望ましい環境だな…って説明したら、中学の同級生たちはみんな口を揃えて『お前って、コンバス馬鹿だもんな』…だってさ。 まあ、部活に力入れてるヤツってのは大概部活が趣味だしさ、特にここ管弦楽部はほとんどがそんなヤツらだ。 演奏することとか、音楽聴くこととか自体が趣味ってさ。 でも、色々と話してみれば、みんなそれぞれに、音楽とは違うジャンルで『好きなもの』とか『こだわってるもの』…なんかがあって面白い。 そう言うものは結構みんな秘密にしてたりして、それを知るのも楽しいな。 凪は『僕はチェロが趣味』ってきっぱり言う。 裏を返せば、それで将来は考えてない…ってことだけどさ。 ま、それはともかく、10歳くらいの時にテレビで見たチェロの格好良さと音色に惹かれて習い始めたら、先生から聖陵受験を薦められたんだって。 『ただ好きってだけでここに来ちゃったから、入ってからは周りに圧倒されぱなっしだったけどね』…なんて笑ってるけど。 で、最近思い出したって言うんだけど、凪の心を掴んだテレビの向こうのチェリストは、どうやら渉のお父さんらしいんだ。 その息子と仲良くなれたなんて、夢みたい…って言いつつも、恥ずかしいから渉には言わないで…頼まれちゃったけど、いつかこっそり言っちゃおうかな〜なんて思ってる。 で、その凪がここへ来てから――って言うか、完全に『ある人』の影響みたいだけどな――ハマったのが推理小説。 しかもシャーロック・ホームズ限定。シャーロキアンってヤツだ。 全作読破は当たり前。 訳者が違うとまた雰囲気が変わるってことで、訳違いのものも当然読んでるみたいなんだ。 英語の勉強にもなるからって、原作そのままにも挑戦してるみたいだけど、さすがに難しいみたいだ。 学校で習わない独特の言い回しとかあるみたいだし。 ちなみに凪をシャーロキアンにした『本人』は、『新婚旅行はイギリスだ』なんて、俺だけに打ち明けてくれたけどな。 ったく、先輩ってば凪のことになると突っ走るよな。 ただ、先がまだ明確に見えていない今の凪に『新婚旅行』とか言ったら、またややこしいことになるのはわかってるみたいで、俺だけに言って浮かれてたけど。 あ、理玖先輩にも口滑らせちゃって、冷たい目で見られてたな。 ま、恋するとオトコはバカになるって見本だ、うん。 で、恋するオトコで思い出したけど、最近のNKコンビはなんだか怪しい。 最初から渉にひっついて回ってたけど、最近ヤツらが渉を見る目が更に怪しい方向へ向かっている気がするんだ。 この前なんて、2人で渉を挟んでなにやら取り合いの痴話げんかみたいになってて、当の渉は全然わかってないっぽいんだけど、『こいつら何やってんだ?』っていう俺の視線を捕まえた和真は肩を竦めて見せたから、やっぱり和真も俺と同じような事思ってるんだろう。 って、まさかNKは本気で渉の取り合いしてるとか…? ま、いいか。絵になる綺麗どころは勝手にやってくれって感じ? で、そのNKだけど、ヤツらには意外な特技があった。 まず直也。 あいつ、音楽だけじゃなくて、絵も上手いんだ。 特にイラストっぽいヤツはかなりイケてて、教科書の端に書いてある『パラパラマンガ』とか、絶品なんだ。 缶コーヒー1本で、一作品請け負ってるのが面白いけどさ。 それから桂。 こいつの隠れた特技はあまりにも本人の『ワイルド系男前』って雰囲気とかけ離れてて、笑えた。 桂の特技はなんと、『あやとり』なんだ。 で、これがまた凄くて、こんなにバリエーションあるんだってくらい、次々と展開してくれて、まさに一種のイリュージョン。 オーストリアにいた頃、学校で日本文化を学ぼうって機会があったらしくて、その時に『あやとり』を紹介しようと思ってやり始めたのがきっかけらしい。 だから同じ理由で『折り紙』も得意だ。 たった紐1本・紙1枚で多彩な表現をする日本の文化の凄さを改めて再認識って感じだよな。 そうそう、渉のドイツの学校では同じような事なかったのか?…って聞いたら、『あるにはあったけど、日本カルチャー=コスプレって認識されちゃってて、妙なコスプレ大会はあったけど』…なんて言ってたっけ。 渉も何かコスプレやったのか?って聞いたら、『まさか。僕に出来るはずないじゃん』って、真顔で返された。 はい。聞いた俺が悪かったです。 でもさ、渉って何に興味あるんだろ。 音楽はもう次元が高すぎて、趣味とかいう話じゃねえしさ。 ちなみに和真はこれまた意外な趣味を持ってるんだ。 いや、男子の趣味としてはかなり真っ当且つ王道なんだけど、和真がやるってのが何か似合ってねえんだな。 美少女だしさ。 和真があやとりとか折り紙やってる方が似合ってるだろうって。 あ、和真の趣味はラジコンなんだ。 部屋には手のひらサイズのヘリコプターがいるんだけど、これがまた高性能で良い動きするんだ。 で、驚いたことに、自作なんだそうだ。 中学の頃にはよく裏山で遊んでたらしいんだけど、高等部に上がってからは忙しくなって、なかなか遊ぶ時間がないって言ってたな。 え?ラジコンの持ち込みはOKなのかって? 和真曰く、『寮則の持ち込み禁止欄にないからねえ、ラジコンって』ってことらしい。 そんな和真とコンビを組んでる理玖先輩はなんと、意外なことに検定マニアなんだって。 世界遺産とか、夜景とか、野菜とか、恐竜とか、三国志とか、お城とか、とにかく将来の仕事には役立ちそうもないのばっかり選んで受けてるらしい…ってのは、里山先輩から聞いた話。 あ、英検は準1級らしいから凄いんだけど、お役立ちな資格はそれだけなんだって。 ちなみにハタチになったら、お酒関係の検定を攻めまくるって言ってた…ってのは、和真から聞いたことだ。 和真も、『ビール検定とか面白そう』なんて言ってたから、オーボエの美人姉妹は2人とも飲めるクチとみた。 そうそう、日本酒の検定はもう取ってるらしいんだ。 知識だけの試験だから、年齢制限ないらしい。 理玖先輩って、成績もいいんだけど、雑学ネタも恐ろしく豊富だから何でだろうって思ってたんだけど、こういう訳だったんだな。 そんなこんなで、みんなと仲が深まるにつれて色んな面を垣間見るようになったわけだけど、やっぱり一番謎が多いのは渉だ。 寮にいるはずの時間でも、談話室に出てくることはめったにない。 そんな渉のことが、やっぱりみんな気になるみたいで、ある時和真に聞いたんだ。 『渉ってさ、部屋で何してんの? まさかずっと勉強?』ってさ。 そしたら…。 「んなわけないじゃん。話してたり、本読んでたり…ああ、iPodで音楽聴いたり、熱心に動画みたりしてる」 和真の答に辺りがざわついた。 「なんの動画見てるんだ?」 あの渉が熱心に見てる動画って…。 王道としては、コンサートのライブとか、そんなところだろうけどな。 「んー、そこは渉に直接聞けば? まあ、男子高校生としては極めてありがちな内容…とだけ言っとくよ」 なんて、和真は言うんだけど。 『男子高校生としては』とか『極めてありがち』とかのキーワードが俺たちをくすぐった。 だって、渉だぜ? あの渉が男子高校生としてありがち…なんて、なんか全然遠い感じするじゃん。 「映画…かな」 「それって男子高校生っての関係ないじゃん」 「いや、ほら、エッチな映画とかさ」 「…渉が?」 「…だよな」 「いやいや、人は見かけによらないって言うじゃん」 その言葉にみんなが押し黙り、結局好奇心に駆られた俺たちは、渉を直撃したんだけど…。 「…確かに、男子高校生としてあまりに真っ当な中身で、かえって新鮮だったかも…」 詰め掛けた俺たちに、渉は珍しくも嬉々として動画を再生してくれたんだけど。 『やっぱり、0系かドクターイエローだよね〜。N700もいいけどー』 そう、渉は新幹線オタだったんだ…。 今まで色んな国の列車に乗ったらしいけど、『やっぱり一番は新幹線だよ』って、可愛らしい顔で言うんだ、これが。 で、ついついみんなして頭撫でちまった。 渉はなんで撫でられるんだろって顔してたけど。 ちなみに、渉の鉄道好きは、あの偉大な指揮者・赤坂良昭の影響らしい。 先輩が教えてくれたんだ、音楽雑誌のインタビューで、『オフに孫を連れて列車の旅に出るのがストレス解消法』って言ってたって。 ま、そんなわけで俺たちは渉の趣味を知ったわけだけど、その後、この話を聞きつけた『鉄道研究会』が渉に接触をはかって来たのは言うまでもない。 「で、渉はあれから鉄研に行ってるわけ?」 「ん〜、何人かと仲良くはなったみたいだけど、研究会に顔出して…ってまではないみたい」 和真がその後を報告してくれた。 「まあ、部活忙しくてそれどころじゃないよな」 放課後のほとんどを音楽ホールで過ごしてるもんな、渉も。 ところが和真の答えは予想外のものだった。 「いや、それがさ、渉の知識のマニアックさに誰もついて行けなかったらしくてさ、名誉会長って扱いらしいよ?」 …さすが渉…。 鉄研っつったらマニアなオタクの巣窟じゃん。 そこで名誉会長とは…。 マジ、ブラックホール級の異次元だよな…。 |
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というわけで。
わたちゃんが見ていた動画は鉄でしたが、
聴いている音楽が実はクラシックではなかったというネタを、またいずれ(*^m^*)