七生くんの『日々是好日』
第4話 「七生、学校生活を語る」 |
ま、覚悟はしてた。 最初に知ったときは、『マジかよ、それ』って思ったけど、それを理由に聖陵を諦めるわけにはいかないし、そこはもう、見ない振りで蓋をしてた。 そう、ここ聖陵学院は、携帯電話持ち込み禁止なんだ! 入退寮時には持ち込めるんだけど、授業開始の朝には担任に預けなきゃいけなくて、次に返してもらえるのは長期休暇の退寮時。 数年前までは、持ってくることすらダメだったそうなんだけど、遠方からの生徒が増えて、帰省の往復には持たせたいって父兄の要望が増えて、こうなったらしい。 俺も入学式の朝に担任に預けた。 ちゃんと。真面目に。 なにしろ音楽推薦だからな。 いきなり校則破るのもマズいし、だいたいそんな度胸もないし。 ちなみに、俺はまだガラケーだったんだけど、クラスのほとんどはスマホだった。この前まで中学生だったくせに生意気だよな。 で、凪に聞いたところ、毎年何人かはダミーのケータイ預けて、他にこっそり持ち込むってヤツいるらしいんだけど、何故か数日でバレるんだそうだ。 生徒の間では、『絶対学校側が電波チェックしてるに違いない』って噂されてるそうなんだけど、先生方は普通にケータイ使ってるから、実際電波チェックってのは現実味が薄いと思うんだ。 ま、何でバレるのかは結局謎のままなんだけど、ともかくバレたら大変らしい。 没収、即父兄の呼び出し。本人は3日間の謹慎。 しかも自室謹慎じゃなくて、先生の監視付きで課題責め。 親に怒られるより、こっちの方が遥かに堪えるって話だ。 ちなみに、親が荷担してた場合はもっと大変なことになるらしいんだけど、どれくらい怖いことになるのかは、俺の周囲に聞いたところでは明らかにならなかった。 ってわけで、俺は小5の時に『塾の行き帰り用に』って、初めてお子さまケータイを持たされてから、5年目にしてケータイを手放した。 小学校の頃は、それで友達と連絡取るなんてことなかったからいいんだけど、中学になると、やっぱり必需品になってたから、マジで不安で仕方なかった。 でも同級生たちは、そのうち慣れるって言った。 中学からここにいる連中は、あんまり不便感じないって言うヤツが多い。 確かに中学からならそうかもなって気がする。 凪も、『高校からだと不便感じるかもねえ』って、さほどでもない感じで言うし。 で、俺は渉に聞いてみたんだ。不便じゃね?って。 そしたら、渉の答えは、ある意味渉らしいものだった。 『僕、ケータイ持ってなかったから』ってさ。 ドイツでは、家にあるパソコンやタブレット端末で十分だったらしい。 だから、学校のパソコンルームが使えたらそれで事足りるそうなんだ。 『夏休みにはグランマが買ってくれるっていうんだけど、あんまりいらないかなあって気もするし』…とも言うんだけど。 グランマってなんだ? …ああ、ばあちゃんのことか。 確かにピアニストの桐生香奈子は『ばあちゃん』って感じじゃねえよな。 『グランマ』って感じだ。 ヘタしたら『ママ』でもいけるんじゃねえかなってくらいだし。 で、実際のところどうなんだって話だけど。 悲愴な覚悟をしてたわりには、黄金週間強化合宿が終わる頃にはケータイのこと、思い出さなくなってた。 まあ、日々あまりに忙しくて、持ってたところで使う暇ないかもってところだ。 なけりゃないで、なんとかなるもんだな。 ただ、広い校内で人捜しするには『ケータイあったらなあ』って思わないでもないけど、まあ、聞いて回れば誰かが情報持ってるし。 そう思うと先生方にケータイ(主にスマホだけど)ってのは、必須だよな。 ほんと、ここは広すぎるって。 そうそう、通信機能のついていない音楽プレーヤーなんかは持ち込み可…なんだ。 だから、帰省したときに、パソコンから音楽とか映画とかを大量に詰め込んでくるって話だ。 俺も今度帰った時には、貯めてたお年玉はたいて、高機能のプレーヤーに買い換えようって思ってる。 で、携帯は使えないけど、ここ聖陵学院はかなり便利だ。 寮と校舎の2ヶ所にある購買部は、コンビニ以上の品揃えなんだ。 校舎内のは、主に学校生活で必要な文具類とかで、普通の学校と同じようなラインナップで、しかも種類は豊富。 カッコいいなと思ったのは、校章や校名が入った文房具。 ノートやバインダー、シャーペンとか定規とか、色々ある。 バインダーなんかは、名前も入れてもらえるんだ。 ま、そうしないと区別つかねえもんな。 校章や校名をデザインしたステッカーも色んな種類があって、楽器ケースに貼ってるヤツも多い。 そうそう、渉が楽譜のバインダーにカッコいいデザインのステッカー貼ってるんだけど、それ、売ってないんだ。 で、みんなも気づいたみたいで、『これどうしたんだ』って聞いたら、親父さんの時代のものらしいんだ。 『パパが、バインダーごとくれたんだけど』って、小首傾げたもんだから、つい意味もなく頭撫でちゃったぜ。 渉も何の疑問も持たずに撫でられてるしさ。 でもさ、高1にもなって親父のこと『パパ』って呼んでるの、渉くらいだと思うけど、ま、帰国組だってのと、何より『似合っちゃってる』から、誰も突っ込まないし、ずっとこのまま『パパ』でいて欲しいなとか、みんな思ってるに違いない。 ほんと、渉は可愛い。 あ、俺は転ばないけどな。 で、話を戻すと…。 中学寮と高校寮の間にある方の購買部は、ほぼコンビニだ。 何でもある。 これだけ何でも揃ってたら、校外へ出ることもないだろうなって思うんだけど、凪は『そうでもないよ』って言うんだ。 どういうことかと思ったら、『ここにはないスイーツ』を求めて、外のコンビニへ行くヤツは多いんだそうだ。 それと、コンビニと違うところがひとつ。雑誌がないんだ。 別に雑誌やマンガは持ち込み不可じゃないから、みんなお目当ての雑誌を求めてやっぱり外へ出る…ってことらしい。 あ、もちろん『大人の読み物』は持ち込み不可だ。 まあ、ここの生徒は品行方正で通ってるから、みんな真面目に守ってるんだろうな…なんて、思ったら。 『そんなはずないじゃん〜』って笑ったのは、なんと和真。 和真に言わせると『酒、タバコ、えっちな本』の三大御法度は、校内でも密かに存在するらしい。 『ま、お酒とタバコは別として、エッチな本ってのは、ある意味健全な男子って証拠だし?』…な〜んて、美少女な和真がそんなこと言うって違和感は半端ないんだけど、『それよりお前、数ヶ月前まで生徒会長だったんじゃねえのかよ』…って、突っ込んだってば。 そしたら返ってきた答えがこれだ。 『そりゃ取り締まりは厳しいよ? でも見逃してやって弱みを握るってのも、校内の秩序を守る有効な手段のひとつではあるわけだ』 ニタッと笑う和真に、俺は同級生たちが『和真が可愛いのは見かけだけ』って言ってるのを理解した…。 ただ、それでも和真にアタックして玉砕するヤツは後を絶たないらしいけどさ。 特に、和真をよく知る同級生たちは『和真に惚れる奴は絶対マゾだ』って言うんだけど、でも俺、なんとなく感じてるんだけど、和真って芯の部分は外見同様にめっちゃ可愛いんじゃねえかなあ。 あ、和真が可愛かろうがドSだろうが、俺は転ばないけどな。 ま、そんなわけで、ここは凄く便利だってことなんだけど、財布を持ち歩かなくても良いってのもポイント高いよな。 学生証を兼ねたIDカードが発行されてて、校内の買い物は全てこれで決済できる。 でも、何をいくら買ったか、明細が全部、父兄がリアルタイムでパソコンとかスマホから閲覧できるので、使いすぎたら親から停止がかけられる。 日々のご飯は寮費に入ってるから、IDカードが使えないからって飢え死にすることはないんだけど、それでも『小遣いゼロ』は堪えるから、結構みんな自分で管理するようになるらしい。 そうそう、渉が親父さんから貰ったっていうステッカーがカッコいいから再販して欲しい…ってリクエストが購買部の掲示板を埋め尽くした。 で、学校側も検討してくれることになって、生徒会と話し合いがあり、リクエストは通った。 ただ、全く同じではなくて、ほんの少しだけどこかを変えて作るらしいんだ。 それは『どの年代のものか、見てわかるようでないとダメだから』っていう、校章入り文房具の企画を担当してる総務部のおばちゃんの強いこだわりらしい。 打ち合わせに行った高等部生徒会長を捕まえて、 『あれは浅井先生が『浅井くん』だった頃のものだから』って、1時間以上熱弁を振るったらしい…ってのは、和真に聞いたことだけど。 やっぱ、浅井先生ってば生徒の頃からモテモテだったんだなあ。 なんで独身なんだろ? ってか、ここの先生、8割独身らしいけどさ。 でもって、OB率は6割だそうだ。 ま、居心地いいってことなんだろうな。 俺だって、ここへ来てまだ2ヶ月ちょっとだけど、すっかり馴染んでどっぷりだもんな。 『正真正銘』仲間もみんな、『意外とあっさり馴染めた』って言ってるし、和真が『新しい環境に馴染むのに時間かかると思うから』って、気を遣ってる渉でさえ、随分解けてきてる感じだし。 あ、肺炎で入院しちまった時にはホントに心配したけどな。 …にしても、浅井先生が独身っての、気になるよなあ。 |
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