七生くんの『日々是好日』


第5話
「七生、浅井先生の謎に迫る。」



 ある日のパート別ミーティングで、ふとした雑談の端っこから盛り上がってしまったんだけど。

 そう、俺がそこそこ気にしていた、どうして浅井先生みたいなイケてる男が独身なのか…って話だ。

 ってか、このガッコってさ、モテそうな先生に限って独身なんだよな。

 渉のクラスの森澤先生とか、うちの担任の早坂先生とか、生徒会顧問の古田先生とか、あと20代で、これまたここのOBだって先生が何人かいるんだけど、やっぱモテ系男子なんだよなあ。

 そうそう、保健の先生で高校寮の寮長もやってる斎藤先生も渋くてカッコいいって人気あるんだ。

 元気なのに『頭痛い』とか言って、先生に甘えに行くヤツ結構いるらしい。
 ただ、先生にはすぐ見抜かれちまうらしいけどな。

 そういえば院長先生も独身だ。めちゃめちゃカッコいいのに。

 浅井先生とか、渉の親父さんがいた頃の管弦楽部顧問で、俺のコンバスの師匠とも旧知の間柄なんだ。

 うちの師匠、いつも言ってたっけ、『あの人が演奏家にならずに教育者になったっての、未だに仲間内では『七不思議のひとつ』って言われてるんだ』って。


 副院長先生は、美少年がそのまま大人になった感じ。やっぱり独身。

 もっと若いのかと思ってたら、予想以上の年齢でかなりビックリだった。
 そうそう、森澤先生とちょっとタイプが似てるかも。 童顔可愛い系って感じでさ。
 そんな可愛い系の副院長先生もここのOBなんだけど、生徒だったころは『10年にひとりの逸材』って言われたほどの全校的アイドルだったらしい。
 だから未だにファーストネームで『翼ちゃん』なんて呼ばれてる。

 ちなみにその次の『全校的アイドル』は12年後の奈月さん――そう、渉の叔父さん…だそうだ。

 院長先生と副院長先生が話してるところなんて、ビジュアル的にもかなりイケてて、俺、見るたびに『いいなあ』なんて思うんだけど、それで妄想してるヤツらが大勢いて、最初は『はあ?』って感じだったんだけど、なんだか最近わかるような気がしてきた…。

 どっちも独身だしさ。ネタ的には美味しいよな。
 あくまでも『ネタ』だけどなっ。


 でも、やっぱり1番問題なのは浅井先生だ。

 で、話を最初に戻すと、『浅井先生がなんで独身なのか』って盛り上がってたら、なんと、低弦パートの中1のチビたちが無謀にも浅井先生に突撃取材をかましたらしい。

 ったくもう、オコサマは無邪気でコワいわ〜。

 …と言いつつも、俺たちはチビたちを捕まえて、当然報告させたわけだけど、コンバス辺りで盛り上がっていただけのはずなのに、いつの間にか話はデカくなってて、中1の報告会(?)には、パート・学年色々取り混ぜて40人もの管弦楽部員が集まってきた。

 チェロのパートリーダーの坂上先輩なんて、『長年気になってたんだよな〜。でもさ、俺ってシャイだからそんなこと聞けなくてさ〜』なんて、ワクテカの様子で座ってるし。

 で、ここが中1のオコサマらしいなあって思ったのが、ヤツら、徒党を組んで聞きに行ったわけではなく、先生の部屋――音楽準備室に遊びに行って、それぞれ勝手に聞いてきたらしいんだ。

 音楽準備室に遊びに行くってのも、中1ならではの現象だ…って教えてくれたのは和真。

『最初の頃は小学校の延長みたいな感じだし、ホームシックになる子も多いから、先生も好きにさせてくれるんだ』ってことらしい。

 ちなみにNKコンビは中1の頃、先生の部屋で昼寝までしてたらしい。
 すげえ心臓だな。

 和真は行かなかったのか?って聞いたら、『僕は別に避難場所持ってたから』って意味深な答えだったんだけど、それ以上は『ひ・み・つ』だってさ。

 でも、さすがの和真も中1の頃はホームシックになったのかなと思ったら、とんでもない答えが返ってきた。

『僕の場合はホームシックってよりも、そこらで不用意に昼寝してると襲われる危険性があったからさあ、安全な避難場所が要ったわけ』…だと。

 いや、その、お…襲われるって…。
 
 マジでそんなことが…と、さすがの俺もちょっとビビったんだけど、和真は何でもなさげに『ま、こんなに可愛いオコサマも珍しいからさ、ついついケダモノになっちゃうのも仕方ないんじゃない?』なんて、しゃあしゃあと言いやがるし。

 ま、事実だけどさ、可愛いのは。

 でも、口ではそう言いつつも、きっと人知れず苦労したんだろうなあ…って言ったら、更なる追い打ちが…。

『んにゃ。ケダモノ連中も次々と僕の軍門に降って来たから、半年もすれば十分ボディガードは足りたけど?』…だとさ。

 …やっぱこいつ、怖ぇぇ…。



 で、肝心の報告内容なんだけど…。

「でさ、先生なんてった?」

 高3のホルンの先輩が切り出した。

「えっと、センセ、『学校が忙し過ぎて、恋人に逃げられたんだ』って…」

 ヴァイオリンのチビが答えた瞬間、辺りは『やっぱりな〜』『ありそうじゃん、それ』なんて声が上がったんだけど…。


「え? 先生、僕には『恋人が多過ぎてひとりに決められなかったんだ』って…って言ったよ?」

 割って入ったのはチェロのチビ。

 それもありそうなんだけど、『逃げられた』と『決められなかった』じゃ大違いで、辺りは一気に騒然となって、そこへまた新証言が飛び出した。


「違うってば。先生、『過去の失恋を引きずってて新しい恋ができないんだ』って僕には教えてくれたし!」

 今度はクラリネットのチビだ。


 辺りが静まった。
 そして…。

「…いったいどれが真実なんだ…?」

 坂上先輩の呟きに、凪が小さな声で応えた。

「もしかして、『やっとひとりに決めたのに、学校が忙しすぎて構ってあげられなくて、結局捨てられちゃった』…とか?」

 ってことは、つまり、結局の所『振られた』ってのが事実ってわけ?

「でもさ、あんないい男捨てるなんて、オンナの気がしれねーよな」

 高2の先輩が言うと、一同が同意を示して首がもげそうなほど激しく頷いた。

 で、その時。
 天の啓示を受けた先輩がいた。

「そうだ! 誰か渉呼んで来いよ! あいつなら知ってるかもだし」
「ああ、それいい!」

 ほんと、それいい〜。渉なら絶対なにか知ってるはずだ!

 先輩方の指図で、中3の低弦のヤツらが飛び出してった。
 
 で、待つことおよそ15分。

 拉致されてやって来た渉には、何故か桂と直也がくっついてたんだけど、この際そんなことはどうでも良くてだな。

「な、渉。浅井先生って恋人いないのか?」
「お前なら知ってるよな?」
「誰にも言わないから、教えてくんない?」

 誰にも言わないったって、今の段階でもうこの現場にいるの、40人越えてんだけどさ。

 で、渉を怯えさせないようにしてるつもりなんだろう。
 高3の先輩たちは猫なで声で迫るんだけど、その様子はどこか鬼気迫るものがあって、声が優しい分、余計コワい。

 けれど、渉は意外にも、その様子に怯えることなく困ったように首を傾げた。
 
「あの、恋人…とかって…、その、忙しいし、なかなか時間が…とか、ええと、結構大変…みたいな感じ…で、だから…やっぱりそういうわけ…っていうか、わりと…可哀相っていうのも、アレ…なんですけど…」


「「「………。」」」


 まったく要領を得ない渉の回答に、結局『浅井先生は何故独身なのか』の謎は、『大勢の中からやっとひとりに決めたのに、学校が忙しすぎて構ってあげられなくて、結局捨てられちゃった』っていう凪の説が採用(?)になって、『やっぱり先生は『みんなの先生』だから、このまま独身でいて欲しい』って、勝手極まりない意見に落ち着いたのだった。


 なんのこっちゃ、まったく。
 
 あ、一生懸命言葉を探してる渉は、めっちゃ可愛かったけどな。
 え? だから転ばないって。


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