七生くんの『日々是好日』
第3話 「七生、渉に出会う」 |
オーディションで俺は、マジで腰が抜けた。 同い年で、こんな演奏するヤツがいるんだ…って。 桐生渉って、ただ者じゃない。ってか、すでに異次元だ。 先に演奏し終わってた凪が、魂抜けたみたいな顔で見てる。 ただでさえ桐生家のサラブレッドって注目されてんのに、その上『楽器未定』なんていう前代未聞の入部で、『とりあえず』みたいな感じで顧問から楽器と楽譜受け取って、で、この演奏だ。 サラブレッドどころじゃねえじゃん。 俺、マジで凄いヤツと同級になったぜ。 まあ、桐生渉は異次元として、栗山桂も麻生直也も安藤和真も超高校級。 で、そんなやつらの割りを食ってる感じだけど、他の同級のやつらも相当凄い。 おまけに俺と一緒に入った音楽推薦の面々も、さすがに上手くて、やっぱ、ひとりひとりがこのレベルの高さだからこその『あのオケ』ってわけなんだ。 や、だから腰抜かしてるわけにはいかねえって。 だってチェロが終わったら次、俺たちコンバスの番だからさ。 これはもう、メイン入りは当然として、できるだけ上位――叶うなら首席を目指して渾身の演奏するしかないってよ。 うー、燃えてきたぜ〜。 ☆★☆ ってなわけで、オーディションの結果、俺はめでたくコンバスの首席になった。 去年の首席が卒業してたってこともあるんだけど、2年の先輩や3年の先輩も上手かっただけに、ほんと嬉しくて、しかも先輩たちも『オーディションは絶対』ってのが根付いてるせいか、『正真正銘』の俺がいきなりトップに座ることにも違和感なさそうで、『頼りにしてるぜ』とか『史上最強のコンバス軍団になろうな』なんて声掛けてくれて、うっかり目が潤んじまった。 そしたら何故か、『いや〜よく見たら遠山って、可愛い顔してね?』なんて、抱きしめられちゃったんだけどさ。 ……結構有名なんだよな。聖陵学院の『麗しき校風』っての。 ま、仕方ねえか。全寮制中高一貫男子校だもんな。 コレもひとつの『ノリ』ってヤツだ。 それに、俺だって、ダチや先輩後輩の恋愛対象がオトコだろうがオンナだろうが、気にしてないし。 だから、マジなヤツがいたって構わないし。 ただ、俺は女の子の方が好きだけどな。彼女いない歴15年だけどさ。 ま、コンバスが恋人みたいなもんだったし。…って、負け惜しみだけど。 で。 「やったな!凪!」 「うん…うん…」 凪が第6奏者になって、ギリギリだけどメイン入りした。 本人は絶対無理だと思ってたらしくて、もう、号泣一歩手前って感じだ。 そもそも、ヤツ――桐生渉がチェロになったことも当然凪には予想外で、上位の先輩たちは喜んでるんだけど、凪としては心中複雑だったわけだ。 あ、『桐生渉が来たから、自分の順位が下がる』って意味じゃなくて、凪的には、『メインに入れたら渉くんと一緒に練習とかできたのにな』って意味だ。 つまり、凪は端っからメイン入りを諦めてて、せっかく同級生に凄いのが来てくれたのに、一緒に出来ないのは残念だなあ…ってことなんだ。 や、でも確かにあの『才能』の間近で練習できるのはとんでもなく幸せだと思う。 あとは、ヤツがどんな性格してるか…ってとこが心配だな。 凪は大人しい。 多分、芯は強いと思うんだ。それに細かい気配りができる優しさがある。 でも自己主張するタイプじゃなさそうで、クラスの中でも目立たない。 多少の理不尽にも我慢してしまう質じゃないかなあ…て思うんだ。 だから、もし『ヤツ』が我が儘だったり、傲慢だったりして、凪が嫌な目にあうようだったら、俺が何とかしてやんなくちゃ…とか思ってた。 …んだけど。 ☆★☆ その夜、オーディションの結果を受けて、管弦楽部の新しい1年が始まったってことで、早速『楽器別ミーティング』が行われて、その後すぐに『低弦ミーティング』が行われた。 低弦ってのは、チェロとコンバスのことだ。 ちなみに高弦パートは1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ヴィオラの3パート。 管楽器は木管と金管に別れてる。 打楽器はまったく別で、あそこは現在、部長が率いる治外法権団体らしい。 あ、勝手にやってるって意味じゃなくて、首席でもある部長が全権を握って手綱を引いてるってことなんだ…って教えてくれたのは、凪。 それほど、腕に覚えのある強者揃いで個性もキツいらしい。 そんな連中を片手で束ねてしまえるくらい、現部長の里山先輩は凄い人…って言うのは、管弦楽部員の一致した見解のようだ。 みんながそう言うから。 それにしても、凪はチェロのくせに打楽器の内実に妙に詳しくて、なんだか面白い。 で、脱線しちまったけど、俺が言いたいのはこれだ。 チェロの新首席…そう、『ヤツ』だ。 入学式の総代から始まって、とにかく注目の的の桐生渉と、俺はこの日初めて接触した。 ミーティング自体は3年のパートリーダーが仕切ってくれるから、今の段階で俺が何かしなくちゃいけないわけじゃなくて、ちょっとホッとした。 だって、まだ入学一週間だもんな。色んなことに、慣れてないにもほどがあるってことだ。 とりあえず自己紹介して、月末に控えている合宿――黄金週間強化合宿って言うらしいんだけど――に向けての基礎練習のスケジュールの打ち合わせなんかが主な内容になった。 ってか、面白いよな。全寮制なのに合宿って言うんだ。万年合宿みたいなもんなのにな。 あっと、また脱線したな。 ともかくこの場で俺はまたしても驚いた。 凪の百倍くらい大人しいんだ。 桐生渉って。 ずっと伏し目がちで、意見を求められても蚊の鳴くような声で、言葉も途切れ途切れで、まるっきり自信なさげ。 オーディションで弾いてたヤツとはまるで別人なんだ。 中1の子の方がまだ堂々としてるって感じだ。 そんな中1の連中――チェロ・バス合わせて3人入った――ですら、桐生渉については『なんか予想外の人』って認識したみたいで、顔を見合わせてる。 でも、当の本人は、そんな周囲の視線にも気づいてないだろう。 だって、俯いてんだもん。 ま、予想外は予想外だけど、俺はそうも言ってられない。 俺と桐生渉は低弦の首席だ。 コミュニケーション取れなくちゃ困るからな。 「俺も『正真正銘』なんだ。新入り同士、よろしくな」 ミーティングが解散になった時、 そう言ってヤツの肩を軽く叩けば、ハッと顔を上げて俺を見た。 「あ、あの、こちらこそ、よろしくお願いします」 …こいつ、マジで『こんな性格』なんだ…。 だって、漸くそれだけ言って、また俯いちゃったんだから。 「えっと、とにかく、楽しくやろうな?」 「あ、はいっ」 なんか、必死なんだけど、言葉が続かないって感じだな。 そんな、まだまだぎこちない俺たちを、低弦の先輩たちが、優しい顔で見ていた。 ☆★☆ その後、学年ミーティングなんかもあって、俺たち5人の音楽推薦と一般入学の渉は同級生たちに暖かく迎えてもらい、俺たちは急速に親しくなっていった。 渉も少しずつ慣れてきてくれて、可愛い声で『ね、七生はどう思う?』なんて、俺の意見も聞いてくれちゃったりして。 つか、マジで可愛いなあ、渉も凪も和真も。 和真が可愛いのは見た目だけだって、クラスのヤツらが言ってたけど、それでも渉と2人でちんまり座ってる姿なんかみたら、この学校の『麗しき校風』ってのもわかる気がするな。 そりゃ転ぶヤツも出るだろう。 俺は転ばないけどな。 でもさ、渉や和真や凪に転ぶってのは理解出来るけどさ、桂や直也に転ぶっての、どうなんだよなあ。 なんか、大勢転んでるみたいだけどさ。 俺はあんなデカい奴ら、ゴメンだな。 ダチになるには最高だけどさ。 そんなわけで、俺の聖陵生活は順調に始まった。 そしてある日、凪が言った。 「渉が言ってたよ。『七生って、凄くセンス良いよね』って」 俺のガッツポーズに、凪が声を上げて笑った。 |
第4話へ |
どうやら七生くんは、無自覚ながら『攻め気質』のようです(*^m^*)