七生くんの『日々是好日』


第2話
「七生、感涙にむせぶ」



「僕、七生って呼ばせて欲しいなって思ってるんだけど」
「あ、じゃあ俺も凪って呼ぶな」

 同室になる凪はチェロ奏者。

 中等部ではAグループのトップだったけど、メインにはまだ入れてなくて、『今年も全然自信がないんだ。でも、弾くのは楽しいから』って、ちょっと恥ずかしげに笑った。

 俺、ここのヤツらって、みんな目の色変えてしのぎを削ってるんだとばかり思ってたから、ちょっと意外で、ちょっとホッとした。

 俺も、音大行ってプロ奏者になりたいと思ってるから、 精一杯努力はするつもりだし、やる気満々だけど、基本の『楽しむ』って部分を忘れたくないよな…って感じてたから。


 と、視界の向こうを、長身の男前が2人して、小柄なヤツを連行ポーズで連れて行くのが見えた。

 結構周囲が注目している。


「あれ? NKだ。誰連れてんだろ?」

 凪が言った。

「NK?」

 なんだ、それ。

「あ、うん。どっちも同級生なんだけど、左のワイルド系が、今トップサイドで次はコンマス確実じゃないかって言われてる栗山桂。栗山重紀っていう有名なフルーティストの息子なんだ」

「えっ、マジで?」

 驚いた。高1でコンマスってのと、栗山重紀って、弦楽器の俺でさえ知ってる超有名な音楽家だから。

「気さくで面白いヤツだから、すぐに仲良くなれると思うよ。で、反対側の甘系が麻生直也。中等部で部長やってたヤツで、フルートの次席。こっちも多分、今年は首席だと思う。でもって、親父さんはあの、『麻生隆也』だよ」

「ええっ?!」

 驚いてばっかりだ。だって…。

「麻生隆也って、まさか、あのイケメン政治家の?」
「そう、それ」

 あんなデカイ息子がいるんだ。
 麻生隆也って確かまだ若かったはずだけど…。
 いくつなんだ、いったい…。


「で、直也と桂…だから、通称『NKコンビ』。2人とも陰日向のない性格でさ、面倒見もいいし、今のところ学院一の有名人ってところかな」

 ふうん。

 顔良し、スタイル良し、性格良し、実力良し、家柄良し。
 そんなヤツ、いるんだなあ、ほんとに。

「あ、ちなみに成績もいつも2人で学年ワンツー」

 …なんだ、そりゃ。できすぎだろ。少女マンガかっての。


「で、その人気者が挟んで連行してる、ちっこいヤツは?」

 ちらっと見えただけでも、相当可愛い顔だったような気がするけど。

「…知らないなあ…。でもなんか、どっかで見たことのある顔……」

 考え込んだ凪が、『あっ』と声を上げた。

「フルーティストの奈月葵さんにそっくりだ」
「ってことは、もしかして」

 俺が師匠に聞いた、あいつか? 


「そうだよ。浅井先生の甥っ子。受験したんじゃないかって噂だったんだ」
「チェリストの桐生守の息子…ってヤツか」

 あんな可愛い顔してたなんて。ちょっとびっくり。

 奈月葵ってフルーティストも超有名だし、桐生守の弟だってのも知られてることだから名前は知ってるけど、俺、あんまり管楽器聞いてないから、顔までは知らなかったんだけどさ。


「ってことは、音楽推薦の入試の時にいたんじゃない? 七生、会った?」

「あ、ううん、それはない。俺、師匠に聞いたんだけど、あいつ、一般入試で入ったってさ」

 同じ日だけど試験会場が違うんだ。推薦と一般は。
 テストの中身一緒なのにさ。

「えっ? ほんとに?」

 凪が目を丸くする。

「うん」

「ってことは、音楽やってないのかなあ」

「さあなあ。でも音楽やるなら普通は推薦で来るよなあ」

「うん、僕もそう思う」

「ってか、そもそも何の楽器やってんのかって話だよなあ」

「ああ、それ、全然伝わって来てないし」

「ピアノとかだったら関係ないじゃん?」

「だよね」


 なんて、あーでもないこーでもないと、連行されてったチビっこを肴に盛り上がってるうちに、寮についた。


 俺、『学校案内』ってパンフで一応寮の写真も見てたんだけど、あんなのって、住宅メーカーのパンフと一緒で、出来たての時の綺麗な写真が載ってるだけだろうから、全然期待してなかったんだ。

 でも、マジで写真通りで驚いた。

 高校生っていう、一番汗臭そうな時期のむさ苦しいオトコばっかが住んでるとは思えねえんだ、これが。

 ま、入寮でごった返してる中にはもちろん、絵に描いたような『むさ苦しいオトコ』もたくさんウロウロしてるんだけどさ。


 でも、この分だと掃除とか厳しそうだなあと思ったら、案の定、凪の答えは『うん、掃除とか寮内のルールは厳しいよ』って。


 …掃除…か。大丈夫かな、俺。
 家では週に一度はかーちゃんから『明日もこの状態だったら、床の上のもの、全部捨てるわよっ』って怒鳴られてっからさ。


 それから凪は、学校のこと、寮のこと、部活のこと…等々、たくさんのことを教えてくれて、しかも『いっぺんに言われても…だよね。これから色んな事あると思うけど、その時々でやっつけていこっか』…なんて、気遣いもくれて。

 実質6学年の途中編入みたいなもんだから、馴染んでいけるのかなあ…って、ちょっと心配だったんだけど、これなら大丈夫って感じ。


 おまけに…。


「なにこれ、めっちゃ美味い」
「だろ?」

 凪がニコッと笑う。

「いつもこんなに美味いの?」

「そう。長期休暇で実家に帰って一番嬉しいのが夜更かしとゲームできることで、一番つらいのがこれ。ここより家のご飯の方が美味しいってヤツ、そんなにいないよ」

「だろーな…」

 そう!寮のご飯がめちゃめちゃ美味いんだ!

 味なもちろん見た目もきれいで、食欲倍増って感じ。

 うちのかーちゃんも、それなりに頑張ってっけど、俺もう帰りたくないかも。
 ううっ、感涙ものだぜ、これは。


「今夜は入寮の夜だから同じメニューだけど、明日からは、二種類から選べるようになるんだ。朝、メニューがわかるから、どっちにするか、予約もできるよ」

 すげー。選べるんだ。

「あ、でも、朝から夜まで間に気が変わったら?」

 俺の質問に、凪が笑う。

「あるある、そう言うの。その時は、トレード相手を探すってことだよ」
「なるほど」

 みんな、上手くやってんだ。

「ちなみに、迷ったときは予約しないって手もある。人数分は確保されてるわけだから。ただし、食べたくなった方が残数ゼロってこともなくはないけどね」

「うー、明日から楽しみだな〜」

「あ、でも、年に何回かは統一メニューだな」

「へえ、そうなんだ」

 なんでか…なんて、特に気にもしなかったんだけど…。

「そういうときは大概、ピーマンの肉詰めとか…だけどさ」

 ニタッと笑う凪に、俺は『げっ』っと返す。

「ふふっ、七生もピーマン苦手なんだ?」

「ってか、好きなヤツいるのかよって話?」

「だよねえ」


 こんな風に話も盛り上がりつつ食うと、一層美味い感じがする。

 ちなみに朝は日替わりの一律メニューで、昼は普通の高校と同じような感じらしい。

 あと、朝に予約しておくと、弁当ってのもあるらしい。

 さっさと食べて練習に行きたい時とかいいよ…って、凪は教えてくれた。



 で、晩飯済ませて部屋へ戻ろうとした時。

「あ、和真ちょっと!」

 凪が誰かを呼んだ。

 声の先には……なんだこれ、なんで男子校に美少女がいるんだ?
 しかも男装だし。


「なに〜? あ、『正真正銘』くん?」

 あ、声は女子じゃねえな。ちょっと高めだけど。
 ってことは、ヤッパリ男子か。オソロシイ…。


「そう、コンバスの『正真正銘』」

 なんだ? 正真正銘って。

「はじめまして。僕、安藤和真。オーボエなんだ。よろしくね」

「あっ、どうも。俺、遠山七生、です」

 見惚れちゃうじゃん。なんでこんな可愛いオトコがいるわけ?

「コンバスって、今年も倍率凄かったって聞いてるよ。その中で合格ひとりだろ? めっちゃ楽しみだなあ」

 ニコッと笑う、ええと…安藤だっけ…は、とんでもなく可愛い見た目なのに、なんだかやたらと堂々とした感じだ。

 物怖じしないっての?

 それから二言三言話したところで、可愛いこちゃんは誰かに呼ばれて駆けてった。


「和真も直也と同じで、管楽器の最速タイ記録の中2で次席になってるんだ。今年はもう、首席当確って感じ」

 ちっこい背中を見送って、凪が教えてくれたんだけど…。

 …なんか、同級生に優秀なヤツ多いな…。負けてらんないぞ、これは。


「そうそう。和真は中等部の生徒会長だったんだ。高等部生徒会長ですら一目置いてた『切れ者』なんだよ」

「…あの可愛さで?」

 や、見た目で判断しちゃダメなんだけどさ。

「ギャップ激しいだろ?」

「確かに」

「ま、うちの学年は特に優秀なの多いし、結束固いし、そこへやってくる『正真正銘』だから、みんな楽しみにしてたんだ」

「えっとさ、『正真正銘』って…?」

「…あ、ごめんごめん。あのさ…。」

 そうして俺は、『正真正銘』の意味を聞いた。


 このガッコ、結構独自の色々があって面白そうだ。

 ほんと、入れてよかった。ワクワクしてきたぜっ。



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