三の巻




「あと15分だな」

 警部はイライラと何度も時計を見ている。

 警視は無線であちこちに指示を出している。

 葵先生は・・・。
 先生は、こんな時に居眠りしている・・・大丈夫なのかな〜。
 
 僕は落ち着かなくなって部屋の中を見まわした。
 リビングは普通の家に比べたらかなり広いのだけど、その広いリビングが狭く感じるくらい警官たちがひしめいていた。

 ざっと数えても20人くらいの警官がリビングにいる。その他に廊下や二階にも警官達がいるのだから、いったいこの家に今何人の警官がいるのだろう?


 周りを見ていた僕は、ふとあることに気がついた。

 この部屋の中にいる警官たちが皆若くて見た目がいい、どちらかと言うと美青年という部類に入る人達なのだ。


 なんてことだ!

 僕はやっと気が付いた。この部屋にいる警官全部がオトリなんだ。



 ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・



 柱時計が午前0時を知らせる鐘の音で全員ハッと時計の方を見た。

 怪盗Hが予告して来た時間・・・何も起きない。

 やはりこの警備の数に恐れをなしたのか、とホッとしかけた時、突然部屋が真っ暗になった。

 とたんに周りの警官たちが桐生警視の指示のもと動き始める。

 僕がオロオロしている内に、廊下の方から、ひゅうと風が吹き女の人の悲鳴みたいな変な声が聞こえてきた。


 その声はどんどん僕達のいるリビングに近づいてくる。

 そこで僕はハッと気が付いた。
 葵先生は、さっき居眠りをしていた。起きていなかったら大変だ!

 僕は暗い中を葵先生に声をかけてみた。

「先生、葵先生・・」

 耳を澄ましてみると微かに先生の寝息が聞こえる。ど、どうしよう・・

 変な声はとうとうこのリビングの前に到達した。


「あぁん・・」
「ふ・・やっ・・」
「は・・あぁ・・」
「やぁ・・ん」
「ひ・・あぁぁ」
「あ、はぁぁ・・ん」
「い・・・あっ、あぁぁ」
「あ、それ・・いぃぃぃぃ!」(いい?)
「もっとぉぉぉぉぉぉ!!!」(もっとってなにを?!)

 部屋のアチコチから声が上がる。



 ついに、僕の脇を衣擦れがして、誰かが脇を抜けて葵先生の方へ向かっていく。

 警察は何をしているのだろう、浅井警部は?桐生警視は?

 葵先生〜起きてください〜〜(泣)

 そんな僕の心の声はもちろん寝ている葵先生には聞こえない。

 もう考えている余裕はなかった。僕は葵先生のいる方向に向かって駆け出していた。

「葵先生!逃げて〜〜!」

 そう叫びながら僕は、そこにいた人物にタックルした・・つもりだった。

 耳元で極上の声で「ふふふ、こんな可愛い子猫ちゃんが自分から飛び込んできてくれるなんて・・」と囁かれた次の瞬間、僕の頭は真っ白になっていた。

 そして、意識の遠くの方で自分の声とは思えない、そうさっきまで聞こえていた変な声と似たような甘ったるい声だけが聞こえていた。

 結局、何が起きたのか後で考えても説明できない。

 あれは、今まで僕が経験したことのない強烈な体験だった・・・。

 その瞬間は、まるで、時間がゆっくりと流れているようだった。




 微かな意識のなか、桐生警視が掠れたような力ない声で葵先生を呼び、誰かに電気をつけるように叫んでいるのが聞こえる。
 そして、あの男の声も不気味に響く。

「ふっふっふ、とうとう会えたね奈月葵くん。」

 あぁ、もうダメか・・・と思った瞬間。


「な、なに・・そんな・・まさか!」

 男のうろたえた声が聞こえた。と同時に部屋に灯りがついた。

 一瞬、目がくらみながらも僕は目の前で対峙している二人の人物にクギ付けになっていた。

 一人は葵先生。
 もう一人はシルクハットに全身を包むマント、怪しげな紫のマスクをした怪盗H。

 怪盗Hの方は驚愕していた。
 そして、彼の前に立つ葵先生は壮絶なまでに美しく微笑んでいた。



「やはり、思ったとうりでしたね、怪盗H。伊賀流忍法《褌おろし》」

「まさか、君が甲賀流の忍法の使い手とは思わなかったよ。奈月葵君」

「ふふふ、あなたのその馬鹿げた技を返せる唯一の技《褌おろし返し》。僕がその技の使い手だったのがアナタの運の尽きですよ」

「ふ、可愛い顔をして、なかなか侮れないね葵君。しかし私はそう簡単にはつかまらないよ」

「果たして、そうですか?」

 見ると怪盗Hの手首には手錠が、そして手錠にはロープが繋がっていてロープの端を持つ葵先生の後ろにはいつの間にか屈強な警官達が控えている。

 怪盗Hの後ろにはリビングから広い庭に繋がる大きな窓がある。見ると窓の外にも大勢の警官たちが怪盗Hを捕まえようと待ち構えている。

 まさに八方塞と言う状態なのに、怪盗Hは不敵に笑いマントを翻した。
 と同時に窓が開く。

 すかさず、先生はロープを引っ張るが手錠がはめられているはずの手首が突然とれて先生はバランスを崩す。
 見ると手錠がはまっている手首は作り物になっている。

 飛び出してきた怪盗Hを捕まえようと外にいた警官達が一斉に飛び掛った、がその瞬間彼の体がフワっと宙に浮いた。

 警官たちはバタバタと倒れて、まるで有名な泥棒のアニメの1シーンみたいだった。

 怪盗Hは気球にヒラリの乗り込み、ニヤリと笑い丁重にお辞儀をした。


「それでは奈月葵くん、また会おう。はははははははは・・・」


 高笑いと共に怪盗Hは夜空の中に消えていった。

 そして、これが美少年探偵奈月葵先生と最大の宿敵怪盗Hとの衝撃の出会いだったのだ。




 僕は腰が抜けたようで、なかなか立ち上がれずにいたら、葵先生が起こしてソファに運んでくれた。

「ごめんね、藤原君。守ってあげられなくて。」
「そんな・・せんせ・・」

 僕はブンブンと首を振って、緊張がとけたせいかふにゃ〜っと泣いてしまった。

 先生はぼくの頭をなでながら、いたずらっぽく笑い
「でもね、パンツは盗り返しておいたからね。」
と言い。僕のグンゼのパンツをコッソリ渡してくれた。

 あ・・僕、パンツ盗られていたんだ・・。

 時間がなくて藤原君のしか取り返せなかったんだけどね、と言われて僕は周りを見まわして、初めてその部屋にいる警官達がほとんど腰が抜けた状態でボーゼンとしていることに気が付いた。
 中には悶えている者もいる。


 そしてその中には、なんと浅井警部の姿までが!

 桐生警視はなんとか立っているけど何か顔が色っぽくて周りにいる警官達が顔を赤らめている。

 恐ろしいことに、怪盗Hはあの短い時間、しかも暗闇の中で見た目の綺麗な警官だけを選びパンツを奪っていたのだ。


 結局、僕らは怪盗Hを捕まえることは出来なかったけど、葵先生のパンツを奪われることはなかった。

 でも、僕の頭の中には奴の残した最後の一言がいつまでも離れようとはしなかった。


「また会おう」それは確信にも似た言葉。



 その夜、満月の空に不気味な高笑いがいつまでも響き渡っているような気がした。



END・・・と思いきや、華麗なるおまけへGO!