二の巻
一方、ここは某所某ビル内33階の一室・・・ 男は朝、自分のオフィスに来ると必ずする日課があった。 まず、出社し秘書たちに挨拶すると、自分のオフィスの入り、少し瞑想したいからと言い訳し、施錠する。 そしておもむろにデスクの一番上の引き出しの天面を探り、隠されていたボタンを押す、するとオフィスの右面の壁が開き、壁全面にガラス張りの陳列棚が現れた。 そして、そこにが整然と陳列されているのは、色とりどりの男モノのパンツ。 男の朝のささやかな楽しみ、それは、かわいい第二秘書が淹れてくれたコーヒーを飲みながらこの陳列棚のコレクションを眺めることなのだ。 種類も様々な98枚のパンツ、それぞれに写真とプレートが添えられていて誰のもので何時盗まれたものかが丁寧に記されている。 『98人のハニー達』 彼はそう呼んでいる。 コレクションにはトランクス、ブリーフはもちろんのこと、中には褌までも入っている。 褌ならそう簡単に取られはしまいと思ったのだろう。 だが、伊賀忍法の流れを汲む男の技は本来褌を抜き去ることを目的に編み出されたものなのだ。 相手の褌を抜き取り戦意を喪失させたところで捕らえる、その名も忍法『褌おろし』。 そして、コレクションの最後に何も飾られていない空間にプレートが一枚、そこにはすでに名前が書かれている。書かれている名前は新進気鋭の音楽評論家の本名。 男は懐から、一枚のパンツを取り出しプレートと共に丁重に陳列する。そして一枚の写真を取り出しそっと口付けをして語りかけた。 「素晴らしかったよ、陽日くん」 これで99枚目。後一枚で100枚達成だ。男は100枚達成したら考えていたことがあった。 それは、海外進出だ。 コレクションを見つめていた男が一際異彩を放っている真紅の薔薇と 『I Love You』の刺繍がしてある黒いスケスケのTバックに目を止め、フッと笑いをもらした。 「館林め・・」 コンコンコン・・ 男の至福のひとときを邪魔する無粋な音の主。それは秘書室長にして彼の第一秘書。 「会長、もう、よろしいでしょうか?」 男はすばやく壁を閉じて自分のデスクにつき、第一秘書を招き入れた。 「おはようございます。会長。」 と、目を通さなければ行けない書類を渡されるが、それを放って今朝の朝刊に目を通す。 今日もどの新聞も怪盗Hのことで一杯だ。ニンマリ笑いながら、第一秘書を見やり尋ねた。 「おい、和彦、淳の様子はどうだ?」 第一秘書はピクッと頬を引きつらせ 「ええ、まぁ、かわいそうにあんなことがあって動揺していましたが、大分落ち着いてきました。」 「ほう、それはよかった」 「ええ!」 ホントに良かったとは思えない口調で第一秘書はその話題を早く終わらせようとしている。 最近この第一秘書は機嫌が悪い。 原因は彼の最愛の第二秘書が怪盗Hの被害に会い、以来、第二秘書が何をやるにしてもどこか上の空だからだ。ショックを受けて落ち込んでいると言うたぐいのものではない、ソワソワして落ち着きがないのだ。 「それでは、本日の日程ですが・・・」 その話は終りとばかりに、第一秘書がその日のスケジュールをまくしたてているが、男はまるで聞いていなかった。 彼は新聞のある記事にクギ付けになっていたからだ。 記事の見出しには『美少年探偵、怪盗Hに挑戦状?!』とあり、警察が美少年探偵として有名な奈月葵に捜査協力を要請したと言う内容の記事と極上の美少年の顔写真が掲載されていた。 (ほう、これは素晴らしい!美少年探偵か・・面白い。その挑戦を受けようじゃないか。待っていたまえ、100人目のハニーは君だ!) 「・・・・・ちょう、会長、何を待つんですか?まったく、何をニヤニヤ笑っているんです。ちゃんと私の話を聞いていたんですか?!」 「ああ、いや、何でもない。ああ、聞いていたよ。分かったから、もう行っていいぞ」 プリプリ怒りながら第一秘書は出て行き、残された男は再び新聞の美貌の少年を見つめた。 「美少年探偵、奈月葵か。ふふふふ、ははははははははははは・・・・・」 ぶる・・・ 突然先生が身震いして寒そうにしているので、僕は心配になり尋ねた。 「先生、風邪でもひかれたんですか?何か温かいものでも持ってきましょうか?」 「うん、大丈夫ちょっと悪寒がしただけ、風邪じゃないよ。でも、温かいものは貰おうかな。」 僕らはここ数日依頼人の家を回り、事情聴取した資料に目を通したりしていた。 その間にも、追いかけてくるマスコミに対処したりしなければならなかった。 幸い、約束どおり警視がずっと同行していたのでしつこく追い回されることはなかったけど。 この後も、警視達が持ってくる現場検証の資料や他の被害者の調書をいっしょに検討していくことになっている。 「ねぇ、藤原君。被害者たちの話を聞いてみてどう思った?」 「う〜ん・・・皆さん被害者なのに被害者らしくないと言うか・・怒っていないような・・」 「うん、そうだね。皆被害者本人よりも周りの人間のほうが大騒ぎしていて被害者本人は嫌がっていないような反応だったよね。いや、むしろどこか喜んでいるような節があるよね。」 「はい、被害者のほうは事情聴取にもあまり協力的じゃないし」 まぁ、中には協力的な人もいたけど、その人は怪盗Hを捕まえたら警察に内緒で自分のところに連れてきてほしいなんて言っているし。 僕は調書に目を落とした。 調書No,1 −−−依頼人:企業会長令息Tの妻、Nの場合 A,『失礼ですが被害に遭われたときの状況を伺いたいのですが。』 N,『え?』(赤面) A,『怪盗Hはどうやってあなたから、その・・パンツを奪ったのでしょうか?』 N,『え?!怪盗H?!わちゃ〜!』(持っていたお茶をこぼし、慌てふためく) T,『あ!直、大丈夫か?!』 N,『へ、平気、平気。あ〜、あのどうやったのか全然わかんねぇんだよ、ホント。気づいたら盗られてたって感じで・・何が起きたかもわかんなかった。』 T,『直、嘘を言うな。あの時お前、妙な声をあげたじゃないか。何をされたんだ?! あんな声ベットの中でしか聞いたことがないぞ!!」 N,『お、おい!智!おまっ・・何てこと言うんだ!!』 A,『まぁ、前田さん落ち着いて・・』 T,『ほう、違うって言うのか?じゃぁ確かめてやる』 N,『わ〜!!バカ智なに考えてんだ〜!!』 T,『それじゃ、奈月さん捜査のほうよろしく。俺達これで失礼します。』 TがNを担いで寝室に行ってしまったので、事情聴取は終了。 調書No,2 −−−依頼人:京都在住大学生Yの友人、旅行代理店勤務Cの場合 A,『それでは被害に遭われたときの状況を聞かせてください。』 C,『え?被害って?』 Y,『もう、ちさとさん!あの変態にパンツを盗まれたことですよ!』 C,『あ〜(赤面)』(思い出しているらしい) Y,『ちさとさん!!なにボ〜っとしているんですか!』 C,『あれ〜・・笠永くん何怒ってるの?』 Y,『・・・』(ガックリうなだれている) 調書No,3 −−−依頼人:S学院生徒の場合 テニス部T,『な・・怪盗H(赤面)うぁ〜〜〜〜〜!!(脱兎)』 テニス部後輩Y,『せ、先輩〜!!』 バスケ部マネージャーT,『え?あ、あ・・あの・・」 バスケ部先輩R『た、貴史、ほら深呼吸しろ』 管弦学部トランペット奏者H,『オ、俺はのぉぱんだぁぁ〜〜〜』 管弦学部クラリネット奏者K,『は、羽野〜!!くっそう!怪盗Hめぇぇぇ!!』 管弦学部バイオリン奏者N,『え?僕怖くて何が起こったのか分からなかったんだよね〜』 管弦学部顧問M,『ウソを言うな昇・・・』 N,『え〜僕、ウソなんていってないも〜ん』 M,『お前最近大量の下着を通販で買ったらしいな。しかも、俗に「勝負下着」と言われるようなヤツを・・』 N,『え?・・・・あ、あれは!な、直人の為に・・・その・・』 M,『ほう(ニヤリ)それじゃぁ、今夜は買った下着の分だけサービスしてもらおうか。』 N,『げ・・!』 学院長,『え?盗まれた時ですか?そう、あれはどう表現したらいいんでしょう・・あの、めくるめく官能・・ああ、あの時の体験を、またできるだなんて・・』 探偵A,『また?』 学院長,『あ、いえ、あの、そう、初体験の時初めていった時の頭がスパークしたような、そんな感じなんですよ。わかります?探偵さん(クス)』 管弦学部顧問M,『院長!いったいあなたは何を言っているんです!相手は未成年なんですよ!』 学院長,『だって〜』と膨れっ面をする中年男。 M,『あんな変態をこれ以上野放しにしておけない!被害に遭った生徒たちの精神的ショックを考えたら・・』 学院長,『ショック?(クス)あ、いや・・オッホン、まったく、ゆゆしき事態です!ところで、探偵さんこの後お茶でもどうかな?』 M,『院長!何言っているんですか!まったく、あなたは。犯人を捕まえたいと言う気持ちがないんですか?』 学院長,『ありますよ〜。私だって被害にあったんだし〜、でも犯人を捕まえるのは警察のお仕事じゃ・・・』 M,『警察じゃ頼りにならないから、こうして探偵の先生にお願いするんです。だいたいあなたは、私が言わなきゃ何もしようとしないし。まったく(昇のヤツ、今夜はたっぷりお仕置きだ〜!)』 学院長,『まぁまぁ、光安先生落ち着いて。ほら、くり饅頭おいしいですよ。イライラした時には甘いものが一番ですからねぇ』 M,『院長!』 調書を見ていた葵先生が言った。 「このS学院の院長やっぱり怪しいね。何か隠してる。犯人に心当たりがあるんじゃないかな」 「え?犯人を知っていているってことですか?」 「うん。そんな気がする」 葵先生の直感はよく当たるんだ。 その時警視が入ってきた。 「あ、おかえり〜悟」 「ただいま、葵」 「おかえりなさい、警視。浅井警部は?」 「ああ、今資料を持ってくる」 「僕、お手伝いに行ってきます」 駐車場の方に行くと、警部が紙袋を2つ持って現れた。 「あ、警部。僕一個持ちます。」 「おお、藤原少年。重いぞ、持てるか?」 「持てますよ!僕だって男なんだから!」 プゥとふくれて、荷物を受け取るとこれが結構重たい・・・。 意地になってヨタヨタと歩く僕の後ろから警部のクスクス笑いが追いかけてきた。 ふと前を見ると、玄関の前に小さな男の子が立っている。 「あれ、あの子誰だろう?」 「え?何が・・」 浅井警部が後ろから顔を覗かせた。 「ほら、あの子ですよ。ねぇ、坊や家に何か用?」 僕は男の子に声をかけた。 その小さな男の子は幼稚園の制服らしきセーラー服を着ていた。すごく可愛い男の子だ。 男の子は僕らの方に歩いてきて、僕に1通の手紙を差し出した。 「どうしたのこれ?」と言って手紙の宛名を見ると先生宛になっていた。 差出人は・・・ 「け、け、け・・けいぶ!」 「どうした、藤原少年、けっけっけって何かおかしいのか?」 なんて冗談を言っていた警部も、僕が見せた手紙の差出人の部分を見て顔色を変えた。 そこには筆記態でただ「H」とだけ書いてあった。 「これは!怪盗Hからの・・坊や!この手紙どうしたんだ?!」 「あのね、みちで、おじちゃんがこれをとどけたらチョコくれるって」 男の子はチョコレートを差し出して見せた。 「どこでそのおじちゃんに会ったんだい?」 「んとね、そこのかどで、くるまにのってたよ。それでね、」 「ちょっと、藤原君、この子頼むね。」 言うと浅井警部は門を飛び出していった。 僕は手紙のことを警視と葵先生に知らせるために男の子を連れて中に入った。 「今宵午前0時、あなたのパンツをいただきに参上します。 怪盗H」 手紙にはたった一行書いてあるだけだった。 手紙はすぐに鑑識に回され、警視が一二本電話をするとすぐに家の周りに車が何台もやってきて警官たちが家の周りや庭部屋の中で配置につき始めた。 家に中に警官たちが溢れ返り、佳代子さんは張り切って炊き出しを始め、僕も手伝わされる羽目になった。 「それで、そのおじちゃんはどんな顔をしていたか覚えている?」 「ん〜とね、おひげがはえていたよ。」 「おひげか、どんなおひげだったかなぁ?」 警視に知らせるとすぐに人相書きを描ける刑事さんが呼ばれ、男の子から男の特徴を聞き出している。 浅井警部は周囲で聞き込みをしたが何も収穫がなかった。 「坊や、その男は他に何か言わなかったかな?」 浅井警部は、男の子にケーキを出してあげ、男に会ったときのことを詳しく聞き出している。 男があげたチョコレートは指紋検出の為に鑑識に回されてしまった。 「ん〜と、えと、そうだ、じゅうねんごにまたあおうねっていってた」 「ふざけたことを〜!」 結局、男の子からはそれ以上の情報は引き出せず、彼は思いがけずケーキを食べられ、おみやげにと佳代子さんの手製のクッキーをもらってホクホク顔で帰って行った。 「あの警部、葵先生は?」 「ああ、警視と一緒に多分リビングにいるんじゃないか。」 「それがいないんですよ」 「どうした?藤原少年。心配なのか?」 「当たり前ですよ!もしも先生の身に何かあったら・・僕・・」 「あぁ、ほら泣くな。こんな警官たちが守っているんだ、絶対大丈夫だ。」 「ヒック・・本当?」 「俺達が体を張って守るから」 警部は僕の頭をクシャクシャにして言った。 「あ〜!祐介、藤原君を泣かせちゃダメだろ〜」 葵先生が警視と二階から降りてきた。 「あ、葵〜。人聞きの悪い事言うなよ。」 「せんせ〜」 僕は先生に飛びついた。 「藤原君どうしたの?」 「こんなに沢山警官がやってきて緊張しちゃったみたいだぞ。」 「そっか。藤原君、怖かったら今夜はホテルに泊まる?」 僕はブンブンと首を振った。先生を放って僕だけ逃げるなんて出来ない。 「ところで、先生二階で何していたんですか?」 「うん?うふふふ」 「げほげほ・・・」 「あれ?警視、風邪ですか?」 「あ、いや・・」 「大丈夫ですか警視。顔が赤いですよ」 「うふふ、大丈夫、大丈夫。それどころか、すご〜く元気だよ(クス)」 よく見ると浅井警部も顔を赤くしている。 「あれ?警部どうしたんですか」 「いや、大丈夫」 それにしては、警部、元気がないけど・・ 結局、その日は佳代子さんのお手伝いや、先生や警視達と事件の調書を検討してあっというまに過ぎてしまった。 そして、とっぷり日は暮れて、現在時計の針は夜の11時45分を指している。 ど、どうしよう・・僕、ドキドキしてきちゃった・・・ |
その3へ続く! |