一の巻




 さわやかな朝、ここは小鳥のさえずりも聞こえるバラ園に囲まれた、とある瀟洒な洋館--

 僕の名前は藤原彰久。
 美少年探偵と世間で評判の奈月葵せんぱ・・じゃなかった、先生の助手をしています。


 僕の朝の日課は、葵先生を起こし、郵便物と新聞を取りに行き、先生の為にモ-ニングティーを用意することから始まます。



 トントントン・・・

 今日もキッチンに入っていくと家政婦の佳代子さんが軽快に大根を刻んでいる。

 僕がキッチンに入ってきたのに気づいた佳代子さん振り向いた。


「あら、おはよう、藤原君。」
「おはようございます♪」
「葵様はもうお目覚め?」
「はい、もうすぐおりて来られると思います。」
「お湯、もう沸いているわよ」
「ありがとうございまぁす」


 僕は、ティーポットを用意しながら、今朝の献立を見た。

 この家の食事は家主である有名ピアニストの先生の主義で朝昼をしっかり夜は軽くというスタイルなんだ。(美容のためなんだそうだ)

 今朝は、豆腐とナメコの味噌汁にダシ巻き卵と筑前煮、鮭と豆の混ぜご飯に大根とホタテの貝柱のサラダ、それから、ワァ!今日は佳代子さんお手製のがんもどきだぁ。

 このがんもどきは朝出来たての豆腐で作るのだけど、揚げたてのアツアツに京風のダシをかけて食べるのがたまらないんだ。


 僕がうっとりそんなことを考えていたら、葵先生がおりてきて僕達に声をかけた。

「佳代子さん、藤原君、おはよう。わぁ、今日は佳代子さんのガンモか、やった〜♪」
「「おはようございます」」

 ん〜、今日も先生は超美人♪

 いつもと同じ素敵な朝のひととき。



「すぐに、用意ができますからね」と言う佳代子さんをキッチンに残し、僕は用意していたティーセットを持って、葵先生とダイニングルームへ向かった。

 紅茶を飲んでいる先生に僕は朝刊と手紙を持って行く。

 先生はまず朝刊に目を通す。その間に僕は依頼の手紙と個人宛の手紙を分け、依頼の手紙だけ開封していくのだ。


 朝刊を読んでいた先生が突然声をあげた。

「今日も、怪盗Hの記事ばかりだ、今月に入って57件目だね」
「ええ、確かここ二ヶ月半で99件目です。」


 怪盗Hとは最近巷を騒がせている怪盗で、ちょっと変わったものを盗むということでも話題になっている。

 何を盗むのかと言うと、それは「美少年のパンツ」。

 ただパンツを盗むだけならただのケチな下着泥棒だけど、この怪盗の凄いところは、美少年が今、正に履いているそのパンツをズボンを脱がせずに剥ぎ盗るという、まるで奇術のような技で盗むんだ。
 被害に遭った人は職業も様々だ。
 有名人もいれば、秘書、旅行会社の社員、大学生、高校生もいる。
 しかし彼らに共通していることは皆すごい美形であること。
 

 そして、この怪盗は必ず予告状を出す。

 普通は男がパンツを盗まれたなんて、恥ずかしくて警察には言えないから、表沙汰にならないはずなんだけど、この怪盗はよほど自己顕示欲が強いのか、警察にも予告状を出し彼らが待ち受けているところを隙をついて神業的に盗むのだ。


 でもさ、男のパンツだけ盗むなんて変な泥棒。

 なんて考えながら、何気なく開封していた手紙の差出人の名前を見て、僕は素っ頓狂な声をあげてしまった。


「先生!この手紙見てください!」 

 と先ほどの手紙を先生に差し出す。
 差出人の名は、さる大企業の会長令息で、怪盗Hの最初の被害者の夫にあたる。


(あれ?でも怪盗Hが狙うのは美少年のパンツだよね。なんで美少年に旦那さんがいるの???)

 困惑している僕をよそに先生は依頼の手紙に目を通していく。

 結局その日来た依頼数件は全部、怪盗Hの被害者からのモノだけだった。

 内容はどれも似たようなもので、怪盗Hを捕まえてくれというもの。


「ホントだ、僕この人のキャラクター大好きなんです」
「この学園はたしか一晩のうちに10人くらい被害に遭ったんだよね」
「ええ、被害者の中には学院長もいたとか」
「ふぅん。でも、美少年で学院長というのはちょっと無理があるよね」
「そう言えばこの人以外、被害者はみんな10代から20代ですね。」
「何か意味があるのかな・・・」


 先生が考え事を始めた丁度その時、玄関の方から人の話し声が聞こえた。

 僕が慌てて玄関に行くと、そこにはこの家の長男で警視庁の警視の桐生悟さんがいた。


「おかえりなさい、桐生警視。お疲れ様です、今日も朝まで仕事ですか?」
「あぁ、ただいま藤原君・・」

 桐生警視が何か言おうとした時、警視の後ろから声がした。

「よぉ、おはよう藤原少年。そうなんだよ例の怪盗Hのせいでこっちはてんてこ舞いだよ」
「あ、おはようございます。浅井警部」

 この人は警視の部下で葵先生の親友でもある浅井祐介警部。

「葵は?」

 警視が尋ねた。

「はい、もう起きて手紙に目を通していらっしゃいます。朝ご飯ももうすぐ出来ますから」

「そうか、葵に話があるんだが、とりあえず朝食をたべてからにするか。浅井、お前も食べるだろう?」

「もちろんです」

 浅井警部は、よくこの家にご飯を食べにくる。たぶん葵先生目当てなんだと思う。



「怪盗Hの事件は警視が担当なんですか?」
「ああ、それが?」
「実は・・」

 僕は今朝の依頼ことを警視に話した。

「そうか、ちょうど良かったな・・」
「え?」
「まぁ、その事は後にして早く朝食をたべましょう。ね」

 ぼくがポカンとしているとそう言って、浅井警部が僕達を急き立ててダイニングルームに向かった。


 僕達がダイニングルームに入って行くと葵先生が読んでいた手紙を置いてうっとりするような笑顔をみせた。

「おかえり、悟。お仕事お疲れ様」
「ただいま。葵の顔見たら、疲れなんかどこか行っちゃったよ。」


 いつも思うのだけど、こんな風に見つめ合う二人を見ていると、なんだかドキドキしちゃう。

 ふと、浅井警部を見たらすごく悲しそうな目で二人を見ていた。でもそれは一瞬。

「あ、祐介来ていたんだ、おはよう」
「おはよう、葵」

 葵先生に声をかけられて、惚れ惚れするような笑顔を見せた。


(あれ?なんだろう、今僕、胸がチクっとしたような・・・)


「藤原君、佳代子さんに祐介の分も用意するように伝えてきて。」
「あ、はい」

 葵先生に言われて僕はキッチンに駆け出した。



 朝食の時間は皆当たり障りのない会話をし、食後のお茶を飲んでいる時に警視が本題にはいった。


「え?捜査協力?」
「ああ、怪盗Hを捕まえるために捜査に協力してもらいたい。」
「つまり、それは警察からの正式な依頼ってこと?」
「ああ、正式な依頼だ。僕は受けてもらいたいと思っている。」
「つまり、警察は僕をオトリにして怪盗Hを捕まえようってこと?」
「そうだ」

「ええ!ちょ、ちょっと待ってください警視、オトリって何の話ですか!俺はそんなこと聞いていないですよ!」

「そうですよ、ひどいじゃないですか!」

 二人の会話を聞いていた僕らは一斉に抗議した。


「なんだ、浅井は分かっていなかったのか。」

「分かっていなかったって・・いったいどう言うことなんですか。葵に捜査のブレーンになってもらうって言う話じゃなかったんですか?」

「もちろんそれもあるが、上の奴らは、あの変態怪盗を捕まえるために葵をオトリにしようと思っている。」

「そんな・・」

「奴らは、葵が依頼を受諾したら、すぐにそのことをマスコミにリークするつもりだ。 もちろんマスコミはこのネタに飛びつくはずだ。 面白おかしく書き立てるだろう。 美少年ばかりを狙った怪盗を捕まえる為に警察は美少年探偵に捜査協力を依頼したなんて。こんな面白いネタはないからな。 もちろん、葵のところにも押しかけてくる。 写真なんかも流れるだろう。 そうなると、あの自己顕示欲の強いヤツがそれに飛びつかないわけがない。 おまけに相手が葵ほどの美貌の持ち主となれば、ヤツが次のターゲットを葵に絞るのは目に見えている。」

「だったら、なんで・・」

「もう、悟ってば過保護だなぁ。」

「「え?」」

 僕と浅井警部は、葵先生が突然発した言葉の意味が理解できず、ポカンとしてしまった。


「あの、先生どう言う意味なんですか」
「ん?あのね、それは・・・」

 つまり、こういうことだった。

 警視は葵先生に万全の警備をするために、この話を承諾させようとしていたのだ。

 警察は一般市民の葵先生をオトリにしようというのだから、もしものことがあったら警察の威信にかかわると言うことで、配備される警官の数も今までの事件の更に2倍以上になる。

 また、葵先生には常時2人以上の警官がガードすることになるのだ。


「上の連中も相当切羽詰っているみたいでね。いずれにしても、何もしなくたって、あの変態が葵を狙わないわけがない。それだったら、こちらの手の内の中で万全の警備をしいて待ち受けている方がいいだろう。それに、被害者達から捜査の依頼を受けたんだろ? マスコミの奴らは鼻が利くから、有名な美少年探偵が、被害者たちの周辺に現れたらピンとくるはずだ。遅かれ早かれ狙われることになるだろう。だったら、警察の保護下に入れば聞き込みの時もガードできる。」

「でもさぁ、たくさん警官が警備していても、今まで目の前で簡単に盗まれていたんでしょう。ちょっとくらい警官の数を増やしたって、また出し抜かれるのが関の山なんじゃない?」

 葵先生ちょっと意地悪な発言に浅井警部が焦って反論した。

「ちょっと待て、俺も桐生警視もこの事件の担当になったのはつい1週間前からなんだ。」

「え?そうなんですか?」
「ああ、前任者がちょっとノイローゼ気味になってね・・」
「ふ〜ん、まぁ僕は別に構わないけど。」
「え、ちょっ・・先生、やめましょう。依頼も断っちゃえばいいじゃないですか。」


 僕が半泣きで訴えると、葵先生はニッコリ笑って僕の頭をナデナデしながらこう言った。

「怖いの?藤原君。かわいいなぁ。大丈夫。僕が守ってあげるからね(ニッコリ)」

「先生・・・」

 僕が先生をウットリと見つめていたら、

 ゾクっ!

 な、なんか横のほうからシベリア寒気団なみの冷気と微かな殺気が漂ってきます〜(泣)

 その冷気の流れてくる先は・・・・・ひえ〜〜〜〜〜〜!!

 先生が僕の視線の先をチラっと見てからニンマリと笑い

「僕のことは悟たちが守ってくれるんでしょ?うれしいなぁ、警視自ら24時間付きっきりで警護してくれるなんて」

 と極上の笑みで振り返った。

「もちろん」

 僕を睨んでいた警視が顔を赤らめて慌てて言った。

 浅井警部も「安心しろ俺達が絶対守ってみせるぜ!」と言ってくれた。

「ほらね、心配しないで藤原君。」
「はい・・」


「ま、秘策もあることだしね・・」

 先生の最後の一言は誰に言うともなしに、ぽそっともらした呟きだったが、僕には聞こえてしまった。

 秘策っていったい何だろう?!

(はぁぁ、なんだか不安だなぁ・・・)



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