第6幕 「東風(こち)」

【3】





「凄い数だね。チョコ&プレゼントで」

 2月14日。
 世間がバレンタインで賑わうこの日は、直也の誕生日。

 去年は僕たちの距離が1番遠い時期だったから、お祝いもできなくて、ちょっと後悔してる。

 僕がもうちょっとしっかりしていれば良かったのにって。
 出会って最初の直也の誕生日を無駄に過ごしちゃったなあって。

「そう言う渉こそ、チョコの数は相当じゃないか」
「でも、桂にも直也にも遠く及ばないよ」
「いや、俺たちだって、浅井先生には遥かに及ばないって」
「や、センセと比べるのが不毛だって」

 そうなんだ。音楽準備室のゆうちゃんの机の上は、それはもう『堆く』と言っていい状態で。

 ほんと、モテモテなんだから。

 って、実は英もかなり凄くて、ゆうちゃんは別格として、直也と桂に並ぶ生徒が出たのは初めてのことらしい。

 でも、英、あんまりチョコとか食べないんだよね。
 あ、和真が好きだからいいか。

 でも、その和真も、かなりもらってる。

 去年までは見てるだけだったけれど、今年はアタック!…って輩が増えたみたい…って教えてくれたのは、凪。

 それで英がちょっと落ち着きをなくしてて、我が弟ながら何だか可愛いなあ…なんて思うんだけど。


「ともかく、やっと17歳だね。直也、おめでとう」
「やっとは余計だけど、ありがと、渉」

 直也は、早生まれなのが気に入らないらしくて、誕生日の話になると、必ずブツクサ言うんだ。

 見た目が大人っぽいんだからいいじゃん…って、僕は思うんだけど。

「って言ってるうちに、2ヶ月後には渉が18になるんだよなあ。なんか、18ってハタチへのカウントダウンって感じで、ちょっとオトナな感じするよな」

 で、桂がまた余計なこと言って、直也を煽るんだな、これが。

「んなこと言ったって、僕だって好きで2月に生まれたわけじゃないし」

 ほら、拗ねちゃった。

「あ? 誰もお前がどうのって、言ってないじゃん」

 2人のこんなやりとりも、日常の風景で、僕はこんな2人を見ているだけでも幸せだったりして。


 年度末を控えて、管弦楽部はもう大きな行事がないから概ねのんびりムードで、今から気合いが入ってるのは、中等部3年生。

 今度の『正真正銘』は、音楽推薦が多いって噂が立ってるから。

 持ち上がり組にしてみれば、音楽推薦で入って来る新入りは、それは怖い相手で。

 だから、ホールの練習室はかなりの稼働率で賑わってて、みんな練習に余念がない。

 オーディションが熾烈になるかも…って言う点ではどの学年も同じではあるんだけど。


 その反対に高校寮内は、受験真っ只中の3年生に気を遣って、1年で一番静かな時期だったりする。

 来年の今頃は、直也も正念場…なんだと思うと、なんかこのままずっと高校生でいたいような気がしてくる。

 だって、卒業のその後に、僕たちがどうなるのか、まだはっきりとはわからないから。

 ただ、『ずっと一緒にいよう』って約束したことを、必ず守る…ってことだけは決めてる。

 もしも、一時的に距離が開いたとしても、いつか必ず。


 で、まず目先の重大事と言えば、僕たちが受験生になるってこと。

 進路調査票は、入学した時にも渡されたんだけど、僕は戸惑いながらも仕方なく、『未定』って書いて出した。

 森澤先生は、『ま、渉の場合はちょっと事情が違うからな』って笑って受け取ってくれたけど。

 その後の三者面談でも、『渉くんは、今から焦る必要もないですからね』って、グランパやグランマたちと笑ってたくらいで。

 それは今年の古田先生でも同じだった。

 けれど、学年末の今回はそうは行かない…だろう。
 いい加減、自分自身が決めないといけない時期だから。


 僕は、同じ用紙なのに、今までとは違う重みを持つ『進路調査票』を手にして、生徒指揮者になってからの自分の気持ちの動きをなぞってみる。

 そして、今の段階で一番勉強したいことは、やっぱり『指揮』だと思った。

 それが正解なのか違うのかはわからないけれど、それよりも、『やってみたい』が優先するなら、指揮しかないって。

 じゃあ、次に、どこで勉強するかってこと。

 ドイツへ帰って、向こうで進学する手もあるし、こっちに残るって手もある。

 お正月に、悟くんに相談したんだけど、『指揮に関しては、渉だったらどっちで進学しても大差ないんじゃないか』って答えだった。

 つまりそれは、『指揮の勉強をするために学校を選ぶ』のではなくて、『自分自身が、これからどんな環境に身を置いて学んで行きたいか』で決めた方がいいってことで。

 そう言われて僕はずっと考えてきた。
 どちらで、どんな風に、何を学んでいきたいのか。

 その時、僕の心の中で大きな場所を占めていたのは、ここでの毎日がもたらすたくさんのこと。

 たくさんの人と出会い、いろんな事を知った。

 父さんたち兄弟やゆうちゃんがここで、たくさんの嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、辛いことを経験してきたことも。

 だからもう少し、学生でいられるうちは、もっといろんな事を知りたいと思ったんだ。

 だから…。


                    ☆★☆


 部活のない、ノンビリした土曜の午後。
 直也と桂の部屋で、僕たちは顔を突き合わせている。

「入る時は学部じゃなくて、文科3類っていうんだ」

 直也の進路調査票を見せてもらったんたけど、なんか東大ってちょっと違うみたい。

「そう、3年目から学部に別れるんだ。他とちょっと違うだろ?」
「うん。じゃあ、経済学部だと、最初は何?」
「文科2類だな」
「そっか、文科2類か」
「なんで、経済? 渉、もしかして東大行く気になったとか言うんじゃないだろうな」

 桂が身を乗り出してきた。

「ま、まさか。 母さんが経済学部だったから聞いてみただけだって」

 直也と桂が顔を見合わせた。

「もしかして、渉のお母さん、東大?」
「うん」

 最初は官僚目指してたそうなんだけど、やっぱり自由に仕事がしたいと思って民間企業に入ったって言ってた。 

 で、出張の帰りに新幹線で葵ちゃんと隣の席になるって言う『奇跡の出逢い』をしたのは、父さんも初めて聞いた時にはめちゃめちゃびっくりしたって話で。


「なんか、渉と英の出来がいいのも当たり前って感じだな」

 って、何の話だったっけ。

 そうそう、桂はどうするのか聞かないと。
 やっぱり帰るのかな…。

「渉はどうするんだ?」

 あれれ、先に桂に聞かれちゃった。

「ドイツに、戻るのか?」

 不安そうな顔は、直也。

「ええと、残ろうかと思ってるんだ。悟くんと同じとこに進学しようかなって」
「えっ?」

 驚いたのは桂。

「マジで!?」

 表情を輝かせたのは直也。

「それって指揮科だよな?」
「うん、そのつもり」

 って、僕と直也の隣で、桂がいきなり自分の調査票を丸めてゴミ箱に投げ捨てた。

「桂?!」
「お前、何やってんだよ」

 すると、桂は無言でもう一枚、予備の調査票を出して書き込み始めた。

「俺も決めた」

 僕たちに向けて差し出されたそれには、僕と同じ音大の、『演奏学科 器楽コース ヴァイオリン専攻』…と、書かれていた。

「えっと、あの…」
「ん?」
「さっき丸めたのは、これと違うことが書いてあった…ってことだよね?」

 確認した僕に、桂はしれっと言い放つ。

「過去の話だ」

 過去…って。今じゃん。

「とにかく、渉と同じところで勉強するからな、俺は」

「それで、いいの? ウィーンへ帰らなくても…」

「別に帰ってこいって言われてるわけじゃない。最終学歴までは面倒見てやるから、やりたいことをやりたいところでやれ…ってのが親父から言い渡されてることだし、幸いこっちにもレベルの高い音大があることだし」

 …まあ、桂がそう決めたのなら、僕がとやかく言うことではないけれど…。

「…なんて〜か、あっぱれだな、桂」

 直也が桂の背中を盛大に叩く。

「ったり前だろ。日本で2人きりにさせてたまるかっての」

 笑いながら返す桂に、僕は釈然としないながらもやっぱり嬉しくて。



 こうして僕たちは、目指す進路を提出することになったんだけど、気になってることがもうひとつ。

 和真のことだ。

 多分、アニーが来るのは夏。

 その時までに、和真は返事を決めなきゃいけないのだろう。

 ちょっと話をしなくちゃ…と思って、その夜、話を振ってみたんだけど…。



                    ☆★☆



「えっ、渉も桂も、残ることにしたんだ?」

 進路の話になった時、真っ先に和真が聞いたのは、僕と桂のことだった。

「うん。まだこっちでやりたいことあるし」 

 って、『やりたいこと』ってのは、我ながらちょっとウソくさいかなあ。

 やりたいこと…なんて立派な話じゃなくて、知りたいこととか、経験したいこと…かな。
 
 もっと後ろ向きな表現だと『ここに身を置いていたい』ってレベルかもしれないけど。


「…そっか…」

 和真が考え込んだ。

 そんな和真に、僕は少し前から気になってたことを聞いてみた。

「あのさ、ちょっと気になってたんだけど」
「なに?」
「和真、旅館は継がなくていいの?」

 TVでしょっちゅう取り上げられるような老舗旅館だったら、当然跡継ぎは必要だと思うんだけど…。

「ああ、それは大丈夫」

 あっさりと和真は言った。

「え、そうなんだ?」
「うん。今はうちの両親と伯父夫婦が中心でやってるんだけど、伯父のとこに双子の従姉妹がいるんだ。で、彼女たちが継ぐから、僕は晴れて無罪放免!」

 いかにも『せいせいしてます!』って言い方が可笑しくて、思わず笑っちゃったんだけど。

「じゃあ、ドイツへ行くには何の支障もないってこと?」
「…うん、まあ支障はないんだけどさ…」

 また和真が言い淀んだ。

 こういうとき、僕は和真みたいに話を上手く誘導できなくて、オロオロしちゃうばかりなんだ。
 ほんと、もどかしい。

「えっと、あの、僕で聞けることがあるなら…」

 って、やっぱりこれっぽっちも気の利かない訊き方で…。

「…渉。ありがと」

 和真はニコッと笑って、漸く話を始めた。

「実は両親の希望ってのがあって…」
「うん」

 なんだろう。音楽ダメ…とかだったら大変。

「留学して勉強…って言うのには反対してないんだ。むしろ、そんな声を掛けてもらってありがたいって思ってるくらいで」

 …よかった…。まず第一関門クリア。

「ただ…。うちの両親って、高校卒業してすぐに家業に就いてるから、僕にはどうしても、大学を出て欲しいって思ってるんだ」

「それって、日本の…ってことだよね?」

「そう。日本の4年制を卒業してからなら、どこへ勉強しに行ってもいいって言うんだけど…」

 ってことは、留学はその後。つまり4年遅れってことになるのか。

「あ、もしかしてアニーが『高校卒業したら』って言ったこと、気にしてる?」
「まあ、うん」

 って、和真にしては珍しく、なんだか煮え切らない答なんだけど…。

「そこは正直にアニーに相談してみてもいいんじゃないかと思うんだけど」

 アニーって相談事とかしやすいタイプだし。真剣に考えて、一緒に答えを考えてくれるから。

「…うん、そうだよね。まず聞いてみないことにはね…」

 どうしたんだろ。まだ、何か…。

「あのさ、和真」
「うん?」

「和真自身はどう思ってるわけ? 条件は別として、アニーのところへ行って勉強してみたいと思ってるか、思ってないか」

「そりゃ、行きたいに決まってるよ。こんなチャンス、ないじゃん」

 即答に、僕はちょっとホッとして…。

 でも、やっぱり和真はまだ何かどこかに引っかかりを感じている様子で、僕はその時、それが何かなのか、さっぱりわからなかったんだけど。


 次の日になって、もしかしたら英のこと…かなって思った。

 英がここを卒業したらどうするのか。

 まだ1年の終わりだから、本人もあんまり気にしてないような気がするんだけど、でも、和真のことは気にしてるはず。

 そういうことはちゃんと2人で話をした方がいいと思うんだけど、実際聞きにくいと思うし。

 特に和真から、『どうする気?』とは聞きにくいような気がするし、もし何も決まってなかったら、英だって返事のしようがないし…。

 うーん、困ったなぁ…。



                   ☆ .。.:*・゜


 
 3月。
 卒業式の日を迎えて、校内はざわざわしている。

 それは、喜びだったり寂しさだったり、色んな気持ちの混ざった不思議なざわめきで。

 午前中に式が行われて、午後は部活やクラス単位での送別会があっちこっちで行われる。

 去年の僕はと言えば、直也と桂のことで落ち込みマックスで、この頃の記憶が全体的に薄い。

 ただ、管弦楽部の送別会でピアノを弾いたことと、里山先輩たちがいなくなるんだなあ…って寂しさだけが心に残ってた。

 ピアノを弾くはめになったのは、『一番上手いヤツのピアノ演奏が聴きたい』というリクエストが出で、困った実行委員がゆうちゃんに相談したら、『そりゃ渉が圧倒的に一番だろう』なんて、余計なこと言ってくれちゃったから。

 曲は何でもいいって言われたので、リストの『愛の夢』を弾いた。

 ただ、当時は本当に気持ちが消耗していて、弾いたはいいけれど感情過多もいいところで、『夢』じゃなくて『悪夢』みたいな悲壮感満載で、あの時の演奏を今聞き返したら、きっと恥ずかしくていたたまれなくなるに決まってる。

 そんな演奏だったのに、終わってから里山先輩が『渉、お前ってマルチ過ぎ。感動してうっかり落涙の危機だったぞ』なんて、笑いながら髪をぐちゃぐちゃにしてくれちゃって、余計寂しくなったっけ。

 で、今年はまた、エラいことになってしまったんだ。


 理玖先輩が『さくら』を聞きたいとリクエストして、しかもついた条件が『一番歌が上手いヤツ』ってことで。

 ここまでは僕にとってもまだ他人事だったはずなんだけど。

 直也も桂もカラオケに行けば『帝王』と呼ばれてるし、下級生たちにも上手な子は多い。みんな歌い慣れてるし。

 だから、今回ばかりはゆうちゃんも、『それなり上手いヤツは多いだろう』って、特に僕の名前が出ることもなかったのに。


『渉、めっちゃ歌うまいんだって?』

 ニコニコと僕に声を掛けてきたのは、送別会実行委員の凪。

 そんなことないよと、必死で否定する僕に、またしてもニコニコ笑いながら言った。

『だって、水野が言ってたよ。『歌が上手いって、そりゃ渉先輩ですよ。僕がクリスティーン役を乗り切れたのは渉先輩のおかげですから』って』

 なんと、水野くんがリークしちゃったんだ。歌のレッスンしたことを。

 結局僕は、歌わされる羽目になり――僕はカラオケについていっても、歌わずにおやつばっかり食べてるから珍しさもあるみたいで――じゃあ誰が伴奏を…って話になって。 

 少なくとも音大目指してる生徒はみんな、ピアノのレッスン受けてるから、そこそこは弾けるはず。

 でも、和真なんかは、『自分で言うのもなんだけど、はっきり言って、合格ラインスレスレ』…らしいし、かなり弾ける桂も、『真夏の暑苦しいロックな『さくら』になってもいいんなら、弾くけど』って、のっけからやる気なし。

 まあ、桂のピアノはかなりの『パワーピアノ』で、確かに伴奏向きじゃないとは思うけど。

 で、またここでリークしたのが水野くん。

『英、めちゃくちゃ上手いはずですよ』って。

 水野くんも受験に備えてピアノのレッスン受けてるんだけど、英は受けていないから、なんでって聞いたら、『ピアノ科受けられるレベルだからレッスンの必要ないんだ』ってサラッと言われて、一瞬殺意に似たものが芽生えかけた…って、笑ってたらしい。

 そんなわけで、『聖陵祭以来の兄弟共演』なんて言われちゃう羽目になったんだけど…。


                    ☆★☆


 今年も送別会は賑やかになった。

 真面目な演奏から宴会芸まで、本当に多彩で、特に今年で5年目で、しかも来年は送られる立場になるから今回で見納めになる『コンビNK』の漫才は、先輩たちが真剣に『お前らは芸人デビューすべきだ』…なんて説教始めちゃったりして。

 理玖先輩まで、『あの2人が漫才コンビでデビューしないのは、国家的損失かも』なんていうくらい。

 直也も桂も、なんであんなに何でも出来ちゃうのか、ほんとに不思議。

 そして、僕も英の伴奏で無事に歌い終えたんだけど…。

「どうして渉の演奏って、こんなに魂が入るんだろうねえ」

 リク主の理玖先輩が、赤く染まった目で僕を抱き締める。

「送別会の演奏で、在校生まで泣かせるなんて、初めてじゃないか?」 

 前副部長の先輩にも言われたんだけど…。

 それはきっと歌詞の所為、だ。
 卒業…にはピッタリの内容の歌詞だから…。
 また、この場所で会おう…って。

 明日ここを巣立っていく3年生だけでなく、在校生のみんなもまた、これが、かけがえのない出会いと別れだと知っている。

 そして、僕らはそれを生きている限り繰り返すのだと、歳を重ねるごとに、深く覚えていくのかも知れない。

 そうそう。

 和真が、『英って、あんなにピアノ上手いんだ〜。かっこよくて、なんかドキドキしちゃったよ』って。

 ほんと、可愛いなあ。

『ピアノ、教えてもらっちゃおうかな』なんて言ってたけど、密室の防音室なんかで2人きりになったら、絶対レッスンにならないと思うけどな。



                     ☆★☆



 例年通りの盛り上がりを見せる送別会を、いつものように客席の一番後ろから見守る祐介に、掛かる声があった。

「今年も1年、ご苦労だったな」
「光安先生…」

 いつの間にか、背後に直人が立っていた。

「ありがとうございます。今年もなんとか無事に終えることが出来ました」

 立ちがると、『座っていい』と示されて、直人もまた、隣の席へやってきた。

「しかし、あっという間に渉も3年だな」

「早いもんですね、3年なんて」

「進路調査票、出たって?」

「はい。香奈子先生の所へと決めたようです」

「そうなると、誰が指導教授になるかで一悶着ありそうだな」

 小さく笑うのは、その『一悶着』が想像するだに面白そうだから…だろう。

「宮階教授くらいしか引き受け手はないんじゃないでしょうか」

「やはりそう思うか? まあ、赤坂良昭と桐生悟がバックについていて、しかも本人が『あれ』だからな。 誰も自分からやりたいとは言わないだろうな」

 渉を教え子に持つステータスより、扱いきれなくてマズいことになった時に、背後に控える『大物たち』が怖いのは当然のことで。

 その点、指揮科主任教授の宮階幸夫なら、赤坂良昭とは気の置けない間柄故に『ひとまず預かる』という扱いもできるのではないかと思われる。

 祐介も直人も、すでに気づいていた。

 指揮法の技術において、すでに渉が他人から学ぶべきものはほとんどなく、あとは本人の、内側の成長と経験しかないのだと。

 それは、時間しか解決してくれない。

「しかし、まるで悟が弾いているようだな」

 遠く、ステージで渉の伴奏をする英を懐かしい目で見守れば、祐介が小さく頷いた。

「早く、良い知らせが聞きたいですね」

「香奈子先生がOKを出したんだ。そう、遠くはないだろう」

「はい」

 1年を無事に終えた安堵感と、またすぐにやってくる新しい1年への期待感。

 教職にあることの幸せを、恩師と教え子は静かに感じながら、子供たちを見守っていた。



                    ☆★☆



 卒業生の退寮を見送って、今日から僕たちは修学旅行。

 僕にとっては生まれて初めての経験で、ワクワクを通り越してちょっとドキドキ。

 英はグランマのお迎えで一足先に家に帰る。
 といっても、もちろんドイツの家じゃなくて、東京の家…だけど。


 こうして僕の、聖陵学院での2年目が終わった。

 4月から始まる最後の1年は、どんな出会いや出来事が待っているんだろう。

 楽しみで、でもちょっと不安もあったりするけれど、毎日を大切に過ごせたらなあ…って思ってる。



                     ☆★☆



 そして、3月も終わりに近くなり、英がやっと16歳になった頃、とんでもなく嬉しい知らせがやってきた。

 なんと、葵ちゃんの伴奏限定ではあるんだけれど、悟くんがピアニストに復帰することになったんだ。

 グランマはもちろん知っていたんだけれど、僕と英はもう、大喜び。

 聖陵を卒業した直後からピアニストとして活動を始めていた悟くんの数々のステージを、僕と英は録音や映像でしか知らない。

 僕たちがチビの頃には、膝の上に乗せてくれて、童謡やお子様番組の歌を弾いてくれたりもしたけれど、それらはもちろんただの『お遊び』でしかないし、悟くんが本気で弾く本物のピアノがこの耳で、生で聞ける日が来るなんて、本当に夢みたいで、早くその日が来ないかと待ち遠しくて仕方がない。


 そして、年末年始に帰ってきていた悟くんと葵ちゃんが、グランマや昇くん、直人先生とも何か真剣に協議してたり、葵ちゃんがゆうちゃんの部屋に籠もって2人でなにやら話合っていたことの『正体』が、僕たちを喜ばせることになるのは、もう少し後のことだった。


第2部 END

うしろに(独唱)とつく方です(笑)


シメの落ちキャラはやっぱりこの人でしょう!

『おまけ小咄〜管弦楽部の中学1年生たち、伝統芸を語る』


「送別会っておもしろいよなあ」

「うん。普段は『神』だと思ってる先輩方のとんでもない姿の数々…だもんな」

「ある意味、演劇コンクールより凄いかも」

「栗山先輩と麻生先輩が漫才やるなんて、演劇コンクールじゃ見られないもんな」

「しかも面白いし」

「マジで芸人デビューしろって、迫られてたよな」

「あと、渉先輩と英先輩って、ほんと、何やらしても凄いよなあ」

「歌もピアノも…って、考えられないし」

「だよなあ」

「や、でも俺的に1番驚いたのは、英先輩の宴会芸だって」

「ああ! あれちょっと衝撃的だったよな」

「あれってさ、英先輩がやるってのがまず驚きだけど、あの宴会芸の隠された秘密って知ってるか?」

「え、何なに? そんなのあるんだ」

「あの宴会芸は、浅井家に伝わる秘技なんだそうだ」

「…浅井家って…もしかして…」

「そう、まず創始者は、管弦楽部の第一期生にして元OB会長である、英先輩のお祖父さんで、それを継承したのがその息子の浅井先生で…」

「さらに甥っ子の英先輩がその後を継いだってことか」

「その通り」

「ってことは、浅井先生もあの芸を?」

「もちろん。生徒だった6年間、あの芸一筋で数々の難局を乗り切ったって話だ」

「…すげえ…。リコーダーの同時2本吹きで6年間ってか…」

 この時、中坊たちの間に満ちたものが、『感動』だったのか、『呆れ』だったのかは、神のみぞ知る…。


ちゃんちゃんv

☆ .。.:*・゜

というわけで、幸せな気分で終了しました第2部ですが、
ま、当然このままほんわか第3部が続くわけではありません!

少しばかりやってくる嵐と、
それぞれの幸せを見つけていく子供たちと、
彼らを見守る大人たちのお話、第3部をお楽しみに!!

☆ .。.:*・゜

次回(第3部)予告

 ええと、あ、そうか。さっき、桜並木で聞いた話。あれのことか。

 関係ないやと思ってたけど、管弦楽部に来るんだ…。

 音楽推薦ってことは、レベル高いだろうし、もしかしたら最前列に来るかも知れない。

 上手くコミュニケーション取れるといいなあ。

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