幕間「Festival〜聖陵祭」
9月、前期再開2日目。 昨日は入寮で大騒ぎ。 そして今日はというと…。 「いいか、諸君! 今年もまた120人分の『知恵と力と妄想』を結集する日がやってきた!」 3−Aの委員長の声に、教室が揺れるほどの歓声があがって、あまりの音量に思わず耳を手で覆っちゃったんだけど。 「なんか、凄いね」 「ほんと、聞きしに勝るって感じ」 後ろの方で、僕と和真はこそこそ話してる。 直也と桂は前の方で盛り上がってるけど。 夏休み前には『妙に憂いを帯びて大人の魅力を纏い始めた』とかなんとか評判になってた2人だけど、休みが過ぎてみればなんだか元通りの元気印に戻ってて、周りはみんな『アレなんだったんだろう』と言いつつも、『でも確かに大人っぽくなって男前度アップ!』なんて、結局は2人は変わらず人気者…ってところで落ち着いたみたい。 僕に対しては、なんだかやたらと甘くなったんだけど。 で、今日は何の騒ぎかというと、聖陵祭で行われるクラス対抗の演劇コンクールの顔合わせってことらしい。 演劇コンクールについては、昇くんから話を聞いたことがあって、なんだか楽しそう…って事だけはわかってるつもりなんだけど。 あ、でもパパからもゆうちゃんからも、悟くんからも葵ちゃんからも、このことに関してはあんまり聞いたことがないような気がする。 もしかして、舞台に上がってたのは昇くんだけだったのかな。 120人で1つの舞台だもんね。キャストの方が圧倒的に少ないし。 「というわけで、我らがA組必勝の舞台は、『白雪姫』〜!」 へ? 白雪姫? って思った瞬間、またしても教室が揺れる。 「凄いね、男子校で白雪姫って」 って、僕が和真の耳元で言うと…。 「何言ってんの、僕、ここで『白雪姫』と『赤ずきんちゃん』の両方やった人知ってるし」 あ、赤ずきんちゃん…。 「だれ?」 「うちの翼っち」 「……それ、アリかも」 「だろ? しかも『赤ずきんちゃん』ときたら、在学中とセンセになってからの2回もだよ」 「え〜、凄すぎる〜」 先生になってから赤ずきんちゃんなんて…って思うんだけど、翼ちゃんならありかなあ。うん。 って、こそこそやってるうちにキャストについてなんだか盛り上がってる。 え? 王子様が7人? こびとじゃなくて? 「こ、こんなのアリ?」 「あるんじゃない? 毎年正統派からイロモノまでいろいろあるからねえ」 そういえば、昇くんがやった『オズの魔法使い』でも、ドロシーは上演時間内にオズの国に行けなかったって言ってたっけ。 なんでもありなんだ。 「あははっ、直也も桂も王子様だってさ〜」 和真がお腹抱えて笑い出した。 ああ、やっぱり人気者って辛いなあ。 こういうときは逃れようがないんだ。 大変かも。 聖陵祭コンサートもあるのに。 で、王子様役が7人発表になったところで異議が出た。 「異議あり! 王子役に安藤和真を推薦しま〜す!」 …えええっ、和真もっ? って、隣の和真を見ても、平然としてるんだけど…。 「ああ、安藤は今回、脚本と演出チームに入ってる。 脚本は執筆のメインだし、演出はチームリーダーだから、キャストからは除外ってことになってる。 な、安藤」 「はい、そういうことですので、ごめんなさ〜い」 3年の委員長の言葉に、和真がしれっと返事をしたら、それだけでみんなが黙る。 和真って、ひょっとしたら僕が思ってるよりずっと、一目置かれてるのかも…。全校的に。 「じゃあ、もしかして、直也と桂を王子様にしたのも、和真?」 「いや、キャスティングは3年の先輩方に任せた。僕は原案と脚本だけ」 だけ…って。それって…。 「それってもしかして、諸悪の根源とか言わない?」 「ふふっ、人聞きの悪い。僕は先輩方から意見を求められて、『こんなのどうでしょうかね』って、チラッと話しをしただけだよ。 ま、ある程度のキャスティングは想定の上で話したけれど、具体的に何か言ったわけじゃないからさ、それを先輩方がどう妄想したかは、僕の知る所じゃないし」 …って、やっぱり諸悪の根源だよ、それ。 「さて、いよいよ我らがヒロインっ、白雪姫を発表する!!」 わあ、ついに可哀相な人が…。 って、和真、可愛いんだから自分がやればいいのに。 言い出しっぺなんだから。 絶対似合うと思うけど。 「我らがヒロイン! 白雪姫は…!」 一瞬教室が静かになった。 「聖陵学院高等学校伝説のアイドルっ、奈月葵さんの再来!桐生渉!!」 …えーっと。 なんでみんながこっちを見てるんだろ。 なんだかうるさすぎてよく聞こえないし。 あれ? 前の方で直也と桂が騒いでる。 隣で和真が立ち上がった。 「すみませ〜ん、渉、意識喪失中です〜」 えと…起きてるよ? 何が起こったのかよくわかってないけど。 「大丈夫か? 起こしてやれ」 だから、起きてますってば。 「あ、渉、大丈夫? ヒロインの挨拶しようね」 挨拶? 挨拶は入学式の時にやったよ? 「渉、心配するな。管弦楽部もあって大変だとは思うが、今回は衣装から鬘まですべて気合いをいれてぴったりのものを作ってやるからな。お前は安心して役作りだけに専念してくれればいい」 役作りって、誰が、なんの? …って、なんだか…もしかして…僕の名前だった? 白雪姫って。 「えっと、和真…」 「ん?」 「誰が白雪姫って?」 「ふふっ、何言ってんの。キミだよ、キミ。桐生渉くん」 「…ぼ、く?」 「そう!」 ……ちょっと待った。 「ぜ、絶対無理、無理無理無理!」 僕に白雪姫なんて、絶対無理っ。 白雪姫どころか、森のキノコの役でも無理! 「いや〜見かけはもちろん申し分ないが、中身もなかなかウブで可愛い白雪姫になりそうだなあ」 周りの先輩たちが無責任なこと言ってるし〜! 「あ、あのっ、僕、絶対無理ですっ、できません!」 仕方なく立ち上がって、降ろして下さいってお願いしたんだけど…。 「何言ってる。今回の白雪姫は渉あっての企画だ。それとも何か? 演目が気に入らないってのなら変更に応じてやらんでもないぞ。 赤ずきんちゃんって手もあるからな。ただしヒロインは渉だがな」 …なに、それ。 あまりの展開に、もうこれ以上頭も口もついて行けなくて、僕は考える努力を放棄した。 「じゃ、安藤、あとは頼んだぞ」 「了解で〜す」 …うそ…。 ☆★☆ 「まあまあ、いいじゃん。絶対可愛いって」 「そうそう。似合うから渉にやらせようって話になってるんだし」 あれから4日後。 『王子その1』の直也と『王子その2』の桂が、ふくれっ面の白雪姫を挟んで一生懸命にご機嫌を取っている。 「そんなこと言うけど、僕、劇なんて幼稚園の時以来だし、絶対無理に決まってるんだから」 そもそも渉にとって、人前で何かをやるなんて、演奏以外は考えられないのだ。 話をするのすら苦手なのに、演技しろなどとは、あり得ないにもほどがある。 「いやいや、渉なら、黙って座ってるだけで十二分に可愛いからさ」 桂が言うと、直也も当然だとばかりに頷く。 「言えてる言えてる。喋っても黙っても、何しても可愛いからな」 「そんなことないよ。それより、僕よりも絶対和真の方が似合うはずなのに、なんで和真じゃなくて、僕なわけ?」 「いや〜、和真はさ、外見は姫だけど、中身は魔王だから」 「あのね、わざわざ教えてもらわなくても自覚してるから大丈夫」 失礼極まりない直也にも、和真はどこ吹く風…だ。 「その点、渉は外見は姫で中身は天使だからなあ」 うっとり呟く桂に、渉は盛大に呆れ顔だ。 「あのさ、それ買い被りすぎだよ。もしかしたら、中身は悪魔かも知れないよ」 「ああ! 小悪魔!」 「ち〜が〜う〜!」 和真のツッコミに勝てたことなど一度もなく、渉はぐったりと脱力する。 そんな、いつもの『じゃれ合い』を繰り広げている4人の前に、中等部のブレザーを着た一団が現れた。 「あの〜。栗山先輩…」 渉にとって、『見たことあるけど、誰だっけ?』の一団は、中等部のヴァイオリンパートの面々だった。 「ん? どうした?」 優しげに掛ける声も、一撃必殺の微笑みも決まっていて、今し方までバカを言い合ってじゃれていたのと同一人物とは思えない男前っぷりだ。 「「「お誕生日おめでとうございます!」」」 大合唱の後、差し出されたのは可愛らしい包み紙で。 「これ。中等部ヴァイオリンパート全員から、なんですけどっ」 「俺に? みんなから?」 「はい! コンサートマスターの先輩に、パート全員からの愛と感謝の気持ちです!」 「え〜、マジで? めっちゃ嬉しい。みんな、ありがとな」 ひとりひとりをハグして回ると、ここぞとばかりに抱き返してくる子や、真っ赤になって硬直する子、ふにゃっと蕩けてしまう子など、色々な反応があって、そんな様子を渉は『可愛いなあ』と見守っている。 「桂、今日誕生日なんだ。おめでとう」 中学生たちが去った後、渉に可愛い笑顔で言われて、桂はまた『男前』から『でれでれ』に変貌した。 「ありがと〜。なんか、渉に言われると格別〜」 勢いでギュッと抱きしめれば、直也が手を出す前に、和真が楽譜で頭を叩く。 「どさくさに紛れて触ってんじゃないの」 「なんで〜、いいじゃん〜」 けれど、当の渉はそんなこと気にする様子もなく、ニコニコと桂を見上げてくる。 「もしかして、今朝机の上になんだかんだ積み上がってたのって、プレゼント?」 「あ、まあな」 「わ〜、凄いんだ。さすがだね、桂」 真っ直ぐな賞賛に照れまくる桂の足を、今度は見えないところで直也が踏んづける。 「って〜」 なにすんだよ…っとばかりに直也を睨んでも、渉に『16歳だね』と微笑まれれば、もう足のことなんて忘却の彼方だ。 「渉はいつなんだ?」 これ以上好き勝手させるものかとばかりに直也が割り込んできた。 「あ、僕は…」 「や、待って。当ててみる」 直也が言うと…。 「お、それ面白そ」 桂も当然乗っかってくる。 そして…。 「渉って、なんか3月生まれって感じだよな」 「あ、それわかる。 学年の1番おチビって感じするする」 「可愛いもんなあ」 「守ってやりたいって感じ?」 勝手に盛り上がるNKコンビに、渉はぷうっと膨れた。 「あのさ、弟は3月生まれだけど。でも、僕は違うよ」 3月の、しかも下旬生まれの英が大概『4月か5月生まれじゃない?』…と、言われるのは柄の大きさばかりではなく、彼が持つ雰囲気の所為でもあるのだが、そんなことをここで言う気は毛頭ない。 ちなみに初対面の人間のほぼ100%が、英の方を『お兄ちゃん』と認識するのは永遠にナイショだけれど。 「僕、4月だよ。4月10日」 「「ええっ!!」」 驚く直也と桂の横で、和真がニタニタと笑っている。 「俺たちより、早いって?!」 「入学したばっかりだったんだ」 「うん」 「え〜、めっちゃごめん〜」 「知らなかったから、おめでとうって言えなかったよ…」 萎れる2人に、渉が慌てた。 「あ、だってそれは仕方ないよ。まだ知り合って2日目だったし。 それに、和真がお祝いしてくれたから。ね」 「うん。2人でコンビニのケーキ、食べたよね」 「和真の誕生日はチョコケーキだったよね」 「あれも美味しかったよね〜」 ニコニコとケーキの感想を述べる2人はまるで女子高生…いや、女子中学生のようで、可愛らしさが半端じゃない。 だが、今はそれどころではないのがNKコンビで。 「ちょっと待てよ」 「そう、なんで和真だけ知ってるんだ?」 「俺たちに一言教えてくれてもいいじゃん」 ――へへっ。ザマーミロ。 内心で舌を出す和真はやはり大魔王か。 「ところで直也の誕生日はいつ?」 「え、僕?」 「うん。教えて。まだ? もう済んじゃった?」 「や…別に気にしてもらわなくても…」 なんとなく嫌な感じがした。 渉も桂も和真も、すでに誕生日を迎えている。 自分だけが…。 「なんで?」 「あのな、こいつ、2月生まれなんだ。しかもバレンタインデー」 桂が割り込んだ。 「え、ほんと? 素敵な日に生まれたんだね」 ワクワクした目で言われれば、嫌な感じも霧散するような気がしたのだが…。 「あ、でも今日で桂が16歳になって…」 やっぱり今度こそ、嫌な予感がする。 「わあ、直也ってば、来年まで15歳なんだ。この中で1番おチビだね。可愛い〜」 ただひとりの15歳。 麻生直也、撃沈。 「わあ、ゴメン、そんなつもりじゃなかったんだけど〜」 渉でも気づくほどの撃沈振りを披露してしまえば、渉が慌てて、ごめんごめん…と、頭を撫でてくれて、直也は内心でため息をつく。 ――構ってもらえるなら、この際もう、おチビでも何でもいいや…。 だが、それを見逃さないヤツが約1名。 「え〜、直也ばっかり構ってもらってズルい〜!」 「いいだろっ、1番チビなんだから、可愛がってもらったってっ」 「何言ってんだよっ。こんなデカいチビがどこにいるってんだよっ」 「…あんたたち、ガキだねぇ」 「ぷっ」 大魔王の呟きと渉の小さな『吹き出し』に、NKコンビが固まった。 ☆ .。.:*・゜ 結局、僕は和真の罠にまんまとはまって、白雪姫をやる羽目になった。 白雪姫どころか、森のキノコもやりたくないくらい。 雑用ならいくらでもやるのに、なんでこんなことになっちゃったんだろ…。 その後、僕の演劇コンクールの話をゆうちゃんから聞いて、葵ちゃんが『やっぱりね』…と言ったらしい。 実は葵ちゃんも在校中は悩まされたらしくて、『渉。3年間覚悟しといた方がいいよ』なんてメールが来てた…。 ちなみに葵ちゃんは、高3ではついにジュリエットをやらされる羽目になって、屈辱の主演女優賞だったらしい…。 で。 結局毒リンゴを食べて倒れてしまった僕を、誰がキスして蘇らせるかで大乱闘になり、7人の王子どころか女王や魔法の鏡、森のキノコや鹿や馬や『切り株』――なんで切り株まで人間がやってんだろって思ったけど――まで参戦してしまって収拾がつかず、上演時間オーバーで失格になった。 でも。何故か一番ウケた…。 も、このガッコ、訳わかんないし。 和真が言うには、『上演時間オーバーはちょっと予測してたから別にいいんだけど、それで残念なのは、渉が主演女優賞を取り損ねたってことかな』…だって。 いらないよ、そんなもん。 |
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