第1幕「Spring Sonata〜桜の季節」
【2】
「え? なんで和真がここに?」 ゆうちゃんの向かいに、可愛い男の子がニコニコと座っていた。 確かに聖陵の制服だから、間違いなくここの生徒…ってことは、男の子、だよね?…ていうくらい、可愛い。 これくらい可愛いと、僕もあんまり緊張せずに済むかも知れないんだけど…。 『和真』と呼ばれた可愛い彼は、立ち上がると僕に向かって手を差し出した。 「はじめまして。安藤和真(あんどう・かずま)と言います。中等部からの持ち上がりで、管弦楽部でオーボエ吹いてます」 目線は僕よりほんの少し下。ってことは、160ちょっと、かな。 「あ、あの、はじめまして。桐生渉…です」 目線はちょっと下でも、和真くんの瞳はそれはそれはしっかりしていて、僕の目をしっかり見て離さない。 そして、すごく可愛い笑顔で。 差し出した手をしっかり握って、安藤くん…は、笑顔と同じ可愛らしい声で言った。 「僕たち、同室なんだよ。よろしくね。渉くん」 え、そうなの? 「うそ! 和真、同室?!」 「へへ、いいだろ〜」 「せんせ〜! なんで和真だけこんな美味しい目にあわせるわけ?!」 美味しい目? 何が? 「まあな、色々と安藤が適任だってことだ。 それに関して異論はないだろう? 2人とも」 穏やかな声でそう言ったゆうちゃんに、2人――麻生くんと桂くん――は、不承不承な風で頷いた。 「まあ、和真なら仕方ないかなあって」 「確かに他のやつよりいいかもって気も」 「というわけで、渉くんの面倒は僕がちゃんと引き受けるから、直也も桂も早く入寮したら? 中学寮から高校寮まで、結構大変だよ、引越し」 なんだかその見かけに似つかわしくない落ち着きと説得力で、安藤くんはにっこり2人を見る。 「げ、そうだった」 「やば、俺、楽譜山積みだし」 2人は慌てて、でも僕に『またあとでな!』と笑顔を見せて去って行った。 本当に仲よさそうなんだ、あの2人。 「騒がしい奴らで驚いただろう?」 僕に、安藤くんの横に座るように勧めて、笑いながらゆうちゃんが言う。 「なんと言っても、聖陵名物NKコンビですからね」 安藤くんも、一緒になって笑ってる。 「えぬけー?」 マヌケな発音で僕が繰り返すと、安藤くんがまたにっこり笑う。 「そう、直也と桂でNKコンビ。見ての通りの面構えで、スタイルも抜群。おまけに成績は万年2人でワンツー独占。おまけにスポーツテストも万年トップクラス。しかも明るくて面倒見が良いときてるから、学年問わずの超人気者なんだ」 あの2人が…。 そうか、そんな凄い人もいるんだなあ、この学校には。 まあ、僕はここへ来られただけで目標のほとんどは終わってるから、別にどうでもいいんだけど。 「しかも2人とも、お父さんが超有名人ときてるしね」 安藤くんがついでのように言った。 はあ、そういえばそうだ。 麻生くんのお父さんが何をしてる人なのかは知らないけど、確かに桂くんのお父さんは世界的フルーティストで、世界一入学困難って言われている音楽院の教授だ。 まあ、僕に入学許可出すくらいだから、実はそんなに難しい音楽院でもないのかもしれないけど。 「あ、渉くんのお父さんも超有名人だったっけ」 思い出したように言って、安藤くんが面白そうに笑った。 確かに僕のパパは、世界最高峰の1つと言われているオーケストラの首席奏者で、ソロ活動もやってる。 凄く忙しいのに、僕たちの面倒もたくさん見てくれて、厳しいけれどとっても優しいパパだから、僕は大好き。 ついでに言うと、悟くんも昇くんも葵ちゃんも、みんな大好き。 でも、ゆうちゃんが一番…好き。 だから僕はここへ……来た。 それから学校のこととか、これからのこととか、色々話をして、僕はずっとここに居たいなあ…って思ったんだけど。 「ところで」 はい? 「渉は明日の入学式で、総代挨拶なんだが」 え? なにそれ。 「え〜! 渉くん凄い! トップ入学なんだ!」 隣で安藤くんが目を見開いて僕を見る。 「…えっと」 何がなんだか訳がわかんないまま、ボンヤリしてると、安藤くんが説明してくれた。 「入学式で、新入生総代で挨拶するのは、入試で一番だったってことなんだよ?」 「あ、そうなの?」 そっか、僕、一番だったのか。 まあ、問題は結構簡単だったし…。 でもあれくらいなら、みんな良い点とりそうなのにな。 たまたま…かな。 でも…。 「あの、挨拶って、何を?」 何をするんだろう? 「ああ、全校生徒の前で、壇上で決意を述べるってことだ」 ゆうちゃんは何でもなさそうに言ったんだけど。 全校生徒の前で? 僕が? もしかして1人で? う、ウソだ…。 「え、ええっと」 慌てはじめた僕の様子に気がついたのか、安藤くんが背中を撫でてくれる。 「僕には、そ、そんなこと、無理っ」 ようやく絞り出した声に、それも想定内のことだったのか、ゆうちゃんも安藤くんも、さして慌てる風もなく、『心配することはないよ』なんて言うんだ。 だって、そんなっ。 「渉は人前で演奏する時に緊張したことなんてないだろう?」 優しい笑顔でゆうちゃんが言う。 「そ、それはそう、だけどっ」 「アレと同じだ。いや、それ以下だ。何しろ書いてあるものを読むだけだ。マイクも入ってるから大きな声もいらない。渡された紙の内容を、ゆっくり正確に読む。たったそれだけだ」 …。ほんと…に? 「そうそう。それだけだよ」 ゆうちゃんに負けないくらい、優しい声で安藤くんも言う。 「渉くんさえ良ければ、今夜部屋で読む練習しよ?」 ゆっくりと僕の背中をさすりながら、なだめるようにそう言ってくれて…。 「あ。うん、ありがとう。それならなんとか…」 なんとかなるかも知れない…と思った。 こんなに優しい2人が、見ててくれるなら。 「OK。渉くん、かっこいい」 嬉しそうな安藤くんの声。 かっこいいはずないよ…こんな僕…。 顔を上げると、僕と安藤くんを、素敵な笑顔で見守るゆうちゃんがいて…。 なんとか、がんばらなくちゃ…と思った。 ゆうちゃんには、面倒な子だと思われたくない、から。 「さて、そろそろ院長先生のところへ行っておいで。お待ちかねだから」 院長先生は、パパたちがここにいたころの管弦楽部の顧問の先生で、昇くんの大切な人。 年中忙しい人なのに、いつも僕たち兄弟のことを気に掛けてくれる、とても優しい人なんだ。 戸籍上は昇くんのパパなんだけど、僕も英も知ってる。 本当はパートナーなんだってこと。 教えてくれたのは、葵ちゃんと僕のパパ。 聞かされたのは、それはそれは素敵な恋の話。 もちろんそれだけでない、大変な事もたくさんあったんだろうと思うけど、僕はなんだか嬉しかった。それは英も同じ。 だから英も、直人先生が大好き。 「安藤、よろしく頼むな」 「了解です」 僕は安藤くんに連れられて院長室へ向かい、久しぶりに直人先生と楽しい会話をして、そしてまた安藤くんに連れられて、初めて寮へ足を踏み入れた。 ☆ .。.:*・゜ 高校寮までは結構遠かった。 正直言って、あんまり丈夫でもなく、体力にも自信がない僕にはちょっとキツイ坂道。 ゆうちゃんが居た頃は、今の中学寮の場所に高校寮があったらしい。 で、今の高校寮はその時よりさらに2分、山の上に新築移動したらしい。 ちなみにその頃は、1年生だけは4人部屋だったんだそう。 今は1年生から2人部屋。 中学は今でも4人部屋らしいけど。 で、ゆうちゃんと葵ちゃんは1年からのルームメイト。 あとの2人のうち1人はここの先生になってて、もう1人は都内の大学病院の小児科の先生で、僕の日本での主治医になってくれた人。 この先生が引き受けてくれたから、ママは僕を日本――聖陵に行かせることに賛成したらしい。 ママの方のグランパはここの1期生で、ママの弟――ゆうちゃん――もここのOB。 だからママとしても、聖陵へ入れること自体には異論はなかったようなんだけど、何よりも僕の健康状態が不安定なので、それがネックだったらしいんだ。 『英だったら何の心配もいらないんだけど』…なんて言ってたし。 まあ、とりあえず健康診断もパスしたんだから大丈夫…だと僕自身も思ってる。多分。 「ここまで坂道上がってきて、さらに1年生は4階だもんね。近くてしかも1階に居られた中学3年の頃が懐かしいかも〜」 ほんの少し前を思い出して笑いながら言う安藤くんだけど、その割りにはちっとも息も上がってない。 「渉くん、大丈夫?」 返事も出来ない僕を気遣って、本当に心配そうに覗き込んでくる彼に、僕はなんとか声を絞り出す。 「安藤くん…元気…だね」 なんてマヌケなことを。 「えへへ、僕だってあんまり体力には自信ないけど、ほら、オーボエ奏者は肺活量が命…だろ? そこんとこだけは、鍛えられてるんだよねえ」 あ、なるほど。 「オーボエ…って、息…つらい、もんね」 って、ここで咳き込んでしまった僕の背中を、慌てて安藤くんがさすってくれる。 「わあ、ごめん、渉くん。返事しなくていいから、落ち着いて深呼吸して」 「渉っ、大丈夫かっ?!」 「おいっ、4階まで運ぶぞ、桂!」 「よっしゃ!」 へ? ええっ? あっという間に僕は抱き上げられて、そのまま4階へと運ばれてしまった。 |
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