七生くんの『日々是好日』
2年の第2話 「聖陵祭!2」 |
今年もここ聖陵学院にお祭り騒ぎの季節がやってきた。 俺たち管弦楽部的にはコンサートがメインではあるんだけど、準備期間も含めて色んな意味で楽しんでる。 そうそう、今年のコンサートは渉が初めて本振りするから、それもめっちゃワクワクだ。 で、聖陵祭って言えばやっぱりアレなわけで。 「兄弟共演、見ものだよなあ」 9月2日の夜。寮内はもう演劇コンクールの話題で持ちきりだ。 そう。なんてったって目玉は渉と英の『禁断の兄弟ロミジュリ』だ。 まあ、見た目はそりゃあとんでもない完成度になりそうだけどさ、でも実際演じるとなったらどうよ…って気はしてる。 それは凪も言ってる。 だってさ、あの『天下無敵の引っ込み思案』の渉だぜ? 去年の白雪姫とは比べものにならないほど、今回のはハードル高そうだしさ。 まあ、同じく『天下無敵のブラコン』の英が、大好きなお兄ちゃん相手でどこまで盛り上がれるか…ってとこに期待するしかねえよな。 英も渉相手じゃなければ引き受けてないような気がするしさ。 ま、色々と不安要素は満載だけどさ、美形兄弟の共演なんてそれだけでワクテカだよな。 で。 話題性としてはかなり桐生兄弟の割を食ってる感が無きにしもあらずだけど、桂と直也が美女を取り合う図式になった『オペラ座の怪人』も楽しみだよな。 ヒロイン・クリスティーヌをやる水野もかなりの美形だからさ、絵になると思うんだ。 ちなみに俺が入手した情報では、怪人が桂でラウルが直也だって話なんだけど、凪が掴んで来た情報は逆だった。 怪人が直也で桂がラウルってさ。 ま、はっきり言ってどっちでも良いけどな。 どっちにしてもイケメンなんだから、好きにしてって感じ。 ってわけで、今年も話題満載なんだけど、うちのクラスも負けてない。 何てったって主演女優が去年も主演女優賞をとってる『学院一の美女』だからな。 あ。和真は『学院一の美少女』だから。 で、その美女が演じるのはなんと、世界三大美女のひとり『クレオパトラ』だ。 もう絶対似合い過ぎて、目のやり場に困るに違いない。 でも、理玖先輩は部長の仕事もてんこ盛りだからかなり大変だ。 それは去年の里山先輩も同じだったけど、いかにも体力ありそうな里山先輩と違って理玖先輩はほっそりしてるから大丈夫かなって感じはあるものの、ああ見えて理玖先輩もかなりタフな人…って和真も言ってたから、俺たちががっちりサポートするしかねえよな。 ともかく人気者は辛いってことだ。 ってわけで、聖陵祭の準備期間に入ったわけだけど、我らがクレオパトラ=理玖先輩の周囲がやたらと騒がしい。 シーザーやらアントニウスやら、運動部の肉体美自慢たちが演じるローマ人連中が、クレオパトラ争いにかこつけた理玖先輩争奪戦を繰り広げているからだ。 先輩も今年が最後の聖陵祭だし、それが終わると部活も引退だし、卒業も見えてくるから、何とかして理玖先輩を落とそうと必死になっててちょっと悲壮感まで漂ってる。 でも、理玖先輩にはずっと心に秘めた想い人がいるからなあ。 相手が誰なんだか未だに掴めてない俺だけどさ、大好きな理玖先輩には幸せになって欲しいわけだ。 でも、このローマ人たちの中には、その『想い人』はいないような気がするんだなあ。 「こら」 理玖先輩が笑いながら足を踏んだ。 誰のって、シーザーのさ。 「いてっ。理玖〜、容赦ねえなあ、もう〜」 立ち稽古が始まって2日目。 クレオパトラがからむシーンでは、ローマ人たちが勝手にセリフ変えて口説いちゃったりして、ちっとも先に進まない。 「どこ触ってんの。そんな演出ないだろ」 おっと、今度はセリフ変更じゃなくて、腰抱いて引き寄せるなんてモロにセクハラだな、こりゃ。 けれど、やっぱり余裕の表情で理玖先輩は笑いながら、怪しい動きをするシーザーの手を掴んだ。 「わー!わかったっ、わかったから離してくれ〜!」 すげえな、理玖先輩。 手首掴んでちょっと捻っただけなんだけど、ありゃかなり痛いぞ。 「理玖〜、お前なあ、いい加減男の純情を理解してくれよ〜」 ほら、始まった。 練習そっちのけで口説きモードだ。 ただ、演出担当の先輩はそれも織り込み済みっぽくてさ、本番の舞台でもローマ人たちの暴走を期待してるような気がするんだけど。 「俺はずっとお前だけを見てきたんだぞ?何回想いを伝えたらわかってくれるんだ?」 「はいはい。想いは十分いただきました。でもな、それに応えなきゃいけない義理はないだろ?」 ニコッと微笑んでズバッと言い放つ理玖先輩は、ある意味かっこいい。 見た目は絶世の美女だけどさ。 こんな風に、理玖先輩に懲りずにアタックし続けるローマ人は多いんだけどさ、特にシーザーの焦りと悲壮感は傍目にもかなりイっちゃってる感じ。 あれはかなり煮詰まってるな。可哀想に。 「お疲れさまでした〜」 立ち稽古を終えてぐったりと椅子に同化しちゃってるシーザー先輩に、俺はペットボトルを差し出した。 「お。さんきゅ」 一気に飲み干すシーザー先輩は柔道部の現部長で、歴代の部長のほとんどがスポーツ推薦で私立大学へ進学する中、学力で国立難関を狙うっていう、ちょっと珍しい人らしい。 巷の未確認情報によると、それもこれも理玖先輩と同じ大学へ行きたいからだとか何だとか。 確かに理玖先輩は音大進学じゃないって公言してるし、そうなると成績良いから国立難関狙いだろうし。 「衣装合わせしたいんですけど、いいですか?」 そう、今年も俺と凪は衣装係だ。 何でかってーと、かなり楽な役回りだからだ。 キャストにさえ入らなければ、管弦楽部員にはかなりお目こぼしがあるんだ。コンサートの練習があるからな。 「ん、OK。どこ行けばいいんだ?」 「2−Cでやってます」 立ち稽古は3年の教室で、その他の作業は2年と1年の教室に別れてやってるから、俺とシーザー先輩は連れ立って2階へ向かったんだけど…。 「なあ、遠山」 「はい?」 階段を降り始めたところで声を掛けられた。 「お前、普段から理玖と仲良いよな」 「あ、そりゃ部長と部員ですから。これでもかってくらいお世話になってますけど」 「あ〜、まあそりゃそうだろうけどさ、でも特に仲良いって聞いてるぞ?」 ええと、それは凪を介してるから…ってのが大きいと思うんだけどなあ。 つまり、理玖先輩−里山先輩−凪−俺ってことだ。 でもそれを言って勘ぐられても困るからなあ…。 困ったなあと、否定も肯定もできない俺の肩を、シーザー先輩が抱いてきた。 俺も170cm近いけどさ、さすが柔道部の現部長だけあって俺より頭1つ近くデカイから、俺はがっちりと抱え込まれてしまった。 「俺さあ、中1の時から理玖に片想いしてんだぜ」 踊り場にさしかかったところでシーザー先輩の足が止まった。 「えと、それはあの〜」 ご愁傷様です…なんてうっかり口が滑りそうになって慌てて俺は口を噤む。 でも、報われない恋は辛いよな。うん、それはわかるし、シーザー先輩には同情の念を禁じ得ないけどさ。 「クラスも寮の部屋も全然一緒になれなくてさ、でも何とかして理玖に近づきたくて、理玖がずっとクラスの代表委員だったから、俺も柄にもなく代表委員に立候補して代表委員会で接近してさ、でも友達にはなれたけど、理玖はそれ以上近寄らせてくれなくてさ、もうマジで気が狂いそうなわけよ」 はあ…と漏らすため息も陰鬱で、気の毒ではあるんだけど、なんか妙に可笑しい気もしちゃったりして。 ってか、ほんと健気だなあ。 「なあ、もしかして理玖ってさ、管弦楽部に誰か決まったヤツとかいるのか? ほら、栗山とか麻生なんて上級生にもモテるじゃん? 前は1年上の里山先輩と噂になってて俺焦ったんだけどさ、どうやらガセだったようだし、その後誰かのものになった気配もなさそうだし、まだ俺にも一縷の望みがあるんじゃねえかって藁にも縋る思いなんだけどさ」 真剣な面持ちで覗き込まれて、俺はさらに返事に窮した。 だってさ、ここで『実は理玖先輩には想い人が』…なんて言おうもんなら、阿鼻叫喚の地獄絵図になりそうじゃん。 となると、俺はやっぱり曖昧に言葉を濁すしかないわけで。 「ええと、あの、俺は理玖先輩のプライベートまではよく知らないんで…」 「ほんとに? 理玖とお前と川北が一緒にいるところ、結構よく見かけるぞ? 2日前には一緒に朝飯食ってたろ? その3日前には音楽ホールから寮まで3人で帰ってたじゃないか」 …って、なんですかそのストーカーっぷりは…。 確かに部活は一緒だけど、オーボエとチェロとコンバスで、一緒になるときはメインメンバーが全員一緒だし、第一それはホールの中のことだ。 それ以外に一緒にいるって言ったら、時々一緒にご飯食べる約束してたり、お茶したりしてるくらいだ。 それを把握してるなんて……恐ろしすぎる…。 「で、その1日前には…」 さらに俺たちの行動を語ろうとするシーザー先輩を、俺は慌てて止めた。 「や、あのっ、わかりましたからっ」 これ以上聞くと、絶対心臓に悪いに決まってる。 「確かに一緒にいることは結構ありますけど、会話はほとんど音楽の話ばっかりですよ。だから本当に理玖先輩の好きな人…なんて話は知らないんです」 必死で説明すると、シーザー先輩はまた「そうか…」と萎れてしまった。 ってかさ、早く衣装合わせに行きたいんだけど。 「な、俺ってそんなに魅力ないか?」 へ?俺にそんなこと聞かれてもなあ…。 や、でも…。 「んと、先輩かっこいいですし、素敵ですよ?」 ストーカーはNOだけどさ。 「マジで?」 ずいっと顔を近づけられて、俺はちょっと引きながらもうんうんと頷いた。 確かに見た目はかなりイケてるし、成績もいいし、ガタイもいいし、思い込んだら一筋だから、両想いにさえなれたら素敵な恋人になるんじゃないかなあって気はする。 ストーカー気質なのは勘弁だけど。 「先輩ならきっと素敵な人がみつかりますよ。だから気を落とさないで下さい」 理玖先輩のことは諦めてもらわなきゃ…だけどな。 「……遠山、お前って…」 ジッと見つめられて、がっちり抱かれていた肩から手が離れたと思った瞬間、俺の身体が踊り場の壁に押しつけられるのと同時に、シーザー先輩が壁をドンと叩いた。 そして、耳元で囁いた。 「よく見たら、可愛い顔してるよな」 ………はあ? 「そうだな…報われない恋を諦めて、お前みたいに優しいヤツと新しい恋をした方が幸せかもしれない……」 …………ええと。 「俺と、恋してみる?」 ……………誰が? 誰と? あまりに予想外の展開に頭が真っ白になった俺は、逃げることもできずにその場で固まってしまった。 すると、シーザー先輩の顔が、ピントが合わないほど近づいてきた。 その時。 「僕の大切な後輩になにしてんだよ」 声と同時に俺の頭上でシーザー先輩の頭がぐらっと前に傾いて、その額が壁に派手にぶち当たった。 「ぐえっ」 カエルが踏み潰されたような声を上げたのはもちろん、額をしこたまぶつけたシーザー先輩。 そのはずみで壁との間で潰されそうになった俺は、慌てて避けた顔を外へと向けたんだけど。 俺が壁に挟まれていた踊り場の端から数段上の階段には声の主である理玖先輩がいて、その足はなんと、シーザー先輩の後頭部に……。 隣で『理玖先輩専属衣装係』の凪が呆然としている。 先輩…蹴っ飛ばしたんだ…。足長い〜。 「何が男の純情だよ。ったく節操ないんだから」 足を外した理玖先輩は、数段階段を降りてきて、俺の身体を壁とシーザー先輩の間から引っ張り出してくれた。 「遠山、大丈夫?」 「あ、はい。ありがとうございます」 は〜、助かった〜。 掛けよって来た凪は、声もでない様子で俺のブレザーの袖を掴んで今にも泣きそうな顔だ。 「大丈夫だってば」 確かに驚いたけど、理玖先輩のおかげで実害はなかったしさ。 笑って見せて、頭を撫でたらやっと凪が『よかった』って呟いた。 「節操ないってなあっ、それもこれもお前が振り向いてくれないからだろっ」 おや、シーザー先輩逆ギレ? でもやっぱり理玖先輩の方が上手だった。 「僕は、想い人に振り向いてもらえないからって、他で埋め合わせしようなんてこれっぽっちも思わないけど?」 そう言って微笑んだ理玖先輩は壮絶に美しくて、でもちょっと切ない感じがして俺も凪も言葉をなくす。 それはシーザー先輩も同じだったらしく、まさにヘビに睨まれたなんとやら…って感じで立ちつくしてる。 「さ、早く衣装合わせに行かないと、みんな待ってるよ」 けれど、俺たちの背中を押す理玖先輩は、もう、まるで何もなかったような風情だ。 「ま、演劇コンクール本番まではちゃんと相手してやるから、せいぜい気合い入れてかかっておいで」 身動きできないシーザー先輩を振り返り、理玖先輩は艶然と微笑んだ。 「ほんと助かりました」 「災難だったね、七生」 「ごめんな。遠山まで巻き込んじゃって」 衣装合わせも無事終わり、俺たち3人は寮食の隅っこでお茶してる。 「や、あっちだって本気だったわけじゃないでしょうし、いざとなったら理玖先輩の真似して足踏んづけて逃げますよ」 そう言うと、理玖先輩は『頼もしいな』なんて笑ってくれる。 「だいたい俺はガタイのいいヤローなんてノーサンキューですよ〜。どうせ恋するなら、渉とか凪とか…そうそう、和真みたいな可愛いのがいいです」 100%冗談でそう言った瞬間、理玖先輩の目がふと見開かれた。 「…安藤?」 「…え、あ、はい。和真ならOKかなあなんて」 って、マジで和真に恋する気はこれっぽちもないけど。 「安藤のこと、好き?」 …どうしちゃったんだ、理玖先輩。目が笑ってないんだけど。 「えと、そりゃあ好きですよ。めっちゃ頼りになって友達思いで面倒見が良くて、結構色んな面で理玖先輩によく似てるなあなんて思うし」 「えっ、僕と似てる?」 理玖先輩がいきなり身を乗り出して目を輝かせた。 美人のキラキラ笑顔は眩し過ぎて目がくらみそうだけど、ほんと、理玖先輩ってばいったい…。 「安藤はね、学院一の切れ者なんて言われてるし、確かに男前な中身なんだけど、僕には甘えてくれるし、子供っぽい面もたくさん見せてくれるんだ」 って、こんなに手放しで嬉しそうな理玖先輩見るのって初めてで、思わず凪と顔を見合わせちまった。 でも、理玖先輩はそんな俺たちの様子に気づくでもなく、『ふふっ』…なんて、色づいた笑みを漏らしてたりして。 「えと、それは和真が理玖先輩のことを誰よりも頼りにしてるからじゃないですか?」 これはお世辞でもなんでもなく、俺の本心だ。それは凪も同じだと思う。 同級生はもちろん、上級生下級生問わず絶対の信頼を寄せられてる和真が甘えられるような人って、生徒の中じゃ理玖先輩以外には考えられない。 「そうだと嬉しいね」 理玖先輩は満面の笑顔だ。 こんなのシーザー先輩が見たら…って、あわわ…寮食の入り口からこっち見てるし〜! ☆ .。.:*・゜ 「ね、七生」 部屋へ戻ってすぐ、制服を着替えながら凪が少し潜めた声で俺を呼ぶ。 「なんだ?」 「理玖先輩の想い人って、もしかしたら…」 俺たち2人しかいない部屋の中でさらにヒソヒソとトーンを落とす凪の言葉に向かって、俺は目一杯声を張り上げちまった。 「えっ!思い当たるヤツ、わかったのかっ?!」 凪は少し神妙に頷いて、コソッと俺の耳に『とある人物』の囁いた。 くどいようだが他に誰もいないのに。 そして、俺はその『とある人物名』に驚きを隠せない。 「…え?それ、あり?」 あまりに予想外なんだけど。 「ありだと思うんだ」 や、待てって。理玖先輩だぞ。 「…ってか、そっち?」 「…まあ、その疑問はごもっとも…だけどね」 いや、理玖先輩の中身がかなり男前なのはもう知ってるけどさ。 でも、『そいつ』と理玖先輩じゃ、やっぱり理玖先輩が……アレ、だよな? 反対って絶対あり得ないしさ。 「ま、男子校にあるまじき見かけのカップルになっちゃうけどね」 「…学院一の美人姉妹だぞ」 「だよねえ」 「でも、それだったらさっきの理玖先輩の様子って、頷けるか…」 「でしょ?」 「要観察…だな」 「うんっ」 そして演劇コンクール本番。 俺たちオールC組の舞台は委員長たちの目論見通り(?)ローマ人たちが大暴走繰り広げ、クレオパトラに片っ端から成敗されるというとんでもないコメディになってしまい、舞台上でクレオパトラが見せた『たおやかなのにかなりS』な一面にノックアウトされた連中から、理玖先輩は『女王様』と呼ばれるようになった。 ま、面白ければそれでいいけどさ。 そうそう、暴走と言えば英も暴走したよな〜。 当然客席はバカウケだったけど、渉は灰になってた。 そう言えば、英の暴走を見た桂と直也まで石化してたんだけど、何でだろ。 |
終わり |
*シーザーは、最近英語読みせずに『カエサル』と表記されることが多いですが、
このお話では『シーザー』のゴロの良さを優先しましたm(__)m