七生くんの『日々是好日』
![]() |
第8話 「七生、『同室カップリング』の謎を知る。」 |
俺たち管弦楽部員は忙しい。 あ、運動部の主力たちも忙しそうにしてるけど。 そうそう、生徒会のメンバーも忙しそうだ。 ま、それはどこでもそうだろうけど。 管弦楽部の部活の時間は、他の運動部なんかとあんまり変わらない。 そもそも部活動の時間はちゃんと決められていて、ウィークデーは最長で午後6時までと決まっている。 あとは、土曜の午後や日曜にあるかないか…ってところだ。 管弦楽部も、本番が近ければ土曜の午後も日曜も練習だけど、そうでない時には日曜は休みだし、土曜日もなかったり短かったりする。 じゃあ、どうして忙しいかというと、個人練習が必要だから…だ。 楽譜が配られてから、管・弦に分かれての分奏までに完璧に弾けてないといけない。 分奏前のパート練習も譜読みをする場所じゃなくて、全員で音を合わせていく場だから、弾けなくてもたついても許されるのはいいとこ練習開始から2、3回まで。 それ以降で『弾けてません』は有り得ない…ってわけだ。 ま、そんなレベルじゃ、ここではやっていけないけどな。 音楽ホールは消灯点呼30分前まで使用可能。 だからみんな個人練習に励むわけだけど、俺たちみたいに音大進学を目指してる場合には、個人練習の他に、個人レッスンや補講もあるから、ほんと時間がいくらあっても足りないくらいだ。 ちなみに俺の場合だと、コンバスの個人レッスンとピアノの個人レッスンとソルフェージュと楽典の授業がそれぞれ週1回1時間あって、コンバスとピアノはレッスンに向けての練習も要るし、かなり一杯一杯。 専攻の個人レッスンに限っては、外へ習いに出るヤツもいることはいるんだけど、時間もお金もかかるから、ほとんどの生徒は校内でレッスン受けてる。 ただ、音大志望でなくてもレッスンを受けることは可能なんだ。 レッスンを受けるってことはつまり、管弦楽部のレベルアップに繋がるってことで。 だから、楽器の個人レッスンを受けてるヤツは多い。 でも、ピアノのレッスンは、本当に音大志望でないと受けないと思う。 あ、全学年で5〜6人、趣味で受けてるヤツいるらしいけど。 ま、そんなわけで俺たちは忙しい。勉強もしなくちゃだし。 …そう言えば、渉って何にも受けてないよな。 ま、受ける必要もないだろうけどさ。 ☆★☆ 「お帰り、七生」 点呼15分前にやっと部屋に戻った俺を、凪が優しい笑顔で迎えてくれる。 「ただいま〜。やれやれ今日もやっと終わりだ〜」 凪はチェロの個人レッスンだけ受けている。 楽典も、中学時代に一通り修めたから、すでに受けてない。ピアノも受けていない。 凪は、音大には行かないそうだ。 本人曰く、技量も熱量も足りないから…ってことらしい。 まあ、技量は努力次第ってとこだけど、熱量が足らないのならもう、仕方ないなあって感じだ。 「大変だね、レッスン多くて」 「まあな。でも自分でやりたいと思ったことだし、充実してるかな」 「お〜、七生くんってばカッコいい〜」 「へへっ、そうだろそうだろ〜」 凪の存在は俺の癒やしだ。 部活もクラスも、良い仲間に恵まれてるなあとは思うけど、ルームメイトってのはまた別だと思うんだ。 生活ってレベルで一緒にいるのは、違うストレスがかかると思うから。 だから俺、凪と同室になれて本当に幸せだなあって思ってる。 で、他の『正真正銘』連中はどうなんだろって思ったんだけど、俺の知る範囲では、みんなだいたい俺と同じような思いでいるんだ。 『ルームメイトに恵まれた』って。 うーん、これってもしかして、偶然じゃないってことか? ☆★☆ 「な、渉ってさ、音大受験とか考えてねえのかなあ?」 合奏室の前でばったり出会った和真と連れ立って寮へ向かいながら、俺は気になっていたことを聞いてみた。 渉はNKと先に帰ったらしい。 「うーん、今はとりあえず白紙状態みたいだけど、まあ、渉は音大受けるにしても準備なんていらないだろうし、決め時はいつでもOKって感じじゃない?」 「あ〜、なるほどね。あんだけ弾けりゃ…って…、でもさ、他のことは? ピアノとかソルフェージュとかさ」 ほんと、俺だってピアノなけりゃいいのになって思ってるけど。 「ああ、それもね、浅井先生に聞いたんだけど、絶対音感ついてるし、聴音なんて10コ以上の音を同時に聞き分けられるらしいし、音楽理論は論文書けるレベルらしいし、ピアノに至っては、明日がピアノ科の入試でも入れるくらいなんだってさ」 さらっと言う和真に、俺はもう、ボーゼン。 「ま、天才ってのは実在するんだよ」 ちょっと茶化したように笑うけど、そんな渉も可愛くて仕方ないって様子で、やっぱり和真も大物だなあ…なんて思うわけだ。 で、そうなるとやっぱり気になるのは『あの件』だ。 「な、和真って、なんで渉と同室になったんだろ」 「え? どういう意味?」 突飛な俺の質問に、和真が首を傾げる。 「いや、なんだかぴったりだなあと思ってさ。 渉って、能力すげえのに性格アレじゃん? 結構同室の人間、選ぶと思うんだ。 でもさ、和真ってマジでぴったりじゃん。 俺、渉と初めて会った日のこと思い出すとさ、渉がこの期間にこんなに馴染めたのって、和真が側にいるからだって確信してんだけど」 「ふふっ、嬉しいな、そう言ってもらえるの」 聖陵学院の大魔王が、珍しくちょっと照れた。 「だからさ、なんでこんなにツボにハマったカップリングで同室になってんのかなあって」 「ってことは、七生も凪と同室でツボ?」 「おう。めっちゃツボだって。俺、凪と一緒になれて、マジ幸せだし」 力説する俺に、和真は満足げに頷いて、言った。 「七生もさ、入試で面接あっただろ?」 「うん」 「そのとき面接担当した先生たちが決めるんだよ、『正真正銘』の同室者を。だから、ぴったりカップリングになるんだと思うよ」 「…え、そうだったんだ」 なんか超納得って感じ。 あ、でも…。 「でもさ、チラッと聞いたところによると、高等部は『同室希望』って出せるらしいじゃん?」 こいつと一緒になりたい…って希望を出せるんだって、クラスのヤツが言ってたんだ。で、『相思相愛』だと100%同室になれるって。 「うん、出せるね。僕たちも中3の終わり頃に調査票提出だったよ」 「和真は出さなかったのか? その『同室希望』っての」 和真と同室になりたいってヤツは、きっと多かったんじゃないかなあ。 つまり、和真的にはよりどりみどりってことで。 「うん。あらかじめ、出さないでくれるか? …って、浅井先生に頼まれてたから、出さなかった」 「えっ、そうなんだ? ってことは、もしかして凪も?」 なんか、かなりビックリ。 「多分ね。『正真正銘』と同室になってるヤツはみんなそうだと思うよ」 「ってことは、学年で25人?」 「だね。あと、推薦で入ってくるヤツには原則同じ部活のヤツ…って不文律があるらしい。 ともかく『同室希望出さないでくれ』って言われるってことは、『正真正銘』の面倒見てくれって意味で、それはもう、先生に見込まれたってことだから、正直な所、嬉しいよ」 そりゃ、そうだよな。『お前を見込んで頼みがある!』ってことだもんな。 「でもさ、不安ってなかった?」 どんなヤツがくるのかわかんないじゃん。当日まで。 「僕はなかったなあ。 誰とでも上手くやれる自信はあったし、不安よりも、先生に頼りにされてるってことの方が嬉しかったしさ」 返事はそれはそれは和真らしいものだけど、でも…。 「凪は、不安じゃなかったのかなあ…」 つい、心配になった。だって、凪は大人しくて優しくて…。 「いや、先生はそこのところもちゃんと見て、選んでると思うんだ。 凪はああ見えて芯は強い。優しいけど一途な頑固さもある。 でもやっぱり癒やし系でさ」 うん、確かにそうだ。 「それに…まあ、白状しちゃうけど、凪も言ってるよ。七生と一緒になれて嬉しいって」 「…マジ?」 「うん」 やー、これはめっちゃ照れるぜ、おい。 「照れるなってば」 笑って和真が俺の背を叩く。 「和真だって照れたじゃん」 照れ隠しにそう言うと、和真はしれっと言い放った。 「そりゃ、僕は素直で純情だからさ〜」 「…お前さ、素直と純情の意味、知ってる?」 「あ〜、七生クンってばヒドい〜」 なんて、じゃれ合ってたんだけど。 「あ、もうひとつ疑問なんだけどさ」 大事なことを忘れてた。 「うん」 「NKってさ、同室じゃん? あいつらも『見込まれそう』な感じだけど、違ったってこと?」 あの性格だから、大いに頼りにされそうなんだけど。 「ああ、やつらはもう、中1の終わり頃からお互いに『高校になるときには同室希望出す!』って宣言してたからさ、先生も『ひっつけとけ』って思ったんじゃない?」 なんか、『ひっつけとけ』ってのが笑える〜。 「あとさ、これオフレコでお願いなんだけど…」 和真が声を潜めた。 「…OK」 「浅井先生、笑いながら言ってたんだ。 『あいつらは『正真正銘』を振り回しそうだからな。セットにしておくのが一番円満だろう』って」 「…それ、マジで言えてるかも」 浅井先生、やっぱりよく見てんだなあ。 「だろ? それに『放っておいても誰彼構わず世話は焼きまくるだろうから』って」 確かにそうだ。 主に渉にべったり張り付いてるけど、桂も直也も、面倒見がいい。 フットワーク軽くて、手間ひま惜しまずって感じだ。 音楽推薦のみんな、言ってたもんな。 最初に打ち解けたのはルームメイトで、次がNKだったって。 ☆★☆ 和真に『同室カップリングの謎』を聞いてから、俺は改めて凪に感謝してる訳だけど、それにしても凪はいい子だ。 一緒にいるだけでも癒されるし、色んな話をしても楽しい。 それだけでも嬉しいのに、さらに色々と世話をやいてくれるんだ、凪は。 「ほんと、凪ってば良い嫁さんになりそうだよな」 俺は何の気なしにそう言った。 「えっ」 絶句して目を見開く凪に、いくら可愛いったって凪もオトコなわけだし、悪いこと言ったかな…と、慌てたんだけど。 「そ、そう、かな?」 って、凪…、真っ赤っかなんだけど…。 あっ、お前まさかっ、誰かに転んでるのかっ? |
![]() |
聖陵祭前編へ |