ドイツ語を話そう!
君の愛を奏でて3〜番外編
本番が近くなると、土曜の部活の時間はグンと長くなる。 だいたい4時間から5時間くらいになるから、間に休憩が入るんだ。 リフレッシュしないと集中力落ちるから。 そんな、土曜日の部活の休憩時間中。 まあ、どの学年もそうなんだけど、休憩だからって、大人しくしてることなんてほとんどない。 みんなそれぞれ、学年で固まってたりパートで固まってたり、日によってまちまちだけど、色んな話で盛り上がってる。 今日は何となく高1の低弦パート――凪と七生と僕――で、バックステージの薄暗いところで固まってて、僕は2人が話してるのを聞いてたんだけど、国内オケの海外公演の話になったとき、ふいに凪が僕に聞いてきた。 「そういえば、渉って二重国籍?」 「あ、ううん、日本国籍だけだよ」 「え。じゃあ生まれたのこっち?」 今度は七生が聞いてきた。 「うん、東京生まれ。小学校に上がる時にあっち行ったから」 幼稚園はパパたちと同じとこ行った。 あ、桂はもしかしたら二重国籍じゃないかな。ウィーン生まれだから。 オーストリアの国籍法は全然知らないからわかんないし、ヨーロッパには、両親ともに外国人だと、出生地でも国籍が認められない例も多いって聞くけど。 でも栗山先生は永住権持ってるからなあ…。 「んじゃ、小学校からインターナショナルスクールとか行ってたわけ?」 「うん」 「じゃ英語とかペラペラ?」 「とりあえず、普通の会話は大丈夫」 「日本語喋れなくなったりしなかった?」 「うん、確かにいろんな国のお客さんが来て、家の中はいろんな言葉が飛び交ってたんだけど、家族の会話は日本語だったし、お客さんも半分は日本人だったから」 桐生家と浅井家、あと聖陵のOBで、こっちで勉強してる人とか仕事してる人が結構たくさん寄ってくから、日本人のお客さんは確かに多かった。 「じゃあ、ドイツ語は?」 「日常会話は大丈夫だよ」 「すげー、トライリンガルなんだ」 「いいなあ、ドイツ語喋れたら格好いいよね」 確かに英語が話せるのは便利だとは思ってる。 でもドイツ語は、確かに話せるけど英語ほど自由じゃないんだ。 だから、そのうち忘れちゃうんじゃないかって、ちょっと不安。 桂は英語よりドイツ語の方が自由って言ってたことあったっけ。 あの時はそんな話を何となくしていただけで、実際桂とドイツ語で話をしたわけじゃないんだけど。 …そうだ。ドイツ語忘れないためのいい手があった! ☆ .。.:*・゜ 直也がその場面に遭遇したのは偶然だった。 部活の合間、ホールの客席の隅っこで渉と桂がなにやら楽しそうに話している。 それだけでちょっとムカついてしまうのはもう、恋するオトコとしては仕方のないことで。 けれど、やたらと笑ってるので話の中身が気になって、背後からそっと近寄ってみると…。 「…げ、日本語じゃないし」 そう、2人はドイツ語で話をしていたのだ。 ――ちょっとこれ、マズいじゃん! 自分にわからない言語で『2人だけの秘密の会話』なんてものを持たれてしまっては大変だと、直也は後ろから割って入った。 「ちょっとおふたりさん、意味不明の言語で会話しないでくんない〜?」 背後からガシッとふたりの肩を掴んで覗き込めば、渉はニコッと見上げてきて、桂は『なに邪魔してんだよ』とあからさまに不機嫌顔だ。 「ドイツ語忘れたら困るから、桂に相手してもらってたんだ」 ニコニコと説明してくれる渉は可愛くて、『そうだったんだ』と直也も笑顔で返して思わず抱きしめてしまう。 当然その足は渉に見えないところで桂によって踏んづけられているが。 「でも、俺だってこんなに忘れてるとは思わなかったよ」 直也の足を踏みつつ桂はその腕から渉を奪還して、笑顔を見せる。 「そう? 全然大丈夫だと思うんだけど。僕とは比べものにならないくらい語彙も豊富だし、僕と違ってやっぱりネイティブだよ」 何しろ生まれも育ちもウィーンだ。 「いや、俺10才でこっち来てから、まるまる5年、ほとんど話してないからなあ」 それでも、生まれたときから接している言語は違うなあと渉は思う。 「渉は何語で考えるんだ?」 ひったくって直也が聞いてきた。 「頭の中?」 「そう。」 「もちろん日本語だよ。ずっと」 ドイツ語と英語はあくまでもコミュニケーション用だ。 「桂は?」 今度は渉が桂に聞く。 「俺も日本語だよ。…ってか、頭の中は関西だな。ドイツに住んでても、家の中は京都弁オンリーだったし」 「そっか、お父さんもお母さんも京都だもんね」 普通の会話ではめったに関西のイントネーションにはならないが、それでも関西圏の同級生たちと話すときにはバリバリの関西人の出来上がりだ。 直也はと言うと、やっぱり校内では基本的に標準語だ。 父が東京育ちで、母は熊本育ちなので、標準語と熊本言葉のバイリンガルだが。 そんな直也は英語の成績もいい。 もちろん渉や桂のように…とまではいかないが、発音も悪くない。 もとより語学全般に興味があるから、ドイツ語やフランス語も機会があればぜひ勉強してみたいと常々思っていた。 ということで、これはチャンスだ! そう、渉に教えてもらえばいいのだ! 「なあ、桂と渉がドイツ語で話すのが羨ましいんだけど、僕にもドイツ語教えて?」 ちょっと甘えたようにお願いしてみれば、渉は小首を傾げて照れくさそうに答えた。 「でも、それなら桂の方が…」 「ダメダメ。桂と僕じゃレッスンになんないし」 「なんでだよ〜」 ジト目で桂が迫ってくる。 「俺は手取り足取り優しく教えてやるぞ〜」 理由は何であれ、渉と直也を2人きりにさせてなるものかという桂の思惑はもちろん直也にはバレバレで。 そして当然、直也もこのチャンスを逃してなるものかと応戦する。 「いや〜、やっぱり先生は可愛い方が気合いも入るじゃん」 「お前の場合は違う方向の気合いだろ!」 「なんだよ、それっ」 応酬を始めた2人の間で渉がオロオロし始めたその時。 「えー、それ面白そう。渉、僕にもドイツ語教えて〜」 どこから聞いていたのか、和真が参戦して来た。 「あ、うん、じゃあ桂がメインで僕がアシストとかなら…」 「「えっ?!」」 思わぬ方向へと転がった事態に、桂と直也の動きが止まった。 「なになに?渉のドイツ語講座ってか?」 「お、いいじゃん〜」 いつの間にか周りには管弦楽部の同級生たちがみっしりと詰め掛けていた。 結局1年生の全員が教えて欲しいと言いだして、部活終了後に渉のドイツ語講座が開かれることになってしまったのだが…。 「Guten tag.(おはよー)」 「Ich freue mich, Sie zu sehen.(お会いできて嬉しいです)」 「Was ist das?(それ、なに?)」 「Wie geht es Ihnen?(ご機嫌いかが?)」 「Konnen Sie es billiger machen?(負けて〜な〜)」 「Ich mochte bestellen.(注文お願い〜)」 「Darf ich hier rauchen?(タバコ吸って良い?)」 「Hilfe!(助けて〜!)」 「ちっ…」 直也の舌打ちは、入り乱れる怪しげなドイツ語の中でかき消されていった。 |
END |
というわけで、思いつくままのおバカな番外編でございましたm(__)m