私は、ついこの間までは、この上もなく幸せだったんだ。
仕事は順調だった。プライベートも充実していた。 優しい家内に、私の代わりに夢を叶えてくれた息子。 綺麗で賢くて、幸せな結婚をしてくれた娘。 才能に恵まれ、包容力のある婿殿。 そして、可愛い可愛い2人の孫息子。
なのに、なんでこんなことになってしまったんだろう・・・・・
事の始まりは、上の孫である渉の誕生会に出席できなかったことだ。 孫の渉は、叔父さんにあたる悟くんと誕生日が一緒ということもあって、 桐生の本宅の薔薇園で、誕生パーティーをすることが毎年の恒例になっている。
渉が生まれてからは、毎年欠かさず出席してきたのだけれど、今年の5歳の誕生会は、急に仕事でアメリカに行かなくてはならなくなって、せっかくの誕生会に出られないという事態になってしまった・・
少しでも、可愛い渉と一緒にいたいと思っている私にとっては、これは大変由々しき事態だった。 でも、がっかりしていた私に可愛い渉は、
「アメリカから 帰ってきたら 美味しいチョコレートパフェを、食べに連れて行ってちょうだい!」と、おねだりしてくれた。
嬉しかった私はもちろん二つ返事でOKした。
「じゃあ、渉とデートだな!」と言ったのに、渉がちょっと困ったような顔をしたのが、少し気になったのだけれど・・・
渉だけじゃなく、下の英も一緒に連れて行くと約束した日の朝、娘のさやかから電話があった。
英が急に熱を出したので、今日のお出かけは渉だけ連れて行ってほしいということだった。
正直に言ってしまうと、私は英がちょっと苦手だったりする。 可愛いのだけれど、時々睨まれているような気がするのだ。 特に、渉に構っている時には、突き刺さるような視線を感じることもある。 何なんだろう・・・アレは???
渉と2人だけで出かけられると聞いて、私は学生時代からの友人・前田春之のことを思い出した。 春之はバツイチだが、一人息子は、高校卒業と同時に結婚した。
この嫁さんがとてつもなく可愛らしいお嬢さんで、舅である春之は、まりちゃんというこの嫁さんをこの上もなく可愛がっている。
「お前の嫁じゃないだろが〜!!」と、突っ込んでしまいたくなるほど惚れ込んでいて、まりちゃんの写真を肌身離さず持ち歩いて、誰彼なく見せびらかしている。 今更だが、危ないヤツだと思う。
写真だって、花嫁姿や振袖、浴衣は、いいとして、メイド服やセーラー服は何なんだ?
そりゃ、やりすぎだろう。。息子は何にも言わないのか?
普通は怒るよな? いや、それより父親の嗜好がノーマルになったのを喜んでいるんだろうか?
この息子夫婦、結婚してもう8年になろうとしているのだが、子どもが生まれたと言う話は聞かない。
仲の良すぎる夫婦には、なかなか子どもが授からないと聞いたことがあるが、この夫婦の場合は、春之の呪いのせいだと私は確信している。
どこまで人騒がせなヤツなんだ。。
しかし、これはチャンスなんじゃないのか?? 嫁さんの写真をさんざん見せられ、いかに可愛いかを聞かされ続けてきたんだ。 春之に、孫自慢をしてもバチは当たるまい。 せっかく渉と2人で出かけるんだし、あいつに渉を見せびらかしてやろう。 そう決心して、幼稚園に渉を迎えに行った。
『MAJEC』の本社で、渉はいつも通りの渉だった。
秘書の長岡くんにもきちんと挨拶をしたし、春之の前でも物怖じせず、ちゃんと受け答えをしていた。 春之が羨ましそうな視線をこちらに向けるたび、優越感がふつふつと沸いてきた。
こいつとの付き合いはもう40年近くになるが、私がこいつより優位に立てる日が来るなんて、想像したこともなかった。 ああ、なんて今日は素晴らしい日なんだろう〜!!
でも、この高揚した気持ちは息子夫婦を紹介されて、暗転した・・・・
嘘だろ〜!!
嫁さんって、男だって〜〜???
私は、8年間も騙されていたのか?? おい〜〜〜!!!!
くらくらしたまま、別室に連れて行かれて、春之から詳しいことを聞いた。 ・・・・・普通の親じゃ考えつかないよな。。。 諺ってのは、真実を伝えるものなんだな。。 『蛙の子は蛙』って・・まんまじゃないか。。
つまり、息子も春之と同じ『変○』だったという訳か・・・ でもな、やっぱり嫁さんにコスプレはやりすぎだと思うぞ。 息子より親父の方が『変○度』が高いということか・・・はぁ〜〜。。
ほどなく、『MAJEC』を後にした。あまりにも衝撃が激しくて、 ふわふわしていたので、絨毯に足を取られて転んでしまった。 情けなかったが、渉が心配してくれたのが嬉しかった。 渉は息子夫婦と仲良くなったみたいで、ニコニコ機嫌がよさそうだ。 約束のパフェを食べて、お土産をたくさん買って、渉を家に送り届けた。 衝撃的ではあったが、幸せな一日だった。。
ところが、翌日から様子が一変した。 風邪をこじらせた英が入院してしまったのだ。 さやかは、病院に泊り込んで付き添わなければならなかったし、 婿の守くんは、演奏会のために渡欧中。 必然的に、私の家内が向こうの家に行って、渉の世話をすることになった。
こちらに渉を連れてきてもよかったのだが、渉に幼稚園を休ませたくないというさやかの希望もあって、こういうことになってしまった。 家内は、渉の世話で手一杯なので、私にはホテル住まいをしてほしいと言った。 仕方がない・・可愛い渉のためだ。文句は言えないな。
そんな生活が1週間程続いたが、英も無事退院できることになり、 私は休暇を取り、仕事を休んで英を迎えに行った。 病院から戻ると、見慣れない黒塗りの外車が家の前に止まっていた。 何だろうと思ったら、40代後半とおぼしき男性が降りてきて、 「浅井俊介さまですね?私こういう者です。」と挨拶しながら名刺を差し出した。
弁護士??それも「MAJEC」の顧問弁護士だと言う。 途端に、いや〜な予感がして、背筋が寒くなった。 「聞いちゃいけない!」と何かが警告音を出しているような気がする。。 そんな私に、弁護士氏はしれっとこう言ってくれたのだ。
「前田会長のご依頼で、会長と桐生渉くんとの養子縁組の手続きに参りました。」
ぎゃあああああ〜〜〜〜!!
確かに、この間春之が渉に「うちの子にならないかい?」って言っていたけれど、あんなのは冗談だろう? まさかアイツ本気だったのか?? 当然、さやかは怒り狂い、弁護士氏を追い返してしまった。
そして・・・私は、渉を連れて『MAJEC』に行ったことを白状させられた挙句、さやかの逆鱗に触れてしまい、出入り禁止になってしまった。。 それが、もう1ヶ月も前の出来事だ。 もちろん、渉にも英にも会わせてもらえない・・・・・ 家内も、呆れてしまって、取り成してもくれない・・ 気のせいか、英の視線も冷たかったような気がする・・・
・・・・私は今、世界で一番不幸である・・・・・・
春之のバカヤロ〜〜〜〜〜!!!!
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