まつさまからいただきましたv

良昭パパの想い出 in ドイツ





 香奈子が3人の息子を連れてドイツにやってきたのは、秋もだんだんと深まってきた10月のこと。

 昇と守をそれぞれの母親に会わせるために連れてきたんだけれど、僕もしばらく香奈子や息子たちと会っていなかったので、いつのまにやら僕の家で、みんなで会おうかという話になっていた。

 まずシャロンとセシリアが連れ立ってやってきて、それからしばらくして、悟を背中に、両方の手にはそれぞれ昇と守を連れた香奈子がやってきた。

 3人とも、この前会ったときにはまだつかまり立ちもきちんとできなかったのに、まだ不安定ながらも自分の足で立っていた。

 たまにしか息子たちに会うことがないから、その成長ぶりには会うたび驚かされる。



 久々の親子対面の後、シャロンとセシリアがこう言い出した。

「ねえ、香奈子。たまには女同士で羽を伸ばすのもいいんじゃない?」
「そうね、子どもたちは良昭にお願いして、食事にでも行きましょうよ」
「え、でも…」

渋る香奈子に、セシリアは、

「いつもは香奈子が3人の世話をしているのだから、たまには父親に預けて楽しみなさいな」

 え、ちょ…ちょっと待って、僕がこの3人の面倒を…?

「私たちが出掛けたら、誰がこの子たちの面倒を見るのよ?」

 当然でしょう、とばかりにシャロンが言い放つ。
 二人がかりで責め立てられる僕の目の端に、かなり不安気な表情の香奈子が映った。

 結局シャロンとセシリアに押し切られ、女性陣3人が出掛けていった後。

 僕の元に残されたのは3人の息子と、大量の紙おむつ、そしてベビーフード。

 息子たちが生まれてからほとんど一緒にいることがなかった僕は、それらを見やって途方に暮れた。

 なにしろ、一人っ子で弟も妹もいなかった僕は、赤ん坊どころか子どもの面倒さえ見たことがなかった。

 そんな子育て半人前以下の僕に、一人でいったいどうしろと言うのだろう。

 しかも一度はこの愛しい子どもたちを捨てようとした、身勝手な父親だというのに…



 僕の心情を知らぬかのように、3人は無邪気に遊んでいる。

 4ヶ月前のあの時、約束の場所に綾乃が来ていたら…

 香奈子と…それからこの3人と会うことは二度となかっただろう。
 でも綾乃は来なかった。それが彼女の答え。

 そして恋は終わり、僕は再び『香奈子の夫』で『3人の息子の父』に戻った。
 3人の笑顔に、後ろめたさを感じながらも、それでもやっぱり愛おしさがつのる。



 絨毯の上でじゃれ合う姿に、ずっと愛用している、父の形見のカメラを向けた。
 笑い顔、泣き顔、寝顔…滅多に会うことのない息子たちのどんな表情も逃したくなくて、僕は夢中でシャッターを切っていた。


 3人の写真を撮ったり食事をさせたりして、やっと慣れてきたかな、という頃、急に悟がぐずりだした。

 ぐずり始めた悟につられるように、昇や守も泣き出してしまった。

 それからが地獄だった。


 誰か一人をあやしていると他の二人が泣きわめき、最後の一人の機嫌が直る頃にはまた最初の一人がぐずりだす。

 結局、悟を背負い、昇と守の二人を両脇に抱えてあやさなければならない羽目になった。

 指揮者にとって、足腰と腕は大事な商売道具。
 だからそれなりに鍛えているとはいえ、数十キロのおもりを付けているような状態はかなりこたえた。

 その後もことあるごとにぐずる3人に、お腹が空いたのかとベビーフードを与えると即座に吐き出されるわ、おむつかと思って外してみると全く濡れていなくて、元に戻そうとした瞬間に噴水を浴びせられるわ、機嫌を取ろうとしておもちゃを渡すとそれを投げ捨てられるわ。

 さっきカメラを向けていた時には愛らしいと思っていたおむつ姿も、こうなると手強い敵でしかない。

 お風呂にも入れなければとは思ったのだが、流石に3人を入れるのは無謀だと思えたので、順番に濡れタオルで隅々まで拭くにとどめた。

 そして当然のことながら、寝かせるのがまた一苦労。
 悟と昇はわりとすぐに眠ってくれたのだが、守が全く寝付いてくれなかった。

 その守がようやく寝息をたて始めた頃には、日付が変わっていた。

 …これを香奈子は毎日してくれているのか…

 香奈子に改めて多大な感謝をしつつも、慣れない作業に疲れ果てた僕は、少しだけ休もうと3人が寝ている隣に横になった。






 どうやら少しだけのつもりが、すっかり寝入ってしまっていたらしい。

 起きあがって見回すと、一緒に寝ていたはずの3人の姿がない。

 …居間から賑やかな声が聞こえる。
 香奈子たちが帰ってきたんだろうか。帰りは明日の朝って言っていたのに。

 居間に行ってみると、それぞれ自分の子を抱いた香奈子・シャロン・セシリアがいた。

 そして3人の輪の中にもう一人…


 あれは……
 あ…やの……?


 あのとき僕の元に来なかった綾乃がどうしてここに?という疑問より、また綾乃に会えたことを素直に喜んでいる自分がいた。

 綾乃の胸には黒髪の赤ん坊が抱かれている。

「良昭さん」

 顔を上げた綾乃が僕に気付き、微笑んだ。そして優しい声で僕を呼ぶ。

「ほら見て、良昭。この子、綾乃さんにそっくりでしょう?」

 香奈子の言葉に促されて、僕はそっと近づき、綾乃が抱いている赤ん坊の頭を撫で…








「きゃははははっ!」

 けたたましい声とともに腹の上に落ちてきたそれに、目が覚めた。

「あらあら、守、パパがおっきしちゃったじゃないの」 

 香奈子が僕の上から守を抱き上げる。

「香奈子…戻ってたのか」
「ええ、朝早くに…二人はもうちょっといいじゃないって言ったんだけど、やっぱり気になって…」
「そうか…」

 守はやはり僕よりは香奈子の方がいいのか、しがみついて離れようとしない。
 悟と昇は僕の横で眠ったままだ。

「いきなり3人も面倒を見るのは大変だったでしょう。ごめんなさいね」
「いや…いい経験だったよ……香奈子、」
「なあに?」
「いや、何でもない」

 声に出せなかった『ありがとう』という言葉は、香奈子に届かず、消えた。

「それにしても良昭、いい夢を見ていたみたいね。幸せそうな顔して眠っていたから」

 確かに夢を見ていた。
 そしてそれは香奈子の言うとおり、とても幸せな夢だった。

「そうだね…幸せな夢だったよ…香奈子もいたよ」
「あら、私も?」

 そう、香奈子に悟、昇、守、シャロンにセシリア…
 それから、綾乃も…

 夢でもいい、綾乃…もう一度会えるのなら…



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「ずっと後になってね、良昭がその夢のことを話してくれたの。あのときの赤ん坊はきっと葵だったんだな、って」

 ある秋晴れの日の午後。
 久々のオフだったお母さんと、珍しく二人だけで午後のお茶をしていた。

 お茶の話題は、あの夏の日にお父さんに見せて貰った写真のこと。
 お父さんがその写真を撮った日のことを、お母さんが話して聞かせてくれた。


「でね、幸せそうに眠ってる良昭と、これまた幸せそうに眠ってる悟たちがかわいらしくてね、つい持っていたカメラのシャッターを押してしまったの」
 
 良昭には内緒よ…と笑いながらお母さんが見せてくれた写真は、お父さんを中心に思い思いの格好ですやすや眠っている、僕の3人の兄たち。
 
 ぷっくりおしりがふくらんだおむつ姿は、今のかっこいい姿からは想像できないかわいらしさだった。

 指をくわえ、丸くなって眠っているのが悟、お父さんにしがみつくようにしているのが昇、それから大の字になっているのが守。

 お母さんは、葵にだけ特別ね、といって写真をくれた。

「でもこれ、お母さんの大切なものじゃ?」

 慌てて返そうとする僕に、ウインクしながら。

「大丈夫よ、ネガは持っているから」



そして僕のアルバムに、また一つ大切な宝物が増えた。



END

まつさま〜!素敵なお話をありがとうございました!
不器用なパパの優しい想い出。葵の胸にもそっと刻まれたようです(*^_^*)

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