彼の声で囁いて
〜パパと直の一夜だけの秘密〜
「直」 そう呼ばれて直は振り返る。 そこにいるはずなのは、最愛の伴侶、智雪のはずなのだが…。 「おとうさん…」 そう、智雪の父、春之は、時々こんな風に直を呼ぶ。 普段は甘い声で『まりちゃん』と呼ぶくせに、何故か時々『直』と呼ぶのだ。 それは、少し真面目な話をするときであったり、ふざけているときであったり…。 しかし、こんな風に呼ぶことはなかった。 『直』 今夜のその呼びかけは、息子・智雪とそっくりの口調で…。 だからなのか。直の胸は大きく音をたてた。 そして、その頬はカッと火照る。 目の前には優しげに目を細める春之の姿。 何故か急に気恥ずかしくて真っ直ぐに見つめられない。 「どうした? ん?」 スッと隣に立って、さりげなく肩を抱く。 そんな様も、智雪にそっくりだ。…いや、智雪が、そっくりなのだが。 今の直に、智雪を愛してるという自覚はイヤと言うほどある。 智雪という一人の人間を、そのすべてを、愛しているのだと。 だが、すべてを愛おしく思うようになると、必然、その中には容姿や声などという、外見的要素も含まれてくる。 そう、何もかもが愛おしいのだ。 だから、こんな風に…。 「秋の風は思ったより冷えるからね」 智雪と同じ声と仕草で…。 「こっちへおいで」 身体ごと、心ごと、すっぽりと…。 「温めてあげるから」 抱きしめられてしまうと…。 …暖かい…。 抱きしめられた腕のぬくもりに、直はうっとりと目を閉じてしまう。 いつの間にか抱き上げられ、いつの間にか柔らかいベッドにその身体が降ろされても、その心地よさにすべてを預けてしまう。 けれど…。 「おとうさん…」 ふと表に返った感情の隙間から、直はそのぬくもりの正体が智雪でないことを感じる。 「直…」 けれど、またそんな声で呼びかけられると……。 「直…愛してるよ、直…」 ……だれ? おとうさん? それとも……。 「直、可愛い直」 これは…智? 「とも…?」 尋ねた言葉に答えは返ってこない。 ただ、繰り返される優しい呼びかけと、抱きしめられる心地よさがあるだけで。 ふと肌が泡立つ。 纏っていたものがそっと剥がされた。 それをきっかけに、直の感覚はまた浮上する。 「おとう…さん」 けれど、素肌でそのぬくもりを感じるとまた、その心地よさにすべてを預けてしまう。何の抵抗もなく。 頬から首、首から胸、胸から腰…。 辿っていく暖かくて大きな掌も、覚えがあるものと同じ。 「と、も…」 耳から頬、頬から首、首から胸の飾り…。 煽るように触れてくる熱い唇も、そう。 「おとうさ……っ、あ…っ、ん」 ほんの少し強く吸われただけで、まるで零れるように溢れる甘い声。 隙間なく絡みつく舌先に、背筋を痺れさせるほど感じてしまうようになったのは、智雪のせい。 でも、今、自分の背筋を痺れさせているのは、誰? 大好きな仕草、大好きな声。 「直」 もう一度、呼んで。 「なお…」 もっと、呼んで。 大好きな声は、直の名を呼びながら体中を辿る。 いつしか、待ちきれなく熱をためてしまった所にも、何の躊躇いも、遠慮もなく、その優しい声を静かに響かせて触れてくる。 直自身を包む、熱くて湿った感触。 身体を走り抜けた快感に耐えかねて身を捩ろうとしても、腰を抱きしめる腕はびくともしない。 これは、智? それとも…。 答えを見つける前に、意識は渦に飲まれていく。 「なお……」 呼び続ける声に、誘われるように。 そして、その渦に引きずり込まれるように、直は自らを解放してしまう。 そんな強すぎる快感に息を弾ませている間、華奢な足がふわっと抱え上げられた。 その行為が何を意味するのか。 知りすぎるほど知っている直は、全身を強張らせる。 「おとうさん…?」 そう。智雪ではない。 「直、目を閉じて」 何故? 「目を閉じて、真っ暗な中で、聞こえてくるものだけを信じて」 穏やかな囁きは、催眠効果でもあるのか。 直は呆れるほど素直に目を閉じてしまう。 「そう、いい子だね、直」 その言葉だけで、心まで開いてしまう、直。 やがて、知った感覚が直の身体をこじ開けてくる。 そして、侵入してくるものに押されるように、小さく響くあえかな声。 静かに満ち、また静かに引き…。 それを繰り返しながら、直はゆるゆると追いつめられていく。 もどかしいほど優しく、切ないほど甘い声で名を呼ばれながら。 「…なお…」 こんな声で囁くのはいつも、智雪。 だから、心までも彼に満たされて呼び返す。 『とも…』と。 何度も繰り返し、まるで智雪以外、この世に存在しないかのように。 そして春之も呼び続ける。 『彼の声』で、『直』…と。 やがて、重なる二人を受け止めるウォーターベッドが、波打ち始める。 緩やかな流れはやがて奔流となり…。 直は目尻から涙を落とし、閉じられなくなった桜色の唇からは切れ間なく濡れた声が溢れ出る。 意味をなさない嬌声の合間、途切れ途切れに聞き取れるのは、やはり息子の名。 そして、直がその心に智雪を抱いたまま、今にも果てしない快楽の奈落へ堕ちようとした瞬間。 春之は春之の声で囁いた。 「まりちゃん…」と。 その瞬間、直はその漆黒の瞳を大きく見開いた。 「…あ…」 しかし、その瞳の焦点があったのはほんの束の間。 何かを掴む前に、直の身体は一際大きく突き上げられた。 「……!」 何もかもが飛んでしまう。 「愛してる…まり……」 それは確かに、偽りのない言葉。 ほとんど気を失うように眠りについた直を、春之は丹念に清め、そしていつもの『彼らの』ベッドに横たえる。 その身体に、『他の誰か』に愛された痕跡はもうない。 そして、その記憶からも愛された痕跡が消えるよう、朝になればきっと、自分はいつものように父親の声で呼ぶことだろう。 『まりちゃん』……と。 |
END |
17万を踏んで下さった真田留衣さまからいただいたリクエストでした(*^_^*)
リクエストはずばり『舅と嫁の禁断愛』(笑)
『ギャグ落ちでもOKですが、出来たら裏(パラレル)で』と仰って下さったので、
思い切って『耽美系』にしてみました(爆)
背景はやっぱり薔薇ですよね〜v
さて、文中でパパが一つだけ行っていない『愛の行為』があります。
それは何でしょう(笑)
答えは…Kiss!
留衣さま〜、リクエストありがとうございました〜!!
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