君の愛を奏でて

『One night Love』

〜禁断の308号室〜

 


 祐介にとって、聖陵学院での5年目が始まって1週間。

 新年度早々に行われる彼ら管弦楽部員にとって一大イベントであるオーディションが今日、やっと終わった。

 結果が判明するのは明日の放課後。

 だから、今は何を思い悩んでも仕方がない。
 審査はすでにすんでいるのだから…。





 消灯からすでに1時間。

 祐介はベッドの中で何度も寝返りを打っていた。

 去年の今頃もそうだったかも知れない。

 何がなんでも葵の隣に座りたくて、4度目のオーディションにして初めて……死にものぐるいで頑張った。

 結果はそのがんばりについてきたが、今年はまた一段と激しい次席争いになった。

 もちろん、争ったもう一人…中学2年の後輩に、そもそも『争う』という自覚は皆無だ。

 何が何でも次席につけたいと思っているのは自分だけ。

 いや、正確には『次席』にこだわっているのではない。
 こだわっているのは『葵の隣』それだけ、だ。

 その場所を失うことなど…出来はしない。

 そうなってしまったら、自分は存在意義すら見失ってしまうかも知れない。


 自分には『奏者として』『親友として』、葵の隣にいることしかできないのだから。

 切望したただ一つのポジションには、もう、あの人がいるから……。



                    ☆ .。.:*・゜



 結果が出た。

 次席を死守し、今年1年、葵の隣が確保できた。


 ――これで今夜から眠れる…。


 祐介はそう思った。

 だが…。


 その夜も、安らかな眠りは祐介を訪れてはくれなかった。

 消灯から2時間。
 寝返りの音が響きそうなほど静まりかえる寮内。

 祐介の脳髄を、葵の安らいだ寝息が侵食する。

 4人で過ごした高校1年はここまで苦しくなかったような気がする。

 涼太と陽司。彼らがいてくれたから、気が紛れた。

 それに『葵、葵』と騒いでいても、あの二人にはそれぞれに思い人がいて、本気で牽制する必要もなかったから、片恋の苦さにもちょっと余裕があったのに。


 けれど、二人きりの部屋になってしまったら…。

 こんなに苦しいのなら、「同室希望」なんて出さなければよかっただろうか。

『相思相愛』なんて言うけれど、それは部屋だけの話…。

 本当の想いは遠くて結ばれることなどない。


 けれど、自分以外の人間が葵と二人きりで夜を過ごすなんて許せない。
 けれど、葵は悟のもの。

 それは、イヤと言うほどわかっているのに。
 それは、もうどうしようもないことなのに。


 どれだけ手を伸ばしても、絶対に届かない、想い人。

 ほんの数歩先にその身体は横たわっているというのに、心はとてつもなく遠い。


 葵が欲しい。

 望みはいつもそこへ帰る。



                    ☆ .。.:*・゜



 翌日も、その翌日も、祐介に安眠は訪れなかった。

 葵が隣で眠っている。
 それだけで神経が高ぶっていく。

 必死で羊の数を数えてみても、いつのまにか意識は葵の寝息を追っている。


 眠れない。

 その事実は日に日に祐介を追いつめていった。




 そんなある夜……。


「祐介…眠れない?」

 すっかりと寝入っていると思っていた葵から突然声を掛けられて、祐介の鼓動は喉を突いて飛び出しそうなほど激しく反応した。


「…いや、そんなこと、ないけど…」

「…うそ。祐介、ここのところ眠ってない」


 そう、眠っていない。誰の所為かは言わないけれど。


「…どうして?」

「だって、昼間、辛そうだよ」

「…そう、かな」

 すっかり見透かされている。

「……うん」

 呟きのような葵の頷きで会話が途切れる。

「ね」
「もう」

 再び口を開いたのは、二人同時だった。


「なに?」

「祐介こそ」

 促され、祐介は小さく息を吐いてから出来るだけいつもの声で告げる。

「もう遅い、寝よう」

 だが、その言葉に葵は同意をしなかった。


「祐介。どうして眠れないの?」

「…いいよ。葵には関係ない」

「本当に?」

『嘘でしょ?』というニュアンスを含んだ問いに、祐介も返事に窮する。


 嘘に決まってる。

 眠れないのは葵の所為だ。

 葵が隣にいるから。葵が隣で寝ているから。

 だから、自分は眠れない。

 けれど、それを告げてどうなる?

 …どうにもならないことならば、黙っているのが一番いい…。





「ね、祐介」

 もう一度声を掛けられても、祐介は口を開けない。

 この辛いシチュエーションでこれ以上話すと、何を口走るかわからないから。


 しかし、葵の次の言葉は祐介の想像を遥かに超えていた。


「そっち、いって、いい?」

 今、何を言われたのだろうか。

 意識は必死で言葉の意味を探そうとするのだが、何かがそれを止めようともしている。

 知りたい。知りたくない。

 だが、そうしている間にも、葵はベッドを抜け出して、そっとこちらへ近づいて来た。


「来るな、葵っ」

 漸くそれだけが言えた。

 葵を止めないと。自分はどうなるかわからない。

 けれど、葵の歩みは止まらない。

 ひた、ひた…と、小さな音を立てて近づいてくる。


 ――頼むから、葵…来ないでくれ…!


「ゆうすけ…」

 枕元に葵が立った。

「二人きりで一夜の夢を見ようか…」

 完全に引ききれていなかったカーテンの隙間から、すっと一筋、月明かりが入り込む。

「…あおい?」

 見上げてくる祐介に、葵が小さく微笑んだ。

「…僕を、抱いて」

「…葵!」


 ゆっくりと葵の顔が降りてくる。

 そして、ふわりと重なる唇。

 それだけで十分だった。祐介の理性を焼き切るには。



「祐介…っ」

 跳ね起きた祐介にきつく抱きすくめられ、葵はそのままベッドへと取り込まれる。

「葵…葵……っ」

 その呼びかけのあまりの切なさに、葵は祐介の痛みを心の真ん中で感じ取る。



 ――ねぇ、祐介。月の明かりに導かれて、二人だけで、今夜限りの夢の世界に漕ぎ出そう…。



 むしり取るようにパジャマをはぎ取られても、葵はむしろそれに協力するように身体をしならせる。

 白い肌が現れるところすべてに祐介の熱い唇が降り注ぎ、痛いほど吸い上げられて、紅い花びらが点々と散った。


「…あ…」

 体中をまさぐる手は、性急に葵の快感を紡いでいく。

「…やっ、ああっ」

 中心を熱い手のひらに捕らわれて葵が悲鳴のように声を上げる。

 その声を唇で塞ぎ、舌で舌を探りながら、手は確実に葵を追いつめる。

「…んっ…んー」

 ビクビクと身体を震わせ昇りつめようとする葵を、祐介は手の動きを早めることで後押しする。



「葵…」

「ん…っ」

 押さえ込まれている身体を、それでも反らせて葵が弾けた。

 だが、祐介の手は休むことはない。


 一夜限りの夢ならば、早く一つになりたい。長く一つでいたい。


 祐介の長い指が葵の後ろにそっと忍び込む。


「…ゆ、ゆうすけ…お願い…」

 だが、その手をそっと押さえ、荒く弾む息の下で、葵が懇願するような瞳を向けてきた。

「なに? 葵」

 今さらやめてと言われても、それだけは聞けないが…。


「…忘れてね…夜が…明けたら…」

 それは、哀しい懇願。

 けれど、祐介はその言葉に笑顔で頷いた。

「…大丈夫だよ、葵。 朝になれば、僕らは親友…だ」


 ――これから永遠に…。


 そして、誓いのように唇を重ねる。






「…あっ、あっ…やっ…」

 狭い身体の中を穿つ祐介の動きに合わせるように、葵の喉から切なげな声が漏れる。


 ――葵、愛してる…。


 その言葉は、決して口には出来ないけれど、祐介は思いの丈を、すべて葵の中に注ぎ込む。

「…葵っ」

 細い足を抱え直し、祐介の動きが激しくなる。

「やあっ…ゆう…すけ…っ」

 あまりにも艶めいた声で名を呼ばれ、祐介もまた、追いつめられる。

 頂点が近い。



「…忘れ…ないで…!」

 昇りつめる瞬間、葵は確かに、そう言った。



                   ☆ .。.:*・゜



「ほら、起きないと遅刻だぞ」

 いつもの朝。
 早起きの祐介が、まだ眠そうな葵を起こす、いつもの光景。


「…ん〜。もうちょっと…」

「だ〜め。 …そうだ、今朝のメニューは葵の大好きな卵焼きだって」

「え?! ほんと?」

「ほんとほんと。だから、さ、早く起きような」

「うん!」



 葵と祐介。二人は親友。

 これまでも、これからも。

 いつまでも。


END


444444GETのてりくすさまからいただきましたリクエストですv
お題は『禁断の祐介×葵』!(わお)


『祐介がやっぱりどうしても葵のことを諦めきれなくて悩んで苦しんでヒドイ状態になってしまう。
そんな祐介を目の当たりにした葵も悩み、「二人きりで一夜の夢を見ようか…」と持ちかける。
(ここのポイントは祐介がセマるんじゃなく、葵に罪を犯させる、というところがミソなのです)
でもちゃんと2人ともその一夜で想いを昇華して、あとは爽やかにメデタシ、メデタシ…


以上のようにご指示をいただいてたのですが、
葵の誘い受けっぷりはこんなものでOKでしょうか?(笑)
果たしてちゃんと祐介の思いを昇華させてやれたでしょうか?(^^ゞ
あ。台詞はばっちり使わせていただきましたです〜v


てりくすさま、リクエストありがとうございました&遅くなってスミマセンでした〜。

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