悟クンの憤怒

桐生悟…『抱いてみたいキャラ』ランクイン記念(爆)





 密かに手に入れたそれを、僕は呆然と眺め、そして握りつぶした。

 なんなんだっ、これはっ。
 こんなもの、葵の目には絶対入れられない。

 だけど、僕の手に入るくらいだから、もしかするともう、知っているかもしれない…。
 


 僕が手の中に握りつぶしているものは、密かに恒例となっている『人気投票』の結果だ。

 だいたい年に2回はこの手の物が行われていて、投票の中身は他愛もないただの『人気投票』だ。

 僕も『結果』とやらを必ずクラスメイトや管弦楽部の仲間から見せられるから知ってはいるんだけれど。

 そう、『人気投票その1』の第1位は守だ。

 あのフェミニストぶりは確かに特筆ものだと思う。
 小学生の頃からどちらかというとその気配はあったんだけれど、中学に入ってからは才能が一気に花開いたって感じだ。

 そして『人気投票その2』の第1位は昇。

 確かに昇は美人だし、明るくて人なつこいから人気者なのもわかる。
 こいつは子供の頃からあんまり変わってないかな。ちっさいころからお姫様だったからな。

 そうそう、一番最新の「その2」では葵が1位だったっけ。
 それもよくわかる。わかるんだけど、腹立たしい。

 …まあ、『その1』と『その2』の違いは、こう言うことだ。


 で、僕はだいたい『人気投票その1』で2位になっていることが多い。

 僕は活発に人と交流する方ではなかったから、自分では不思議なんだけれど、まあ、いつもあんまり気にしていないし…。

 ただ『人気投票〜結婚したい相手編』って言うものが出回ったときは、何故か僕が1位だった。

 守じゃ浮気の心配があるのかもしれないな、って昇が笑ってたっけ。

 僕は案外守みたいなのは、この人と決めたら一筋になっちゃうんじゃないかと思うんだけど。

 いずれにしても、僕はこの手の物を閉鎖的男子校生活の娯楽だと思っているから、いつも笑ってやり過ごしてきた。

 けれど…。

 これは笑ってやり過ごすことなんてできないっ。

 今回の人気投票は『抱いてみたい彼』だったんだっ!
 







 放課後、部活も終わって、夕食までのほんのひととき。

 僕は葵に会うために第1練習室に向かった。

 重い防音扉についている小窓から中を確認すると…。

 葵が先に来ていて、何かを熱心に読んでいる。
 なんだろう?

 僕は形ばかりのノックをして扉を開けた。

 けれど、葵はその音に気付かなかったのか、まだ紙切れから目を上げない。

 何をそんなに熱心に見てるんだ…?
 僕はそっと近づいてその紙を覗き込む。



『おにーさんが教えてあ・げ・るvv』
『この際どっちでもかまわないvv僕のものになるのなら…』
『酒に酔ったところを…きっと可愛いハズだ』
『愛があれば身長差なんて……』
『やっぱり貴方しかいない!!』
『可愛がってあげるよvv』
『泣かせたい〜!!』
『クールな君だからこそ…』
『君さえいれば満足だ』
『君以外目に入らない』



 並べ立てられたとんでもない言葉の数々に、僕は目眩がした。

 葵に邪な思いを抱いているヤツは、それこそゴマンといるだろうが、こうもあからさまに…。

 しかも、葵がどうしてそれを読んでいるんだっ!
 それも、こんなに熱心にっ!

 むかついた僕は、背後から黙って葵の手からそれを取り上げた。


「あっ、悟…?!」

 目を丸くして驚く葵に、僕はついきつい口調で言い返す。

「あ、じゃない」
「いつの間に来たの?」
「来られてまずかった?」

 ますます尖る僕の言葉に、葵はよりによって、にこっと笑ったんだ。

「何言ってるの。ここで待ち合わせしてるのに、どうして?」

 そ、それはそうだけど…。

 それなら余計に始末が悪いじゃないか。
 僕が来るとわかっていながらこんなものを…。


「葵はこんなもの読む必要ない」

 そう言うと、葵は「え?」と言う顔を見せた。

「なんだ、悟、知ってるんだ」

 …?知ってるって?

「なんだ〜。驚くだろうと思って楽しみにしてたのに〜。やっぱり悟は情報が早いや」

 なんのことだ?

 話が見えなくなって、僕はもう一度、その忌々しい紙切れに目を落とす。

 それにはまだまだつづきがあった。

『やっぱ悟様!!』
 え?僕?

『色気だって次男には負けてない!!』
 次男って…。昇…?

『悟の瞳に見つめられたら、思わず抱きしめちまう…』
 は、はぃぃぃぃ〜?

 思わず僕は、紙を取り落とした。
 こここ、これって、葵のことじゃなかったのかっ?!

 固まってる僕の足元に屈んで、葵が紙を拾った。

「でも、みんな怖いもの知らずだよね」

 その言葉に僕は少し我に返る。

「葵…僕のこと、怖い?」

 不安そうに言った僕に、葵は驚いたように首を振った。

「そうじゃないって。こんなにかっこよくて包容力のある人を抱いてみたいだなんて、みんなすごいな…ってこと」

 だ…抱いてみたい…って、もしかしてこれは…。

 僕はもう一度恐る恐る葵が手にした紙をみる。


『あの桐生悟がどんな声で啼くのか聞いてみたい』
 だ、誰が啼くんだっ!!!

『悟…美味しく頂かせていただきますm(_ _)m』
 ……いただかれてたまるかーーーーーーーーっ!!



 そう、その紙切れの上には燦然と
『抱いてみたい彼部門 第4位 2−C 桐生悟』と書かれていた…。



                    ☆ .。.:*・゜



 悟はしばらく放心していて、僕は『あ、これは結構ショックを受けてるんだ』と思ったんだけど、こんな悟をみられることってこれからもあんまりないだろうから、ちょっと楽しんじゃったりしたんだ。

 ごめんね、悟。

 そのうち、悟がボソッと言った。

「ま、これは一種の意趣返しだと思ってるから」
「意趣返し?」
「そう、いつも普通の『人気投票その1』で2位だろう?だから、みんなおもしろがってやってる悪趣味な冗談だって」

 悪趣味な冗談…ね。
 確かにそうかもしれないけど…。

「だってほら、見てごらん」
 悟は申しわけ程度にくっついていた小さなメモをヒラヒラさせた。



『面白そうだから悟に1票(笑)』
『ぜひ、ランクインさせて悟のコメントを聞きたい!!』
『便乗犯(笑)』
『嫌がらせです♪』



 あはは。なるほど。

 悟はこの4つのコメントで必死に自分を落ち着かせようとしてる。

 可愛いんだ。

 でもさぁ…。

「でも」
「でも?」

 不審そうな顔で僕をみる悟。
 僕はその時どんな顔をして笑ったんだろう。

「『人気投票その1』でいつも1位の守には1票しか入ってないよ。しかも嫌がらせの1票だけ」
「……………」
「悟、4桁得票なんだけど…」


 あ、悟、落ち込んじゃった…。



END

注:この物語はお遊びであり、本編とは一切関係ありません(笑)


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